第110話 エッケンハルトさんと模擬戦をしました



 その後の数日は、毎日基礎鍛錬と素振り1000回を繰り返した。

 ようやく鍛錬に体が慣れて来た頃、裏庭に出たエッケンハルトさんからちょっとした実践形式の鍛錬をする事を伝えられた。


「実戦形式……どうやるんですか?」

「私と剣を使って簡単な試合をしてもらう。当然ながら私からも攻撃するからな」

「お父様と……」


 エッケンハルトさんは木で造られた剣を持ち、俺達と向き合っている。

 ティルラちゃんは緊張しながらそれを見る。

 実戦形式か……剣の振り方は教えてもらえたし、基礎鍛錬や素振りはサボらずちゃんとやってるから最初よりは良くなってるとは思うが、やっぱり不安だな。

 エッケンハルトさんは、特に構えているわけでも無く、手に持っているのは木剣だが、その立ち姿は様になっている。

 やっぱり慣れてる人だと迫力が違うな……。


「お父様、大丈夫なのですか?」

「さすがに手加減はする。まぁ、ここ数日の鍛錬でどこまで出来るようになったか確かめるだけだからな」


 クレアさんの言葉に、エッケンハルトさんは木剣を確認するように振りながら答える。

 ……俺やティルラちゃんが剣で素振りするより、鋭い風切り音がしてるなぁ……。

 まずは俺からという事で、ティルラちゃんは後ろに下がり、俺とエッケンハルトさんで対峙する。

 クレアさん達は今日も見学するようで、離れた場所から見守っている。


「では、そちらから自由に打ち込んで来い」

「はい!」


 木剣に対してこちらはちゃんとした刃のある剣。

 一瞬だけ、大丈夫かと思ったがそんな事を考える事が失礼なくらい実力差は明らかだと思い直し、剣を構える。

 教えられた通りに、いつも素振りをしているように……。

 頭の中でどう動くかを決め、エッケンハルトさんに向けて剣を振りかぶる。

 まぁ、教えてもらった事はまだ少ないから、単純に全力で上段から振り下ろすしかないんだけどな。


「はっ!」

「……中々の太刀筋になった……だがまだまだだな」


 俺が渾身の力を込めて振り下ろした剣を、エッケンハルトさんは木剣を横から剣に合わせて振っただけで俺の剣をずらした。

 太刀筋をずらされた俺は、そのまま地面に剣を打ち付けてしまう。

 剣から伝わる振動に手が痺れ始めるが、それを我慢してもう一度振り上げようとする視界の隅で、エッケンハルトさんがゆらりと揺れた様に感じた。


「これで、タクミ殿は一回死んだ。実戦だと相手から目を離してはいけないぞ」

「……はい。ありがとうございました」


 揺れたと思われたエッケンハルトさんは、俺の首に木剣の先を突き付けて終了を告げる。

 これがちゃんとした剣で、相手が俺の命を狙っていたら……もう俺は死んでいるだろう……。

 剣がずらされた事で、太刀筋ばかり気にしてた俺の失態なのは明らかだ。

 エッケンハルトさんから目を離さなければ、対処出来てたわけでも無いけどな。


「次、ティルラ」

「はい!」


 ティルラちゃんがエッケンハルトさんに呼ばれ、一歩前に出て対峙する。

 その間に、俺は剣を鞘にしまって痺れた手をブラブラさせつつ離れた。

 ……しばらくじんじんしそうだな……この手……。

 ティルラちゃんは、俺の時と同じように剣を振り降ろし、それを受け止められて持っている剣を弾かれた。

 体制の崩れた隙にエッケンハルトさんは木剣をティルラちゃんの顔に突き付ける。


「これでティルラも終わりだな。力を込めて剣を振るのは悪い事じゃないが、体勢を崩してしまった後の事も考えないとな」

「ありがとうございました」


 ものの数分で俺とティルラちゃんは二人共、エッケンハルトさんにやられてしまった。

 まだまだ鍛錬を開始して数日だから仕方ない事だが、これだけ軽々とあしらわれるのは少し悔しい。


「さて、二人共実力不足は実感できたと思う。まだまだ鍛錬を始めたばかりだから当たり前だがな」

「「はい」」

「私が教えられる事はそんなに多くない。剣を使うには手に馴染む程の努力が必要だ。あとは考える事だな」

「考える事……」

「相手がどう動くかの予想。自分がどう動けばいいのかの想像。そして、実際に動けるかどうかといったところだな……まぁ、細かい事を言えばまだまだあるが……」


 相手によって動きも違うし、対処法も違う。

 自分がどう動けばいいかを決めるのは、日頃の鍛錬次第。

 エッケンハルトさんが言うのは、戦いにおける基本的な部分なんだと思う。

 戦闘に詳しくないが、実際に動いて俺達を軽くあしらった人の言葉には説得力がある。


「私も忙しい身でな。鍛錬に付き合っていられるのも今日までだろう」

「お父様、帰るんですか?」


 エッケンハルトさんは公爵家の当主様だからな、忙しいのは当然だと思う。

 ここ数日、俺達の鍛錬に付き合ってくれた事を感謝しないといけないな。

 エッケンハルトさんがこの屋敷に来る前は、緊張したり、項垂れたりしていたティルラちゃんは少し寂しそうだ。

 まぁ、この年頃だから父親と一緒にいたいと思うのは当然の事だろうな、項垂れたりしてたのは主にお見合い話のせいだしな。


「さすがにここにいつまでもいるわけにはいかん。タクミ殿の薬草販売の事もあるしな」

「お手数をおかけします」

「タクミ殿が畏まる必要は無いぞ。これは公爵家の利益のためでもあるからな」


 その後は、寂しそうなティルラちゃんの頭をガシガシと撫でるエッケンハルトさんから鍛錬法を聞いて、それを実践。

 いつもよりは少しだけ控えめな内容だが、十分に辛い鍛錬だった。

 それを繰り返し行う事と、もう一つの鍛錬を試す事で一人前に剣を使えるようになるだろうとの事だった。

 もう一つの鍛錬は、夕食の時間になったので後日に持ち越してその日は終わった。

 夕食後はいつものように、ティルラちゃんと一緒に剣の素振り。

 エッケンハルトさんと戦った時の事を思い出しながら、頭の中で色々な事を試して剣を振ったから、漫然と素振りをするより効率は良くなったかもしれない。

 変な癖を付けないようにと、エッケンハルトさんから注意されてた事を思い出しながら。

 最近レオとあまり遊べていないな……なんて考えつつ就寝した。



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