第31話 屋敷に帰り着きました



「お嬢様、タクミ様、屋敷に到着しました」


 セバスチャンさんの言葉と共に馬車が屋敷の門を通過。

 そのまま少し進んで玄関前に着いたところで停止する。


「すっかり遅くなってしまいましたね」

「そうですね。ティルラちゃんが待ちくたびれてないと良いんですが……」


 屋敷に馬車が着く頃には完全に日が落ち、夜になっていた。

 チラリとさっき買った懐中時計を見てみると、時刻は10時を指している。

 ……日本だと多分、8時か9時くらいかな。


「お帰りなさいませ、クレアお嬢様、タクミ様」

「はい、帰りました」

「……出迎えありがとうございます。只今帰りました」


 屋敷の中に入ると、玄関ホールには昨日俺がこの屋敷に来た時と同じくらいの数の使用人達が揃って出迎えてくれた。

 見送りの時もそうだったけど、こうやって使用人の人達に出迎えられるってちょっと恥ずかしいような気もする。

 今までレオ以外に見送ってもらったり、出迎えられたりというのはほとんど無かったからなぁ。


「クレアお嬢様、夕餉の支度が整っております」

「わかったわ。それじゃタクミさん、荷物を置いたら食堂で夕食を取りましょう」

「はい。……あーっと、食堂ってどこにあるんですか?」


 食堂で夕食を食べるらしい。

 今日の昼食までは客間で食事をしていたから、食堂にはまだ行った事が無い。


「では、私が案内させて頂きます。タクミ様、まずはお荷物を」


 ライラさんが進み出て、俺が持っていた荷物の半分を持ってくれた。

 さすがに使用人とは言え、女性に荷物を全部は持たせられないというちっぽけなプライドが働いたので、半分だけ持ってもらう事にした。


「ライラ、頼んだわ」

「お任せを」


 ライラさんは荷物を持ったままクレアさんに礼をし、俺を伴って昨日から使っている部屋へと向かう。


「ふぅ……」

「ワフ」


 部屋に戻って荷物を置いたと同時に溜め息が出てしまった。

 なんだかんだとまだ慣れない世界で、初めて行く街……少し疲れて来ているようだ。

 とは言え、月単位で休みが無く働き詰めだった前の世界と比べたらこの程度疲れた内には入らないか……。

 ライラさんに持ってもらっていた荷物も全部部屋へ置き、整理は後て食堂へ向かおうとして止まった。

 その前に、レオを褒めておかなきゃな。


「レオ、おいで」

「ワウ?」

「偉かったな、街の人達におとなしく撫でられてたな。おかげでレオが恐くないって事を、皆がわかってくれたぞ?」

「ワフワフ」


 レオを呼んで、俺に近づけた頭を撫でながらしっかり褒める。

 良い事をしたらちゃんと褒めてやらないとな。


「それに、変な奴らに絡まれた時も助かったぞ、ありがとうな」

「ワウ!」


 レオの様子からは「あんなの余裕だ!」と言ってるような雰囲気が感じられる。

 確かにレオからすれば余裕だろう、むしろ絡んできた相手がかわいそうに思える程だ。

 今回は剣を砕いただけだったが、もしレオが本気で相手にしたら爪で切り裂くくらい簡単な事だったはずだ。

 魔物ならまだしも、あまり人を相手にはして欲しくないけどな。


「ワフワフ」

「ははは、レオがいてくれるおかげで知らない場所でも心強いよ」

「ワフー」


 じゃれるように顔を寄せて来たレオの頬に俺の頬をくっつけながら、レオに感謝する。

 ほんと、ギフトがどうの魔力がどうのってのはあるけど、レオがいてくれるだけで心強いし寂しくない。

 レオに感謝しきりだ。


「……タクミ様、そろそろ……」

「あ、はい。……すみません」

「……いえ」


 レオを褒めて感謝を伝えるために撫でていたら、ライラさんに声を掛けられた。

 ……部屋に戻って来たからと安心しすぎて、ライラさんがいるのを忘れてた……今のレオとのやり取りを全部見られてたのはさすがに恥ずかしいな。

 俺は顔が少し熱くなるのを自覚しながら、レオと一緒にライラさんに案内されて食堂へ向かった。

 ライラさん……チラチラとレオを見ながら手がワキワキしてたけど……もしかしてレオを撫でたいのかな?

 そういえば、最初からライラさんはレオの事を怖がらずにかわいいって言ってたっけ。

 時間があれば後でレオを撫でさせてあげよう。

 レオも牛乳やソーセージを出してくれたライラさんには、他の使用人達より懐いてるみたいだし。



 食堂に着いて中に入ると、大きく長いテーブルのある部屋だった。

 多分、20人くらい座れるんじゃないかな?

 そのテーブルの端、上座に座っているのはクレアさん。

 その横にはティルラちゃんが座ってる。

 セバスチャンさんはいつものように後ろに控えてる。

 そういえば使用人さん達っていつ食事をしてるんだろう……?


「タクミさん」

「お待たせしました、クレアさん。ティルラちゃん、遅くなってごめんね」

「タクミさん、お帰りなさい! レオ様もお帰りなさい!」

「ワウ」


 ティルラちゃんは俺……というよりレオを見て目を輝かせながら挨拶をする。

 レオの事が本当に気に入ったんだなぁ。

 今にも席を立ってレオに飛びつこうとするのを、横でクレアさんが服の端をつまんで止めてるのがチラッと見えた。

 さて、俺も座ろうと思うけど……これ、何処に座れば良いんだろう……?


「えぇと……どこに座れば良いですか?」


 マナーも知らない人と思われたくはないが、間違った事をして恥をかくのはもっと嫌だ。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、だな。


「こちらへどうぞ」

「はい」

「ワフ」


 テーブルを入り口から見て、右奥の2席にクレアさんとティルラちゃんが並んで座っている。

 ライラさんに促されたのは、左奥の席だ。

 俺の右隣りは椅子が無く、レオがテーブルにつけるスペースになっていた。

 配慮、ありがとうございます、心の中で使用人さん達にお礼を言っておく。


「本来タクミさんはティルラの隣に座るのがマナーなのですが、あまり格式ばった事はしたくないので、タクミさんは私達の向かいにしてもらいました。この方が顔を見て話しやすいですからね」

「ははは、そうですね。俺はマナーとかよく知らないので助かります。もし何か間違った事があれば、教えてもらえると嬉しいですね」

「はい、その時はお任せください」

「私も教えます!」

「ティルラはまずちゃんとマナーを覚えないとね」

「……頑張ります」

「ワウワウ」

「ははは。ティルラちゃん、俺も頑張って覚えるから、ティルラちゃんも頑張ろう。レオも頑張れって言ってるみたいだよ」

「はい! 頑張ります!」

「ワフ」



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