第112話 エッケンハルトさんが本邸に帰りました



「……ふぅ……レオ様は凄い方だな……馬よりもはやい速度で走り回れるとは……」

「お父様、レオ様にはなれる事が出来ましたか?」

「そうだな……ここまでされて怖がってるのもおかしな話か。……レオ様、ありがとうございます」

「ワフ!」


 エッケンハルトさんは、クレアさんの言葉に答えつつレオに感謝をする。

 お座りのままじっとしてるレオの体を優しく撫でた。

 レオの方は撫でられて嬉しいのか、尻尾がゆらゆら揺れてるな。

 これで完全に慣れたわけじゃないだろうが、最初の頃よりは随分マシになったようだな。


「タクミ殿もありがとう。少々強引だと思うが、おかげでレオ様への恐怖心が無くなった」

「ははは、強引なのはすみませんでした。でも、あまり怖がっていてもレオがかわいそうでしたし、時間もありませんでしたからね」

「そこに関しては済まない。ここ数日でレオ様が人を襲ったりしないとわかってはいたんだが、シルバーフェンリルという魔物を知っている分、どうしてもな……」


 シルバーフェンリルの知識があり、その怖さを知っている程目の前にした時恐怖心が湧き出て来るんだろうと思う。

 エッケンハルトさんが恐がるのも当たり前なんだが、それでもレオは可愛いんだと伝えたかった。

 飼い主の我が儘なのかもしれないけどな。


「旦那様、そろそろお時間です」

「……そうか、わかった」

「エッケンハルトさん、薬草販売の事……よろしくお願いします」

「ああ」


 時計を見ていたセバスチャンさんに促されて、裏庭から屋敷に入る俺達。

 その途中で改めて『雑草栽培』で作った薬草販売に関してのお願いをしておく。

 エッケンハルトさんは深く頷いてくれた。

 屋敷の中を移動し、玄関ホールに到着。

 そこには、エッケンハルトさんが来た時と同じように、屋敷中の使用人達が揃っていた。


「それでは旦那様、お気を付けて」

「お父様、無事に本邸まで帰られる事を祈っています」

「お父様、お気を付けて!」

「エッケンハルトさん、お世話になりました」

「うむ……タクミ殿、ティルラ、鍛錬を怠らずに励むんだぞ」

「はい」

「頑張ります」


 それぞれエッケンハルトさんに挨拶をし、鍛錬をする事の念を押されながら見送る俺達。


「ではまたな。次に会う時を楽しみにしているぞ」

「「「「「当主様、お気を付けて!」」」」」


 エッケンハルトさんが屋敷を出る時、いつものように使用人さん達が一斉に声を上げる。

 今回は俺も一緒に声を出してみた。

 ……結構気持ち良いかもしれないなこれ。

 

「出立!」


 屋敷を出たエッケンハルトさんと護衛さん達が馬に乗り、先頭の人が声を上げて馬が走り出す。

 屋敷の門を抜けたあたりで見えなくなり、俺達は屋敷の中に戻った。

 その後、俺とティルラちゃんはエッケンハルトさんがいる時と同じように鍛錬を始める。

 クレアさんとセバスチャンさんは、ラクトスの街での薬草販売の話を詰めるようで部屋へと向かった。

 レオは背中にシェリーを乗せて、俺達の鍛錬を見学。

 ランニングをする時は楽しそうに並走したりもした。


「タクミさん、ティルラ、お疲れ様」


 鍛錬も終わって夕食の時間。

 先に食堂で待っていたクレアさんに労われつつ、テーブルについた。

 真面目に鍛錬をした俺とティルラちゃんは、夕食をがっつくように食べる。

 ちょっと行儀が悪かったかもしれないが、クレアさんはエッケンハルトさんの時のように注意する事は無く、朗らかに見ていてくれた。

 あぁ、さすがにあそこまで豪快には食べて無いからな。

 夕食後はお茶を飲んで少し休憩をし、剣の素振りを始める。

 エッケンハルトさんがいないからと言って、サボったりせずちゃんと鍛錬しないとな。

 この鍛錬は誰のためでも無く、自分を守るためなのだから。


「ワフワフ」

「頑張ります」


 レオが励ますように鳴いて、それに応えるように頑張るティルラちゃん。

 小さい子供が俺と同じように頑張る姿に負けないよう、鍛錬をこなした。

 もちろん、合間に『雑草栽培』で薬草を作って効率アップは忘れて無いからな。

 素振りを終え、風呂に入って汗を流してさっぱり。

 今日もしっかり熟睡出来そうだな。


――――――――――――――――――――


 翌朝、朝食を済ませ一通りの鍛錬を終わらせた後、ティルラちゃんは勉強へ。

 クレアさんに鍛錬ばかりではとの注意を受けて、渋々部屋へと戻った。

 俺はお世話係のライラさんやゲルダさんに見守られながら、一人で鍛錬に励む。

 明日からはエッケンハルトさんが本邸に帰る前、もう一つの鍛錬として提案された事を始めるから、それに備えて出来るだけ体を鍛えておきたい。

 まぁ、1日そこらで大きく変わる事も無いだろうが、やれるだけの事はやっておきたい。

 エッケンハルトさん曰く、今日1日鍛錬に打ち込めば新しい事を加えても良いだろうとの事だった。

 昼食の時間になると、部屋から出て来たティルラちゃんやクレアさんも合流。

 鍛錬で疲れた体のままだったティルラちゃんは、勉強にあまり集中出来なかったため、昼食後も勉強をする事になったようだ。


「まったく。鍛錬も良いけどちゃんと集中しなければいけないわよ」

「……勉強は嫌いです……」


 昼食中、クレアさんに溜め息を吐かれながら注意を受けるティルラちゃん。

 鍛錬の時は真剣に、ちゃんと集中して一生懸命取り組んでるんだけどな。

 やっぱり体を動かす事と、頭を使う勉強では勝手が違うようだ。


「ティルラちゃん」

「何ですか、タクミさん?」

「勉強をする事も、鍛錬のうちだよ?」

「……そうなんですか? 勉強するよりも鍛錬をしていた方が良さそうですけど」


 ティルラちゃんは、俺が言うような勉強と鍛錬を結び付けて考えられないようだ。

 まぁ、ティルラちゃんくらいなら体を動かす事が鍛錬で、それ以外は別の事と考えても仕方ないと思う。


「エッケンハルトさんが言ってたでしょ? 考える事が大事だって。勉強をする事で色々な知識を得られれば、剣を使って戦う時に考えられる事も増えると思うよ」

「……そうなのでしょうか」


 どんな事を勉強しているのかは知らないが、知識を広める事はきっと戦闘面でも役に立つはずだ。

 もちろん、戦闘で役に立たない知識というのもあるだろうが、きっと他の事で役に立つ事があるかもしれないからな。



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