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第89話 いつもの服装だと落ち着きませんでした
第89話 いつもの服装だと落ち着きませんでした
「私達がこの屋敷から使いの者を本邸に送り出し、旦那様はその知らせを聞いてすぐに本邸からこちらに向かったのでしょう」
屋敷から本邸まで約1週間。
その知らせを聞いてすぐにこちらに向かってさらに1週間……ちょうど今日くらいになるのかな。
そうか……俺がこの世界に来てもう2週間くらいになるのか……思わぬところで実感してしまった。
「クレアお嬢様が無事、タクミ様に助けられてこの屋敷に戻られた後、改めて旦那様にお知らせする使いを送ったのですが……」
「お父様の事だもの、きっとその使いの者が到着する前に本邸を出てると思うわ」
「それは……なんとも……」
第一報ですぐに行動に移したという事なんだろう。
行動が早いと言うべきなのか、娘可愛さと言うべきなのか……でも公爵家の当主様ならもう少し慎重に行動しても良いんじゃないかとも思う。
せめて第二報が届いてからとか……まぁ、会った事の無い俺が色々言えた義理じゃないけどな。
「きっとあのお父様だもの……良い機会だと大量のお見合い話しも持って来るに違いないわ」
「クレアさんを心配して来るんでしょう? それなら今回は急いでいて持って来てないとかあるかもしれませんよ?」
「いえ、タクミ様。旦那様に限ってそれは無いと私も思います」
「セバスチャンさんまで……」
これも信頼と言えるのだろうか……クレアさんとセバスチャンさんの二人は、当主様がクレアさんが危ないと聞いてもお見合いを持って来る人物だと思って疑ってないようだ……。
そうしてるうちに、寝坊したティルラちゃんがゲルダさんに連れられてようやく食堂に来た。
ティルラちゃんがテーブルについたのを見計らうかのように、朝食が用意される。
我関せずで話に加わらなかったレオや、クレアさんの足元で丸まって寝ていたシェリーも起きて皆で食べ始める。
朝食が半分ほど進んだ所で、俺と同じように玄関ホールにいるメイドさん達が慌ただしかった事をティルラちゃんがクレアさんに聞き、当主様……クレアさんやティルラちゃんのお父様が屋敷に来るという事を知らされ、ティルラちゃんは固まった。
その後、何となく落ち込むような暗い雰囲気で朝食は終わった。
美味しかったんだけどなぁ……あんな雰囲気じゃあまり味わえなかった。
作ってくれたヘレーナさんには申し訳なかったかな。
しかし、娘二人(+執事)にこんな暗い雰囲気を出される父親ってのもちょっとかわいそうかもな……。
朝食後、お見合い話しを断る算段を付けるため、クレアさん、ティルラちゃん、セバスチャンさんは別室へ。
そんなに身構えて相談する内容なのだろうかと疑問に思ったが、貴族令嬢なりに答え方というものがあるんだろうなぁと考えて納得しておいた。
裏庭で『雑草栽培』を試す事も無く、暇になった俺は一度レオと一緒に部屋へと戻る。
「さて、どうしたもんかな」
「ワフ?」
部屋のベッドの端へ座り、横で伏せの体勢になったレオを撫でながら考える。
レオは考え込む俺を見ながら首を傾げてるが、頭を撫でてやって誤魔化しておいた。
クレアさんの父親、当主様が到着するのは昼過ぎ。
『雑草栽培』を試す余裕はないが、しばらくやる事が無い。
ベッドで仮眠を取ったり、レオと遊んでたりしてればいいかとも思うが、何となく落ち着かない。
多分、この世界で初めて確かな権力を持つ貴族と会う事に緊張してるんだろうと思う。
クレアさんは貴族令嬢だが、当主では無い事と、かなり裕福な家庭なのはわかってたが貴族とは知らずに接していたからな。
あ、そういえば。
「ライラさん、当主様と会うのに俺はこの服装で良いんでしょうか?」
「クレアお嬢様も仰っていましたが、旦那様はそういった事には無頓着なので、そのままでも構わないと思いますよ」
俺のお世話を担当しているから、一緒に部屋まで来たライラさんに聞いたが、そのままでも良いとの事らしい。
でもな……いくら気にしないと言われても、ちゃんとした服装で会わないと第一印象が悪くなるかもしれないからな……。
これも仕事をしていた弊害か、服装は常にスーツとネクタイ。
外回りをしなくても服装を崩してはいけないという規則で働いていたから、目上の人と会う時正装をしてないと不安になってしまう……。
「気になるのでしたら……確か、ラクトスの仕立て屋で服を仕立ててもらってるのでしたね?」
「そうですね、服を一式お願いしてます」
「それを受け取って来られたら良いのでは無いでしょうか?」
そうか、あの時仕立て屋にお願いしたのは、セバスチャンさんから借りた服と同じような物をお願いしたはずだ。
借りた服はさすがにもう返しているが、あの服なら正装に近いだろう。
セバスチャンさんにまた借りるという手もあるが、今は邪魔しないでおいた方が良いだろう……お見合いの断り文句なんて俺にわかるわけがない……巻き込まれたら面倒だしな。
「しかし、今からラクトスの街へ行くとなると、急がなければ旦那様が到着されるまでに帰って来れません」
「そこはまぁ、何とかなりますよ。な、レオ」
「ワフ!」
ライラさんの忠告に、俺はレオに声を掛ける事で答えた。
レオの方も任せろとばかりに頷く、頼もしい限りだ。
それを見たライラさんも納得したようで頷いていた。
「成る程。レオ様に乗って行かれるのでしたら、時間に余裕が出来ますね」
そうして俺は、レオを連れて屋敷を出る。
屋敷を出る前、ゲルダさんにクレアさん達へラクトスの街に服を取りに行く事の言伝を頼む。
黙って出るのは心配させてしまうかもしれないからな。
屋敷を出て、門までの道で背を向けたレオに乗る。
……乗ったんだが……。
「ライラさん……もしかして一緒に行くんですか?」
「もちろんです。私はタクミ様のお世話を任されています。それに、仕立て屋に料金も払わないといけませんので」
「あぁ……そうですね……すみません、お願いします」
そういえばお金の事があった。
以前行った時はその場で買った服とかのお金しか支払ってなかったからな。
当主様との話が上手く行って、公爵家で薬草を売れるようになったら収入が出来るが、それまで無一文なのは仕方ない。
俺はライラさんを連れて、レオに乗り、ラクトスの街へ向かった。
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