第113話 ティルラちゃんが勉強を頑張りました



 どこでどんな知識が役に立つかわからない。

 知識に限らず、頭で何かを考える事を続けるのは大事だ。

 考えなければ相手がどう動くかわからないし、自分がどう動いて良いかもわからない、なんてわからない事だらけになるからな。

  俺はまだ鍛錬を始めたばかりで、戦闘に関して何か言える程の腕前じゃないが、それでも考える事が重要だと感じてる。

 エッケンハルトさんと対峙して、何も考えずに剣を振る事しか頭に無く、あっさり剣をずらされて負けた経験からだ。


「世の中何が役に立つかわからないからね。勉強しておくに越したことは無いと思うよ」

「わかりました……勉強頑張ります……鍛錬したいですし」


 ティルラちゃんはまだよくわかってないようだが、それでも勉強を頑張ると言ってくれた。

 これで昼以降はもう少し勉強に集中してくれると思う。

 明日から新しい鍛錬だから、ティルラちゃんが勉強で参加できなくなるのもかわいそうだしな。


「タクミさん、ありがとうございます」

「いえいえ、俺もティルラちゃんくらいの頃は遊ぶ事ばかりで、勉強なんてほとんどしませんでしたからね。今になってその時の後悔を考えると……まぁ、ティルラちゃんに後悔して欲しくないですからね」


 クレアさんにお礼を言われるが、あの時勉強してれば……という後悔をティルラちゃんに味わって欲しくないからな。

 俺も仕事を始めてから色々と後悔した……ちゃんと勉強してれば、あんなブラック企業に勤めなくて良かったなんてのもあったなぁ。

 昼食後、お茶を一杯だけもらって俺はまた鍛錬へ。

 クレアさんはティルラちゃんを連れて勉強だ。


「あれでティルラちゃんはちゃんと集中してくれるだろうか?」


 と呟きつつ、鍛錬に集中した。

 薬草を食べながらの鍛錬は、普通では考えられない量の鍛錬をこなす事になる。

 一人で集中していたからか、エッケンハルトさんがいた時の量より多めの鍛錬をこなす事が出来た。

 ……体を動かす事に慣れて、少しづつ体が作られて来てるのもあるのかもしれないな。

 夕食の時間より少し早めに鍛錬を終わらせた俺は、風呂に入って汗を流して食堂で待機。

 いつもは誰かが先に食堂で待っているから、ちょっとだけ新鮮だ。


「タクミ様、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」


 ライラさんがお茶を淹れてくれたので、それを一口。

 レオはいつものようにゲルダさんに牛乳を用意してもらって、それをガブガブ飲んでいる。

 ティルラちゃんが勉強をしていて相手をしてくれないから暇なのか、シェリーも今日はずっとレオと一緒にいた。

 レオの背中が気に入ったシェリーは、ほとんどそこで寝てたけどな。


「キャゥキャゥ」

「ワフ」


 レオの隣で一緒に牛乳を飲んでたシェリーが顔を上げて吠え始める。

 同じくレオも顔を上げて一鳴き。

 それと同時に、食堂の扉が開いてクレアさんとティルラちゃんがセバスチャンさんを伴って入って来た。

 どうやらレオとシェリーは、クレアさん達の足音に反応したようだ。

 耳が良いんだなぁ。


「クレアさん、ティルラちゃん、お疲れ様」

「タクミさん、今日はお早いんですね」

「タクミさん、勉強終わりました」


 二人を労いつつ、お茶を飲む。

 クレアさんは俺が先に食堂で待っていた事に少しだけ驚いてるようだ。

 ここ数日は鍛錬があったからな……。

 ティルラちゃんの方は、昼前と違ってちゃんと勉強に集中出来たようで、達成感のようなものが窺えた。


「ティルラちゃん、勉強に集中出来たかい?」

「はい。鍛錬をするためと考えて、勉強を頑張りました」

「……鍛錬以外の事で集中して欲しいのだけど……まぁ、今日は頑張ったから良しとしましょう」


 クレアさんとしては、動機が剣の鍛錬というのには少し不満がありそうだったが、ティルラちゃんが頑張った事は近くで見て知ってるので、諦めたようだ。


「タクミさん、明日からしばらく勉強をしなくても良いそうです!」

「そうなんですか、クレアさん?」

「ええ。昼からのティルラは私が驚く程勉強に打ち込んでくれましたからね。数日分の勉強を終わらせました。……これで頑張った理由が剣の鍛錬じゃ無ければ良かったんですけど……」

「ははは」


 ティルラちゃんは、俺の言葉を信用してくれたのか、それとも鍛錬をするためという餌(?)に食い付いたのか、かなりの成果を見せたようだ。

 確かに鍛錬している時のティルラちゃんは苦しそうにしながらもどこか楽しそうではあったが、そんなに鍛錬がしたいのか……。


「明日からお父様が言っていた新しい鍛錬ですからね。勉強に邪魔をされたくありません!」

「あー、成る程ね。そういう事かぁ」

「あれね……レオ様、お願いしますね」

「ワフ」


 ティルラちゃんは明日からの鍛錬が楽しみなようだ。

 明日の鍛錬を始めるには、レオの協力が必要だからな。

 俺からも頼むよ、レオ。

 皆揃ったところで、料理が運ばれ、夕食が開始される。

 夕食後は、日課になった剣の素振りをティルラちゃんと終わらせる。

 明日の鍛錬に備えて、ティルラちゃんに熟睡出来る薬草を分けながら、俺もそれを食べて床に就く。

 ちゃんと素振りの後に汗を流したから、今日もしっかり寝られそうだ。


――――――――――――――――――――


 翌朝の朝食後、休憩をしてお腹を慣らした後、クレアさん達も勢ぞろいで俺とティルラちゃんは裏庭に出る。

 今日は最初から剣を持っての鍛錬だ。

 すぐに動けるよう、体を解しつつ剣を抜いてクレアさん達から離れる。


「レオ、頼むよ」

「レオ様、お願いします!」

「ワウ!」


 ティルラちゃんの気合が入った声に促されるように、レオは大きめに吠える。

 そのままレオはのっそりと歩いて、俺達と向き合うような位置に来た。

 これから始めるのは、エッケンハルトさんが提案した新しい鍛錬。

 新しいと言っても、特別な何かをするわけじゃない。

 単純に、レオへ向かって剣で攻撃を当てるというものだ。


「こうして正面から見ると、迫力があるな……」

「レオ様、ちょっと怖いです」

「ガウ……」


 鍛錬に真剣なレオを正面から見ると、シルバーフェンリルの迫力というのがよくわかる。

 人を数人も軽々と乗せる大きさに、威厳のある輝くような銀色の毛、足から見える爪に口から生えてる牙。

 本気になったら、俺達なんて簡単に細切れになるんだろうなと感じる威圧感があった。



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