第99話 公爵家との契約を締結しました


 

「タクミ殿の事を知れば他の貴族達を始め、商人も黙ってはいないだろうからな」

「だから、出来る限りの条件を出して、私達公爵家と契約を結んで欲しいと思っています」

「タクミ様、どうでしょうか?」

「……そうですね……正直、ここまで良い条件で契約が出来るとは思っていませんでした。……けど一つだけ、条件を足しても良いですか?」


 エッケンハルトさんの言葉を継ぐようにクレアさんからお願いされる雰囲気で話される。

 エッケンハルトさんやクレアさんの意気込みという事なのかもしれないな。

 だけどもう一つだけ、俺に有利な条件を追加して欲しい。

 この契約書には書かれていない事、だけど俺には重要な事でもある。


「何でしょうか? ある程度の事ならば融通出来ますが」

「……えーと、もうしばらくで良いので……この屋敷のお世話になっても良いですか?」

「「「……」」」


 セバスチャンさんの言う融通出来ると言う言葉を信じて、追加して欲しい条件を言ってみた。

 その言葉を聞いた皆は何故かポカンとして俺を見ている。

 あ、レオは牛乳を飲むのに夢中だし、ティルラちゃんはレオと同じく牛乳を飲んでるシェリーに夢中だけど。

 しばらく、俺を含めた4人が沈黙した。

 数秒後、何が可笑しかったのか、エッケンハルトさんが大きな声で笑い始めた。


「はっはっはっは!」

「……はぁ……どんな条件かと身構えて損した気分です」

「……タクミ様らしいと言えばそうなのかもしれませんな」


 エッケンハルトさんの笑い声が響く中、クレアさんとセバスチャンさんは半ば呆れたように話す。

 え? 俺そんなにおかしなこと言った?

 この世界で他に頼れる人を知らない俺にとっては重要な事なんだけど……。

 まだお金も持って無いから当然宿にも泊まれないし、そもそも食事も出来ないだろう。

 レオに頼んでオークを狩って来てもらえば何とかなるかもしれないし、森探索で野営を経験したから何とかなるかもしれないが、出来ればちゃんとした食事と寝泊まりをしたい。

 俺が皆の反応に対し内心でそんな事を考えていると、エッケンハルトさんが笑いながら言った。


「ははは! タクミ殿は面白い男だ。良いぞ、好きなだけ屋敷にいてくれ。メイド達に世話もさせるからな。……何なら、本邸の方でも構わんぞ?」

「タクミさんならいつまででも屋敷にいてくれて構いません。シェリーの事もありますし……タクミさんがいてくれた方が安心です」

「……契約の内容とは別に、私共使用人達もタクミ様がしばらくこの屋敷にいるのは当然の事と考えていましたが……旦那様、これは契約内容に含める事でしょうか?」

「いいや、含めなくて良い。タクミ殿の事は気に入ったからな。契約関係無く、屋敷で好きに滞在しても良いとしよう」

「畏まりました」

「えーと……良いんですか?」


 皆の言葉を総合すると、俺は屋敷に受け入れられたようだ。

 むしろセバスチャンさんの言い分的には、何も言わなくても屋敷に住まわせてくれるつもりだったみたいだな。

 契約関係無しでこの屋敷にいられるとまでは思って無かった。

 レオも含めて食費やらなにやらがあるから、いつ追い出されてもおかしくないと思ってたんだけどなぁ。

 思ってたよりも、リーベルト家の人達は懐が深いらしい。


「それではタクミ様、これで公爵家との薬草販売契約は締結という事でよろしいですかな?」

「はい。お願いします」


 セバスチャンさんからの確認に頷き、俺は公爵家と契約を結んだ。

 その後、ライラさんが用意して持って来た用紙にサインをし、契約が完了となった。

 印鑑とかってこの世界には無いんだな。

 まぁ、あったとしても俺は作ってないから、困るだけなんだけどな。

 ちなみにサインは日本語で自分の名前を書いたはずなのだが、文字が読めた時と同じように何故かこの世界の文字で書かれており、皆にもしっかり読めるようになっていた。

 ……いつかこの疑問がわかる時が来るのかな……そのうち、セバスチャンさんに相談して調べてみるのも良いかもしれないな。

 こういう謎の解明はセバスチャンさんが好きそうだ。

 契約を無事に終わり、まったりとした空気の流れる食堂でお茶を飲みながらゆっくりした後、解散になり、それぞれ部屋に戻った。

 エッケンハルトさんは馬でここまで来た疲れがあるようで、早々に寝るようだ。

 クレアさんとティルラちゃんはシェリーと遊んであげるみたいだけど、あまり遅くまで起きて明日寝坊しなければいいけど……特にティルラちゃん。

 俺はレオを連れて部屋に戻る途中で、そういえばと思い出した。

 セバスチャンさんが契約書を持って来て、そちらに意識が向いていたが、レオを風呂に入れる予定だったんだ。

 レオは満腹になって風呂の事は俺と同じく忘れてるのだろう、機嫌良さそうに部屋へ向かう俺を先導しながら歩いてる。


「レオ……忘れて無いか? これから風呂に入るぞ」

「ワフ!? ワフワフ」


 体をビクッっとさせて俺に振り向いたレオは、嫌がるように首を横に振る。


「嫌がっても駄目だからな。ちゃんと綺麗にしておかないとシェリーにも示しがつかないだろ? ほら、風呂に行くぞー」

「ワフゥ……ワフ」


 ちょっと卑怯かもしれないが、シェリーを出した事でレオは納得したようだ。

 姉の心境なのか、母の心境なのか、レオはシェリーを可愛がっていると同時に、躾る事に関心があるようだから、シェリーの見本にならない事はしないだろうと思った。

 ……そういえばシェリーの方は風呂を嫌がるんだろうか……?

 明日にでもクレアさんに聞いてみよう、嫌がらないようならティルラちゃんと一緒に入ってもいいかもしれないからな。

 レオと一緒に入りたがってたから、シェリーとも入りたがるだろう。

 そう考えながら、俺はしょんぼりしながらも、いつもより素直についてくるレオと風呂場へ向かった。

 1時間を少し過ぎたくらいの時間、レオを風呂でしっかり洗って汚れを落とす。

 風呂に入る前、ちょっと面倒かもしれないけどライラさんにタオル等をお願いして、以前と同じように洗った後のレオを拭いてもらった。

 レオが拭いてもらってる間に俺は湯船にしっかり浸かり、体を温める。

 森にいる時は体を拭いたりはしていたが、基本的に川の冷たい水だったからなぁ。

 やっぱり日本に生まれた者として、温かいお湯に浸かるのは癒される。

 風呂から上がって、温まった体のまま体を拭いてもらい綺麗になったレオを連れて部屋に戻る。

 嫌いな風呂を我慢して入ったため、ぐったりした様子のレオを撫でながら、ベッドに入った。

 今日は公爵家当主様と対面し、契約という緊張するイベントをこなしたため、精神的に疲れていたんだろう。

 横になった途端、ほとんど感じて無かった眠気が津波のように襲い掛かって来て、俺はそれに抗う事無く眠りに就いた。



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