第123話 男はようやく事態を把握したようでした



 たっぷり1分程、余裕を持って声を掛けられた男は、ようやくレオがシルバーフェンリルだという事と、自分がしでかしてしまった事を理解したようだ。

 レオは、セバスチャンさんの言葉に乗り、男を脅すように低く唸っている……レオも結構ノリが良いよな。

 そう言えば、以前はウルフだと思っていたし、さっきも単なるフェンリルだと言っていたからな。

 クレアさんの事や公爵家の事を知らない人だと、こうなのかもしれないな。

 自分が誰に絡んで、さらに自分がこれからどうなってしまうのか理解した男は、顔から血の気を引かせ、青ざめさせている。

 人間って、こんなに顔が青くなるんだなぁ。


「た、助けてくれ! ちょっとした出来心だったんだ!」

「出来心で済むと思っているんですか……?」

「す、すまなかった! 謝るから、命だけは!」


 男は、セバスチャンさんに助けを求めるように謝り始める。


「セバスチャン……やり過ぎではないかしら……」 

「んー、でもこういった輩はしっかり恐怖を植え付けておかないと、また同じ事をするかもしれませんから……」


 隣で、男を脅すセバスチャンさんを見ながら呟いたクレアさん。

 一度捕まっても反省せず、同じような事を繰り返すような人は、絶対に逆らってはいけないという恐怖心を植え付けておかないと、また同じ事を繰り返すだろう。

 まぁ、これくらいやっておけば、大丈夫だと思うが……。

 この男はそんなに根性が無さそうだしな。


「どうしましょうかねぇ……」

「お願いだ! 助けてくれ!」


 じっくり考えるようにして、男を脅すセバスチャンさん。

 そろそろ良いんじゃないかな?


「セバスチャンさん。そのあたりでいいでしょう」

「タクミ様……この方はタクミ様にも刃を向けたのですよ? 許すのですか?」


 ちょっとセバスチャンさん、脅す相手を間違っていませんか?

 俺の方に振り向いたセバスチャンさんは、目を細め、男にしていた時と同じく声を低くしたままだ。

 正直、怖い……色々と経験して来た凄みのようなものを感じるな……。

 少しだけ、セバスチャンさんの迫力に気圧されながらも、言葉を続ける。


「まぁ、何とか俺でも対処出来る程度の腕前でしたからね。次は無いとわからせられれば充分でしょう」

「そうですか……タクミ様がそう言うのなら仕方ありません」


 そう言って、男に視線を合わせるように屈んでいた体を起こし、セバスチャンさんが溜め息を吐く。

 もしかすると、セバスチャンさんは、俺かクレアさんが止めに入るとわかって続けていたのかもな。

 そうだとしたら、随分な役者だなぁ……。


「レオ、そろそろ足をどけてやってくれ。あ、ヨハンナさん、一応手は縛っててもらえますか?」

「ワフ」

「わかりました」


 頷いて足を上げるレオ。

 クレアさんの隣に控えていたヨハンナさんは、以前のようにどこからか取り出した縄で、男の手足を縛った。

 ……手だけで良かったんだけどな……。

 男の方は、もう逆らう気力が無いのか、されるがままだ。


「さて、自分のした事がわかった様子だけど、反省はしてるかな?」


 俺が聞くと、男は壊れた人形のように何回も首を縦に振る。


「も、もちろんです。す、すみませんでした……知らなかった事とは言え、暴れてしまって……」


 首をカクカク動かしながら俺に言い募る男。

 丁寧な言葉とか使えたんだな……しかし、モヒカンがワサワサしてて邪魔だ……。

 さて、これからどうしたもんか……。

 ヨハンナさんに縛られ、地面から起き上がって座る体勢にされた男を見ながら考える。

 体育座りの体勢で、手足を一緒に繋がれてるから、首くらいしか自由に動かせない男。


「クレアさん、セバスチャンさん。本当なら公爵家の方がこの男をどうするのか決めるのでしょうけど、俺が決めても良いですか?」

「……そうですね……テーブルを壊された事で、店の方に被害は出ていますが……実際に刃を向けられたのはタクミさんです。なので、私はタクミさんに決定権があると考えます」

「暴漢を鎮圧したタクミ様に裁定の権利があるとしましょうか。権利の譲渡とまではなりませんが、私達公爵家の人間は何も見なかったという事で……カレスも良いですか?」

「はい……私はタクミ様にお任せします。テーブルの被害程度、新しい販売物の提供で十分過ぎる補填が出来ますからね」


 クレアさんもセバスチャンさんも、カレスさんも認めてくれた。

 ヨハンナさんも、ニコラさんも頷いている。

 まぁ、公爵家として色々と面倒な事があるのかもしれないけど、セバスチャンさん達は見なかった事にしてくれるようだ。

 色々と優遇してくれる皆には感謝だな。


「見なかった事というのは、ここに集まっている人達には?」

「当然、周知の事とさせます。わかっていますね、この件に私達公爵家の人間は関わっていませんでした、良いですね?」


 周りで、どうなるのか見守っていた住民達は、セバスチャンさんの言葉にコクコクと頷いている。

 公爵家は信頼されてるようだから、そんなに脅すように低い声で言わなくても良いんじゃないですか、セバスチャンさん?

 それはともかく、皆も納得してくれたようで一安心。

 それじゃ、この男をどうするか考えるとするか。


「レオの餌に……」

「ひっ!」

「ワフゥ……」


 ちょっとした冗談で呟いた事だが、男は怯えて小さく息を漏らし、レオは嫌がるように首を振った。

 さすがに人間をレオに食べさせるなんてさせないからな、安心してくれ。


「まぁ、今のは冗談だが……どうするかな」


 このまま衛兵に渡すのも良いんだが、それだとまた逃亡するかもしれないしな……これだけ恐怖を植え付けてるから、そんな事をしようとは思わないだろうが。

 衛兵に渡す事で済ませると、皆に許可を取った意味も無くなるしな。

 ふむ……。


「カレスさん」

「はい?」


 一つ思い付いた事があったので、近くにいたカレスさんに声を掛ける。

 ちなみに、地面に散らばった薬草は全て店員さん達の手で拾われ、新しく用意されたテーブルに並べてある。

 さっきよりは小さいテーブルだったが、量の少なくなって来た薬草を置くにはちょうど良さそうだ。

 それらを見つつ、考え付いた事を整理しながらカレスさんに話し掛けた。



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