第62話 クレアさんに謝られました



「権力を笠に着て頼み事をするなんて、公爵家として恥ずかしい行いをしてしまいました。それに何より……」

「何より?」

「タクミさんが断れない性格だと知って、それを利用するように強引に誘った自分が許せないんです……」

「そうですか……」


 俺は強引に誘われたとまでは思って無い……この森に来る良い機会とも思ってる部分が有るくらいだ。

 クレアさんに利用されたとは、欠片も思わない。

 それにあの時、クレアさんが言ってた言葉を考えても……クレアさん、権力を笠に着るような事は言って無かったよな?

 俺がそう思ってるだけかもしれないが、クレアさんは公爵家だからと俺に強制したわけじゃない。

 クレアさんはそれでも、あの時の行動で自分を責めてるみたいだ。

 ……とりあえず、一つ一つ答えて行こうかな。

 その前に……。


「レオ」

「ワフ?」


 俺は黙って聞いていたレオに声をかけ、クレアさんに聞こえないよう、小さな声でレオにやって欲しい事を伝える。

 頷いてくれたレオは、伏せていた体勢から立ち上がり、俺の隣を離れてクレアさんの隣に行く。

 そこでも伏せの体勢をして、座ってるクレアさんの膝に顔を置いた。


「レオ様? ……タクミさん、これは?」

「とりあえず、レオを撫でて落ち着いて下さい」

「……はい」


 クレアさんは言われたように、レオの頭を撫で始める。

 すぐにレオのモサモサの毛の感触に癒されたのか、自分を責めて固まっていた表情が和らぐ。


「クレアさん」

「はい……」


 おっと、俺が声を掛けたらまた表情が硬くなったぞ?

 俺にもセバスチャンさんと同じく怒られると思ってるのかな?

 とりあえず、レオを撫でて表情を和らげて下さいねー。


「……えーと、クレアさんは俺を公爵家の権力で動かした、と考えているのでしょうけど……俺はそんな事微塵も感じていません。実際、あの時クレアさんは公爵家として、権力を使って俺に言ったわけではないと思っています」

「……」


 よしよし、黙って聞いてるな。

 レオ、そのままクレアさんに撫でられててくれ。

 俺はレオにアイコンタクトを送って、クレアさんへの話を続ける。

 ……レオがアイコンタクトを理解したかはわからないけどな。


「セバスチャンさん達へクレアさんが怒った時は、少し怖かったのは否定しません。ですが、それは俺に対してでは無いですし、俺にはその時、大きな声を出した事を謝っていました。それで充分だったんです」

「タクミさん……」

「俺が断れない性格を利用してと先程言いましたが……俺には利用された、という思いはありません。むしろ、俺の方がこの森に来る良い機会だと思ってたくらいですからね。……それに……」

「?」

「美人な女性にお願い事をされるのって、男としては嬉しい事なんですよ?」

「……もう……タクミさん……」


 クレアさんの頬が赤くなった……俺、余計な事言った?

 まぁ良いや、言ってしまった物は仕方ない。

 それに、ようやくクレアさんも表情を崩してくれたからな。

 美人さんが硬い表情をし続けるのを見るのは、あんまりね……。


「……ですが、それで本当に良いのでしょうか?」


 まだクレアさんは自分を責めているようだ。

 ふむ……それなら……。


「なら、クレアさん。クレアさんがこの森に来た理由を教えて下さい。それでこの件はお終いにしましょう」

「わかりました……タクミさんがそう言うのであれば。ですけど、タクミさんには元々伝えるつもりでしたよ?」

「……そう言えば、そう言ってましたね」

「あの時はタクミさんとレオ様、それと私で行くと考えていましたから、いつでも話せると思ってました」

「あはは、セバスチャンさんやライラさん、それに護衛の人達も一緒ですからね」

「あまりセバスチャン達には聞いて欲しくない話なので……今なら良いですね。皆は寝ていますから」

「そうですね」


 ようやくクレアさんから、この森に来たかった理由を教えてもらえる。

 セバスチャンさん達を怒る程、そして俺を少しだけ強引に誘った事の理由……気になって夜も8時間くらいしか寝れなかった……。

 なんて冗談、クレアさんに言うわけでもなく、意味の無い事を頭に浮かべながら、クレアさんが話し始めるのを待った。


「私はこの森に興味が有るのではありません。……本当に興味が有るのはシルバーフェンリルなのです」

「レオとは別の、ですか?」

「そうです。レオ様とは違うシルバーフェンリル……タクミさんの言葉を借りるなら、この世界のシルバーフェンリル……ですね」

「ふむ……何故またシルバーフェンリルに興味が?」

「それは……レオ様と出会った、という事も大きいのですが……」


 そこで一旦話を区切って、少しだけ考えるクレアさん。

 その間、レオはおとなしくクレアさんに撫でられたままだ。

 レオを撫でてるクレアさんは、先程までと違って顔には優しい笑みを浮かべてる。

 レオの癒し効果は凄いな……。

 シルバーフェンリルが最強ってもしかしてこの事なんじゃ……なんてつまらない事を考えてるうちに、クレアさんの考えはまとまったようだ。


「私は、産まれた時……正確には物心付いてからなのですが……それくらいから本邸の使用人達の間で、噂が流れ始めました」

「噂、ですか?」

「はい。私は、リーベルト家の初代当主様の生まれ変わりなのではないか? と」

「生まれ変わり……何かそう思える事があったんですか?」

「それが……初代当主様の生前の絵が原因なのです」

「絵……ですか」

「その絵はいくつかあり、初代当主様が成長なさって行く過程を描いた物でした。その中に、産まれてしばらく経った頃の初代当主様の絵がありました。……それが私にそっくりだったんです」

「クレアさんに? ……初代当主様は女性だったんですか?」

「そうです。女性だてらに戦場に立ち、勇猛果敢に敵軍を蹴散らしていたという事が伝わっています」


 初代当主様……女性だったんだな……戦果を挙げたとか言ってたし、貴族になった事から男性だと思い込んでた……。



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