第36話 今朝はティルラちゃんが起こしに来ました



 前の世界では、仕事ばかりで余裕のある生活をして来なかった。

 この世界に来た事で、人生を一度リセットした気になって、余裕を持って生きて行きたいと思う。

 レオをしっかり構ってやりたいしな。


「考える事はいっぱいあるが、焦る必要はないんだろうな」


 幸い、この世界で最初に知り合ったクレアさんは俺がこの屋敷にいる事を歓迎してくれている。

 厚意に甘え続けるわけにはいかないし、街での買い物に使ったお金も返さないといけない。


「……セバスチャンさんにも、だな」


 『雑草栽培』が薬の元となる植物を生やす事が出来るなら、それを使って色々出来るかもしれない。

 ゆっくり考えて、出来る事を増やして行こう。

 ここには、休憩したら怒られて、仕事が出来れば追加の仕事を渡されて、仕事が進まなければ怒鳴る……そんな上司はいないのだから……。


「レオ?」


 考えるのを止めてもう休もうと思った時、拗ねていたレオが気になった、さっき声を掛けても返事が無かったからな。

 顔だけ上げてベッドの横を見てみると、丸まったまま寝ていた。

 何か食べてる夢でも見てるのか、口を少しだけモゴモゴと動かしてるのが面白い。


「……犬……いや、シルバーフェンリルか。それでも夢って見るのかね?」


 寝ているレオを見ながら、ズレていた毛布を自分に掛け直して目を閉じた。


「……あ……明日…………裏庭で『雑草栽培』……試しても良いか聞いて……みよう」


 眠りに入る直前、ほとんど寝てるような状態で明日の予定を考えながらその日は終わった。



――――――――――――――――――――



 扉をノックする音が聞こえる。

 閉じていた目を開ける。


「……ああ、朝か」


 開いた目には少し眩しい朝の光が、窓から差し込んでいる。

 まばたきを繰り返してその眩しさに目を慣らしつつ体を起き上がらせる。

 その間も、一定の間隔で部屋のドアからノックの音がしてる。

 ……待たせるのも悪いな。


「どなたですか?」

「タクミさん、ティルラです。開けても良いですか?」


 ノックの主はティルラちゃんだったようだ。

 朝から元気な声が聞こえて来る。

 レオに会いに来たのかな?

 レオはノックの音で起きたのか、丸まっていた寝ていた体を起こし、前足2本で踏ん張るような形で伸びをしてる。


「どうぞ、入って良いよ」

「失礼します! タクミさん、レオ様、おはようございます!」

「おはよう。早いんだね、ティルラちゃん」

「ワウ!」


 元気に入って来たティルラちゃんはまず俺とレオに朝の挨拶。

 こういう所はしっかり教育されてるなぁ。

 まぁ、昨日は無断で入って来てレオに抱き着いてたんだけど……。

 今日はちゃんとノックして起きてるかの確認をしてるのは、クレアさんに注意された事を覚えてたからだろう。


「タクミさん、昨日はレオ様のネックレスを買って頂いて、ありがとうございました!」

「ははは、あれはレオじゃないけどね。狼の形だったから、ティルラちゃんが喜ぶかと思ってね」

「はい! すごく嬉しかったです。大事にします!」


 そう言ってティルラちゃんは今も付けているネックレスを大事そうに両手で包み込んだ。


「ワフ?」


 気になったのか、レオはティルラちゃんがネックレスを握ってる手に顔を近づけた。


「レオ様、ほらこれ、レオ様です!」

「ワウ……ワフワフ!」


 レオはティルラちゃんからネックレスを見せられ、そこにある狼を模した飾りに気付く。

 しかしあまり気に入らなかったのか、それを見るなり顔を横に振っている。

 ……多分、「それ私じゃない! 私はもっと恰好良い!」って言ってるんだろうな。

 女の子が格好良いで良いのか……というかこの世界に来てから、レオの仕草や鳴き声の出し方で何が言いたいかわかるようになって来たな……。

 小さかった頃から、人間臭い仕草をする事もあって他の犬よりもわかりやすかったが、今は何を言ってるのかもわかるような気がする。


「レオ様はこれ、嫌いですか?」

「ワウ……ワフー」


 レオの仕草が拒否してるように感じたんだろう、ティルラちゃんがしょんぼりしているのを、レオが慰めるように頬を摺り寄せた。


「えへへ、レオ様は気持ち良いですねー」

「ワウ」


 レオのモフっとした毛に触れて笑うティルラちゃん。

 仲の良さそうなレオとティルラちゃん……うんうん、仲良きことは美しきかな、なんて考えたりして。

 俺は朗らかにその様子を見ていたが、ふいにお腹が鳴った。


「あ、タクミさん。お腹空いたんですか?」

「……あー……あははは。うん、お腹空いたね。……これはちょっと恥ずかしいね」

「ワフー」


 レオに笑われた気がした。

 くそぅ、これからは寝起きでも油断してお腹が鳴らないように気を付けよう。


「レオ様もお腹空いてますか?」

「ワウ!」

「それじゃあ、タクミさんとレオ様。食堂に行きましょう!


 そう言うなり、俺の手を取り勢いよく走りだそうとするティルラちゃんだけど、俺は待ったをかける。


「ちょっと待ってティルラちゃん。俺はまだ起きたばかりだからね、支度をしてから食堂に行くよ」

「……すみません」

「謝らなくて良いんだよ。俺のお腹が空いてる事を気遣って急ごうとしたんだろ? ティルラちゃんは優しい子だね」

「えへへ」

「ワフ」


 褒められて照れ笑いをするティルラちゃんの頭を右手で撫でた。

 ついでにすぐ横に顔を持って来ていたレオの頭も左手で撫でておく。


「それではタクミさん、食堂で待ってます!」

「うん、すぐ行くよ。あ、レオも一緒に連れて行ってくれるかい?」

「あ……はい! レオ様行きましょう!」

「ワウ!」


 レオと一緒に行動する事が嬉しいのか、笑顔で頷いたティルラちゃんは、レオと一緒に食堂へ向かった。


「さて、昨日買った剃刀を使うか」


 正しくは剃刀っぽい物だが、この世界ではこれを剃刀と考えると決めた。

 昨日帰って来た時に置いておいた荷物の中から剃刀を取り出し、鏡に向かう。

 朝は手っ取り早く支度しないとな。

 傷が付かないよう気を付けながら髭を剃り、顔を洗って支度を済ませた。

 さっと着替えを終えて、俺はティルラちゃんの待つ食堂へと急ぐ。

 もうクレアさんやセバスチャンさんも待ってるだろうからな。

 ……部屋を出た時にやっぱりドアの前で待機していたライラさんに、またもや驚かされつつ食堂まで案内してもらった。



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