第114話 新しい鍛錬を行いました



 これから行う鍛錬で、レオから攻撃する事は無い。

 エッケンハルトさんから提案されたのは、レオに剣を当てる事だからな。

 シルバーフェンリルの速さを見極めて当てる事が出来れば、一人前以上の腕前になってる証拠だからとの事だ。

 レオの毛はふんわりと柔らかい、最高の触り心地なのだが、戦闘態勢に入るとそこらの剣を弾く程の硬さになるらしい。

 だから、俺達がいくら剣を振るって当てたとしても、万が一にも怪我をする事は無いという事だ。

 これを提案した時のエッケンハルトさんは、まだレオに慣れていなかったから、俺に小声で提案して来た。

 レオに聞こえないよう俺の耳元でエッケンハルトさんが囁くのは、ちょっと微妙な気分だったけど……。


「それでは、開始の合図は私が……」

「お願いします」


 離れた場所で、クレアさんと見守っていたセバスチャンさんが進み出て来てくれた。

 セバスチャンさんが合図を出すまでの間、レオとにらみ合うように対峙して、いつでも剣を振れるように構える。

 レオの迫力に押されて、背筋を冷たい汗が流れ落ちるが、それを気にしないよう集中した。

 ティルラちゃんも同じなのか、隣から緊張した雰囲気が伝わって来る。


「それでは……始め!」

「ふっ!」

「はぁ!」


 セバスチャンさんの合図と同時に、俺達はその場を駆け出しレオに向かって剣を振る。

 様子見というわけではないが、まだレオがどう動くかもわからないし、こちらは剣を使い始めた素人だ。

 考える事は大事だと思うが、まずは全力でレオにかかって行った方が良いだろう。


「ワフゥ」


 俺達が全力を込めた剣を、レオは体をずらす事で避けた。

 レオからすると、俺達の攻撃はそよ風にもならないのかもしれない、一鳴きした声には余裕が十分に感じられた。


「はっ!」


 剣を振り降ろした後、手首を返してすぐに切り上げる。

 足を一歩踏み出し、ずらした体に当たるようにしながら。


「ワッフワッフ」


 それでもレオは余裕を崩す事無く、俺の剣を軽々と避ける。

 …というより、今レオが避けた動き……見えなかったんだけど……。

 それから約1時間程、レオに向かって俺とティルラちゃんはひたすら剣を振り続ける。

 レオは体をずらす、飛び上がる等々、色々な動きをして避け続けた。


「はぁ……はぁ……」

「はぁ……ふう……レオ様……速過ぎです……はぁ……」

「ワフー」


 最初は真剣な雰囲気だったレオは、俺達の攻撃を避ける事が簡単だとわかると段々遊んでるような軽い雰囲気になっていった。

 レオにとって俺達の攻撃はまだまだって事らしい。

 ……さすがにちょっと悔しいな……。

 でも相手は最強と言われるシルバーフェンリル。

 鍛錬を始めたばかりの俺達が簡単に剣を当てられるわけが無いと、一応納得する。

 ……いつか必ず当てられるようになろうと、心の中で誓った。


「大丈夫ですか、タクミさん、ティルラ?」

「はぁ……はぁ……大丈夫です」

「私も……はぁ……はぁ……大丈夫です」


 声を掛けて来てくれたクレアさんには悪いが、俺とティルラちゃんは剣を振り続けた事の疲れで、まだ息が整わない。

 そんな俺達の所へ、ライラさんとゲルダさんが水を持って来てれた


「どうぞ」

「ティルラお嬢様も、こちらを」

「はぁ…はぁ……ありがとうございます……はぁ……ゴクゴク……!」

「ありがとう……はぁ……はぁ……ゴクゴク……!」


 お礼を言いつつ、俺達はコップに入った水を一気に飲み干す。

 しばらくして、ようやく息が整った頃にレオが背中にシェリーを乗せてセバスチャンさんと一緒に近付いて来た。


「……ふぅ……レオ、お前の動きが速過ぎて何も当たらなかったよ」

「……レオ様……凄いですね」

「ワフー」

「キャゥ」


 レオはまだまだだとでも言うように鳴く、シェリーの方はレオに乗れたことを喜んでるだけのようだな。


「タクミ様、ティルラお嬢様。私の見る限りでは、剣を振る事自体に悪い所は見当たりませんでした。あとは、どう当てるかを考えねばなりませんな」

「そうですね……正直、レオの動きを目で追う事は出来ないと思います。どう当てるか……」


 レオの動きについて行こうとしても、それは無理な話。

 俺は目で見えない程の速さで動く事は出来ないからな。

 それなら、何か搦め手を考えて当てる必要があるのかもしれない……。


「私は剣に関して詳しくはありませんが、剣の振りをもっと速くするというのはどうでしょう?」

「剣をもっと速く……」


 体をレオと同じ速さにする事は無理だろうが、振りを一瞬だけ速くするのなら……。


「どちらにせよ、もっと鍛錬が必要ですね」

「そのようですな」

「もっと頑張ります!」


 搦め手を試すにしても、レオの速度を追える速さで剣を振るにしても、どちらを実行するにしても鍛錬が必要だろうな。

 まだ始めたばかり、薬草を使って効率が良いとはいえそれでも長い間鍛錬してた人に比べるまでもないだろう。


「レオ、これからもよろしく頼む」

「ワフ」


 これからは毎日、レオ相手の鍛錬と、基礎鍛錬、剣の素振りも含めて、励んで行こう。

 ……ちょっと、楽しくなって来たからな。

 横を見ると、ティルラちゃんも気合の入った表情をして、これからの鍛錬を頑張ろうという気概が見えた。

 レオとの鍛錬が終わり、休憩をした後は基礎鍛錬。

 剣を振るにしても、早々に体力が尽きるようじゃ駄目だ。

 昼食の時間まで、体力を付けるようひたすらランニング。

 レオはその横を楽しそうに走ってるが、ティルラちゃんの方は大変そうだ。

 こんな小さな体で、よく頑張ってると思う。


「タクミさん、昼食にしましょう」

「……はぁ……はぁ……わかりました」


 日が高くなった頃、クレアさんから声を掛けられて昼食を取る事になった。

 休憩も大事だからな。

 鍛錬は焦らず地道にやって行こう。

 ライラさんが用意してくれたお湯とタオルでティルラちゃんと一緒に汗を拭いて、食堂へ向かった。


「タクミさん、ありがとうございます」


 昼食後は、また裏庭に出て鍛錬。

 その前に筋肉を回復させるための薬草を作ってティルラちゃんに渡した。


「ティルラちゃん、疲労の方は完全に回復しないから、無理はしちゃ駄目だからね?」

「はい!」


 元気よく返事をするティルラちゃんと一緒に、夕食の時間までしっかりと鍛錬をした。



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