第64話 セバスチャンさんは起きていました



「ははは、俺は本来こういう喋り方なんですよ、タクミ様。けど、公爵家に仕える者がそんな軽薄な喋り方をってセバスチャンさんがね」

「成る程……それで今はセバスチャンさんがいないから羽目を外してる……と」

「そうそう、そういう事」


フィリップさんは軽い笑いを浮かべながら焚き火に当たる場所へと座る。


「さて、タクミ様。時間なので見張りの交代としましょう」

「そうですね。俺もそろそろ眠くなってきました」

「クレアお嬢様も、そろそろ寝ておいた方が良いですよ? 疲れが取れて無いと、明日またセバスチャンさんに叱られますからねぇ」

「……わかったわ」


 俺とクレアさんはフィリップさんに言われたように、明日に備えて寝るため立ち上がった。

 さっきまでクレアさんに撫でられて気持ち良さそうにしていたレオも、俺と一緒に寝るつもりなのだろう、俺達と一緒に立ち上がる。

 俺達が立った時、フィリップさんが楽しそうな笑顔を浮かべながら言って来る。


「クレアお嬢様、昔の事はあまり気にしなくても良いんですよ。俺もセバスチャンさんも、クレアお嬢様があの屋敷にいるから仕えてるんですからね」

「……フィリップ……さっきの話……聞いてたのね?」

「……何の事ですかねぇ?」


 クレアさんのジト目から逃れるように目を逸らしたフィリップさんは、今にも口笛を吹きそうなとぼけ方だ。

 ……どうやら、俺とクレアさんの話をフィリップさんは聞いていたらしい。

 俺、何か変な事言って無かったよな?

 クレアさんに言った言葉も聞かれてたと考えるとかなり恥ずかしい。

 暗くて見えないだろうが、多分俺の顔は赤くなってるだろうな……。


「……はぁ……クレアさん、寝ましょうか」

「……そうですね……フィリップを問いただしたいところですが……この様子だと答えそうもありませんしね」

「でしょうね。それじゃあフィリップさん、見張りお願いします」

「はいよ。しっかり見張っておくから、ちゃんと寝るんだぞー」


 フィリップさんに後の見張りを頼んで、俺とクレアさんはそれぞれのテントに戻る。

 あ、そうだ。


「クレアさん」

「……はい?」


 女性用のテントへ入ろうとしたクレアさんを、思い出したことがあったので呼び止める。

 俺は振り返ったクレアさんに近付きつつ、持っていた袋から薬草を取り出した。


「これ、良かったら食べてから寝て下さい」

「これは?」


 薬草は暗くてどんな物かはっきりと見えないが、黒い花を乾燥させた物だ。

 それをクレアさんに渡しながら効果を説明する。


「それは、よく寝られる薬草です。それを食べて寝ると、溜まってた疲れが全て取れるんですよ」

「そうなのですか。……これも『雑草栽培』で?」

「はい。色々研究してる時に出来ました」

「……研究……いずれちゃんとどんな事をしているか教えてくださいね?」

「はい。隠す程の事じゃありませんから、暇が出来た時にでも教えますよ」

「わかりました。それではタクミさん、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 クレアさんと就寝の挨拶をして男性用テントへと戻る。

 ちらりと女性用の方を見てみると、クレアさんはその場で俺が渡した薬草を食べてるようだ。

 食べた後、クレアさんはすぐにテントへと入って行った。

 ……明日にはちゃんと疲れが取れてると良いな。

 さっきクレアさんにあげた薬草は、俺が以前仕事をしている時、寝ても疲れが取れなかった時に、これを飲んで寝ると疲れが取れる! というキャッチコピーで売り出されてたサプリを思い出して参考にした物だ。

 昨日の寝る前に薬草を食べて寝たら、今日の寝起きはスッキリだった。

 まだ俺が一度試しただけなので、確実な効果かどうかはわからないがきっと大丈夫だろうと思う。

 俺もちゃんと効果が出るようにと考えながら、クレアさんに渡した薬草を食べながらテントの入口へ。

 さすがにテントの中に入れないレオは、入り口傍に布を敷いてそこで丸まって寝てもらう。

 モサモサの毛があるから寒さには強そうだから大丈夫だろうと思う。

 レオに聞いたら、大丈夫と頷いたのでそのまま寝かせた。

 レオを軽く撫でて寝かせた後、俺はテントに入り中に用意されていた麻で縫われた寝袋……シュラフって言うんだっけ……に入る。

 シュラフの中で目を閉じた俺に、いつの間にか起きていたセバスチャンさんが声を掛けて来た。


「ありがとうございます、タクミ様」

「……セバスチャンさん、起きていたんですか?」

「はい」


 もしかして、フィリップさんと同じくセバスチャンさんもクレアさんとの話を聞いてたのかな?

 まぁ、焚き火からテントまで近いから、声が聞こえていてもおかしくない。


「……聞かれてました?」

「はい。クレアお嬢様が、我々使用人が勝手に流した噂であそこまで悩んでおられるとは思いませんでした」


 やっぱりセバスチャンさんは、クレアさんの思った通り、責任を感じてるみたいだな。


「セバスチャンさん、それは……」

「わかっております。私が責任を感じる事をクレアお嬢様が望んでないと。なので、この話はここでお終いにしましょう。タクミ様、クレアお嬢様の悩みを聞いてくださって、ありがとうございます。クレアお嬢様もタクミ様に相談出来て少しは楽になったと思います」

「だと……いいんですけどね」


 俺が聞いた事で少しでもクレアさんが悩んでいる事が楽になれば良い。


「ではタクミ様、ゆっくりお休みくださいませ」

「はい。セバスチャンさんも見張りの時間まで休んで下さいね」

「ええ。私はもう若くないですからな。ちゃんと寝ないと明日が辛そうです」

「ははは、まだまだこれからですよ」

「だと良いんですがね。ほっほっほ」


 そうして、俺とセバスチャンさんは一度笑い合った後、静かに就寝した。

 セバスチャンさん、見た目は確かに歳を感じさせるところがあるが、結構元気だからな……今日も森を歩いて野営場所を探したり、テント設営までやってた。

 それでも疲れた様子を見せないなんて、セバスチャンさんも十分若いよなぁ。

 そんな事を考えながら俺は意識を手放した。

 ……薬草のおかげか、夢も見ないくらい熟睡出来た。

 この薬草、怪しいキャッチコピーのサプリより効果あるんじゃないかな?

 安眠薬草とでも名付けておこう。

 翌朝、眠りから覚めた俺は、昨日の疲れを全く感じないさっぱりとした目覚めから、薬草の効果がちゃんと出てる事を確信した。



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