第88話 クレアさんの父親が来るようでした




 あ、そういえばまだ仕立て屋に頼んでおいた服を取りに行ってないな……森を探索したりとかしてたから行く余裕が無かった……。

 俺が心当たりが無く、クレアさんの言う事を不思議に思って色々脱線しつつも考えていると、クレアさんはさっきよりも深刻な顔をして、この屋敷に今日来るのだという人を教えてくれた。

 ……ちょっと、セバスチャンさんまで深刻な顔をしてるけど一体誰が来るんだ!?


「……今日、この屋敷に……お父様が来ます」

「……は?」

「私の……お父様です」

「タクミ様、クレアお嬢様の御父上……つまり公爵家現当主様です」


 ……はぁ。

 まぁ、この屋敷はそのクレアさんの父親、公爵家当主の持ち物だろうから、ここに来たっておかしくはないだろう。

 現当主を迎えるとなれば、メイドさん達が慌ただしかったのも納得できる。

 それは良いんだが、何故クレアさんとセバスチャンさんはこんなに深刻な顔をする必要があるのだろうか。


「えっと……それで何でそこまで深刻な顔を?」

「タクミさん……あのお父様が来るのです……きっと大量のお見合い話を持って来るに決まっています」

「そうですな……クレアお嬢様だけでなく、ティルラお嬢様にまで持って来るお見合い話……しばらく会っていないため、どれ程の数になっている事か……」


 クレアさんは沈痛な面持ちになり、セバスチャンさんは遠くを見るような目になった。

 確かにお見合い話しを持って来てはクレアさんやティルラちゃんに勧めて、断るのが面倒だというのは聞いていた。

 けど、そんなに深刻になったり遠くを見るようなものなんだろうか?


「……全部、断るんですよね?」

「当たり前です! ティルラはまだあんなに小さいのです、それを今から結婚相手を見つけるなんて早すぎます! それに私も……」

「コホン……クレアお嬢様」

「はっ!」


 何だろう……クレアさんに異常な程力が入ってた。

 ティルラちゃんがまだ小さいからと断るのはわかるけど、何故か最後の方は俺の顔をチラチラ見ながら声が小さくなって、顔も赤くなって行ってた。

 俺の顔に何か付いてるのかな?

 セバスチャンさんのわざとらしい咳払いによって、気を取り直したクレアさん。


「タクミさんにもお父様に会ってもらう事になります」

「タクミ様はリーベルト家と薬草の販売契約をすると仰られましたからな。旦那様と会って直接話をするのは当然でしょう」

「はぁ。まぁそれはわかりますが……」


 販売契約をするんだから、一番偉い人に話を通すのは当然だと思う。

 けど、俺がクレアさんの父親の前に出て大丈夫かな……失礼な事をしないと良いけどなぁ。


「あの俺、貴族に対するマナーとか……そういった事は全然わからないんですけど……」

「それに関しては大丈夫です。お父様は私以上にそういった事には無頓着ですので」

「旦那様は……良く言えば豪快……悪く言えば大雑把ですからな。……私としましては、もう少し公爵家としての振る舞いを覚えて欲しいのですが……」


 クレアさんとセバスチャンさんが言うには、現当主様はマナーとかには無頓着で、そう言った事をまったく気にしない人らしい。

 豪快か……どんな人なんだろうな……クレアさんが森の中で言っていた悩みに関しては良い父親だと思ったけど。

 クレアさんも何度かかわいがってくれてるって言ってたし、悪い人では無いんだろう。

 まぁ、それじゃ何でお見合い話ばかり持って来るかはわからないけどな。


「はぁ……今回は一体どれだけのお断りをすればいいのか……」

「前から少し期間が空きましたからな。かなりの数が予想されます」


 暗い顔をして話しているクレアさんとセバスチャンさん。

 お見合い話しって、断るのも面倒そうだよなぁ……。

 しかも持って来たのが実の父なわけで……父親の面目を潰さずどう断るか、というのも考えないといけないのかもしれない。

 数が多くなればそれは当然大変になってくるわけで……確かにそう考えると、クレアさんやセバスチャンさんが暗い顔になるのもわかる気がする。

 しかし、何で今日急に当主様が来る事になったんだろう? とりあえず聞いてみるか。

 そう思った俺は今だ暗い顔をしているクレアさんとセバスチャンさんに聞いてみる事にした。


「何で今日この屋敷に来るんですか?」

「それは……」

「私から説明させて頂きます。今朝方、旦那様からの使いで先触れが届きました。これはこの屋敷に来るから用意しておけと言う報せですな。それには今日の昼頃、昼食を食べ終わるくらいの時間にこの屋敷に到着するという旨が書かれておりました」


 ふむふむ、偉い人が何処かに行く時、相手方の用意も必要だからいつ頃に到着するから準備して……というお知らせだな。

 当主が自らの別荘にそういう報せをするのが正しいのかはわからないが、この屋敷にも迎え入れる準備があるはずだ。

 現に、それでメイドさん達が慌ただしかったわけだし……元々何も準備してないなんてことは無いんだろうけど。


「この屋敷と公爵家の本邸は馬で1週間程の距離がありまして……おそらく旦那様がここに来る目的はクレアお嬢様の無事を確認するためかと思われます」

「無事の確認? 何故わざわざ?」

「……それが……タクミ様とクレアお嬢様が初めて会った時の事は覚えていますか?」

「はい、覚えてますよ」


 クレアさんがティルラちゃんを心配するあまり屋敷を飛び出して一人で森に薬草を探しに行った時だ。

 今考えると、結構オークとか頻繁に遭遇したし、一人であの森に来るなんて結構な無茶をやってるなぁ。

 それだけティルラちゃんの病を治そうと必死だったのかもしれないけどな。


「その時、我々使用人はお嬢様を捜索する部隊を編成するとともに、旦那様にご連絡をしていたのです」

「ふむ」

「まったくセバスチャンは……」


 クレアさんはセバスチャンさんを責めるように言うが、セバスチャンさんは悪くないと思う。

 クレアさんを心配しての行動だし、危険な森に一人で行ったなんて、父親である当主様に報告するのは執事として当然の事だろう。

 さすがにセバスチャンさんを責めるように言うクレアさんだが、その事はわかってるのか、クレアさんは溜め息を一つ吐いた後、諦めるように項垂れた。

これ以上突っ込んだら、セバスチャンさんにクレアさんの方が反論されそうだしな。



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