第33話 クレアさんの話を聞きました



「お父様……クレアさんの父親から、ですか?」

「はい。お父様は娘の私達を可愛がっては下さるのですが……いつもお見合いの話ばかり持って来るのです」

「お見合い……」

「ほとんど毎日、自分の知り合いや仕事仲間といった人達の中で、まだ結婚をされていない男性とお見合いするという話を持って来られていました。ひどい時は1日に5件もあったりと……お断りするのが大変でした……」

「それはまた……何とも変わった人ですね」


 俺は子供どころか結婚すらしていないからはっきりとはわからないが、娘を可愛がる父親が嫁に出したがらないというのはよく聞く話だ。

 例外はあるみたいで、中々結婚しない娘に早く結婚しろと言う父親もいるみたいだが……。

 とは言え、クレアさんはまだ若い。

 しかも誰でも納得する程の美人だ。

 性格も良いので、態々お見合いの話を持って来なくてもいずれ相手は見つかるんじゃないかと思う。

 ……少しだけ、クレアさんのお見合い話を聞いて胸に痛みを感じたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 とはいえ、極端に仲が悪いとかそういう話ではないみたいだ。

 深刻な話じゃなくて良かった。

 クレアさんにとっては面倒な事なんだろうけどな。


「しかもですね、まだ10歳になったばかりのティルラにまで話を持って来るんです」

「ティルラちゃんにもですか……」


 レオに包まれてるティルラちゃんを見ると、自分の名前が出て来た事に不思議そうな顔をしていた。


「毎日毎日、お見合いの話ばかりされていた私達は、うんざりしてしまいまして……本邸を出てこの屋敷に住む事にしたのです」

「成る程……毎日そんな話ばかりされたら面倒ですよね」

「そうなんです! タクミさん、聞いてください! お父様ったら…………」


 その後、体感30分程クレアさんの父親への愚痴は続いた。

 こういう時の女性って勢いが凄いな……。

 まぁ、今まで愚痴を言える人がいなくて色々溜まってたんだろう、使用人達に愚痴を言うような性格じゃないだろうしな。 

後ろに控えて聞いていたセバスチャンさんやメイドさん達もさすがに苦笑してた。


「…………失礼しました」

「いえ、今まで溜め込んでいたものを吐き出すというのは大事な事ですよ」


 実際、俺は働き始めの頃にストレスで色々と追い詰められていた事もある。

 誰か愚痴を言える相手がいれば良かったんだが、そんな相手もいない。

 最終的にレオに対して愚痴を言う事でストレスを発散していた。

 レオはわかってるのかわかってないのか、いつもきょとんとしてたけど……。


「……ええと、それで……街の人達の反応でしたね」

「はい。皆クレアさんの事を様付けで呼んでいました。それに、衛兵達もクレアさんの名前を聞いてもいないのに知っているようでしたし……」

「そうですね……またお父様の話に戻るのですけど……」


 おや、また愚痴が始まるのかな?

 ……と思ったが違ったようだ。

 クレアさんが話した父親の事はこれだけ立派な屋敷を持っていてもおかしくない事だ。


「リーベルト家は国から公爵という爵位を授かっています。お父様は公爵家の現当主なのです、この別荘のある地域……ラクトスの街も含めて公爵家の領地として治めているのです」

「……公爵という事は貴族……なのですか?」

「そうです。この国の貴族制度では、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵、王家の順に爵位が上がります。順番だけ見れば、王家の次になりますね」


 本当に上流階級の人達だった……。

 日本では馴染みが無いが、中世ヨーロッパの文化で考えると雲の上の存在だ。

 それこそ江戸時代で考えると副将軍のようなものだろう……と思う……違うかな……。

 今まで色々失礼な事をして来たような……無礼打ちとかあるんだろうか……?


「……ええと、その……今まで失礼な事をしていたと思いますが……お許し頂ければ……」

「そんな、タクミさん。私は失礼な事をされた覚えはありません。それにタクミさんには助けられてばかりなのです。先程までと同じように接して下されば良いんです。……それに」

「……それに?」

「タクミさんはいつも丁寧な言葉で私達と話しますけど、きっと慣れていませんよね?」

「そう、ですね」

「ティルラに接してる時が一番自然と感じました。私に対しても同じように接して頂ければと思います」

「…………良いんでしょうか?」


 問いかけはクレアさんやセバスチャンさん、メイドさん達皆に向けてだ。

 セバスチャンさんは苦笑しながら頷いた。


「クレアお嬢様が仰っているのですから構わないでしょう。それに……タクミ様はギフトの持ち主であり、シルバーフェンリルの主でもあります。公爵家としてはむしろ上の人物と見る事となります」

「公爵家より上……なんですか?」


 セバスチャンさんの答えに戸惑う。

 俺がギフトを持っている事は、さっき街で調べて確かな事になったが、ギフトがあってシルバーフェンリル……レオと一緒にいるだけで公爵家より上なんてどういう事なのか……。

 公爵より上って、王家しか無いじゃないか。


「ここからは私が。私も含めてこの屋敷の者がレオ様の事を『様』を付けて呼んでいるのはお分かりだと思います」

「はい。怖がる人もいますが、怖がらない人も含めて皆、様を付けて呼んでますね」

「公爵家が……失礼かもしれませんが、魔物相手に様を付けるというのはおかしいと思いませんか?」

「言われてみれば……確かに公爵という地位のある家柄のクレアさん達が、レオに様を付けて呼ぶのはおかしいかもしれません」

「タクミさんには最初に会った時、シルバーフェンリルの姿を模して王家の紋章になっていると言いましたね」

「確かに言っていました」

「公爵家……リーベルト家の紋章はその王家の紋章に牙と爪を足した物になるのです。……こちらになります」

「これは確かに……牙と爪、ですね」


 クレアさんが取り出したのは、掌サイズのレリーフ。

 そこには、レオが立った姿にそっくりな狼が口を開けて牙を見せ、右の前足を上げて爪を出している姿が彫られていた。

 レリーフは銀で出来ていて、それがおそらくシルバーフェンリルの銀色の毛という事なんだろうと思う。

 


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