第10話 ようやくここが異世界だと認める事にしました



「あ、そうだライラさん」

「はい、何でございましょう?」

「庭かどこかに広い場所はありますか? 後でいいので、レオを遊ばせてやりたいんです」

「そうですね……。それなら屋敷の裏に広い場所がございます。そこでならレオ様も存分に遊べるでしょう。後でご案内しますね」

「よろしくお願いします。良かったなレオ、遊べる場所があるみたいだぞ」

「ワフ! ワフワフ!」


 嬉しそうに尻尾を振るレオ。

 あー、もう少しゆっくり尻尾を振ってくれレオ。

 大きい尻尾を振りまわすもんだから、ゲルダさんのスカートが捲れそうで恥ずかしそうだ。

 一応、俺は見ないように目をそらしておいた。

 その時、ライラさん達がお茶を持って来た時のように、客間の扉がノックされた。

 ライラさんが扉まで行って開くと、クレアさんとセバスチャンさんが入って来た。


「お待たせしてすみません、タクミさん」

「クレアさん。おいしいお茶を頂いてますので気にしなくて良いですよ」

「それなら良かったです」


 クレアさんは朗らかに答えながら、俺の向かいに座った。

 すぐにセバスチャンさんがカップを用意し、そこにライラさんがお茶を淹れた。


「クレアさん、妹さんの様子はどうでしたか?」

「はい。セバスチャンが先程言った通り、私が森へと向かった時から変わっていませんでした。ですが、タクミ様が見つけて下さったラモギを薬にする用意をしているので、それが出来たらすぐにでも良くなると思います」

「そうですか。早く良くなると良いですね」

「はい。それもこれも、全てタクミさんのおかげです」

「そんな、俺はほとんど何もしてませんって。それに、もう色々お礼を言われ過ぎてるので気にしないで下さい」

「……そうですか。わかりました。お礼を言うのはこれで終わりにしましょう」

「はい、お願いします」


 クレアさんを始め、セバスチャンさんからも何度かお礼を言われた。

 大した事をしたとは思って無いのに、お礼を言われ続けるのもちょっとな。


「それで、ですがタクミさん」

「はい、何でしょう?」

「もし差支えが無ければなのですが、タクミさんの出自等をお聞かせ頂けないでしょうか?」

「出自……ですか」

「はい。タクミさんが悪い人ではない事はわかっています。私を助けてくれたうえ、ラモギも見つけて下さった恩人でもあります。ですがタクミさんは従魔の事、シルバーフェンリルの事、さらに魔物の事もご存じありませんでした」

「……そうですね」

「この国に住む者なら誰でも魔物やシルバーフェンリルの事は知っているはずなのです。ですがそれを知らないタクミさんはこの国の人ではないのでは無いかと考えています」

「はい」


 まあ、色々と知らない事が多いからな。

 怪しむのも無理は無いと思う。

 ここが本当に異世界なら、知らないのが当たり前なんだけどね。


「すみません、タクミさん。言えない事なら言わなくてもいいのです。何にせよ私を助けてくれた事は事実です。私はタクミさんを歓迎します」

「言わなくても良いんですか?」

「はい。言えない事情というのも人にはあるでしょう。それにタクミさんから私が聞きたい理由は好奇心からですからね。無理に聞き出すものでもありません」

「好奇心、ですか?」

「ええ。タクミさんはあの森に気付いたらいたと言ってました。普通に考えて、そんな事は起こり得ません。ですが、従魔とすることが不可能とされているシルバーフェンリルと一緒にいて、実際に仲良くしています。それともう一つ……タクミさんのお召し物を私は見た事がありません」

「あぁ、これですか」


 そう言って俺は自分の服を改めて見た。

 仕事から帰って着替える余裕も無くそのまま寝たから着ている物は、ワイシャツにスラックスだ。

 上着のスーツだけは帰って弁当を食べ始める前に脱いだから着ていない。


「こちらに来る前にセバスチャンにも確認しましたが、やはり見た事のない物だとの事です」

「はい。私共の方でも、タクミ様のお召し物は目にした事がございません」

「そうですか」


 ワイシャツやスラックスを見た事が無いって……やっぱ日本じゃないよな。

 それどころか地球にある国の中でわりと裕福な人達が、これらを見た事が無いなんて言う事があるんだろうか。

 頭の中でやっぱりという思いと、まさかという思いがせめぎ合ってる。

 ここに至ってはやっぱりという思いがかなり優勢だ。


「私達が見た事の無いお召し物をされ、従えるはずが無いと言われるシルバーフェンリルと一緒にいる。そんなタクミさんは一体どういう方なのか、というのが私の好奇心で興味なんです」

「はぁ」


 最後に少しだけ笑って見せたクレアさんは凄く魅力的に見えた。

 こんな魅力的な人に興味があるって言われたら、そこらへんの男は全員イチコロだと思う。

 まぁ、隠すものでもないと思うし、とりあえず俺の事を話してみよう……信じてもらえるかはわからないが……。

 クレアさんは信用出来そうな人だから、事情を話しても変な風に思われない……と思う。

 俺はここが異世界であると主張する頭の中にある考えを無視する事を止めて、ここに来て初めて肯定する事にした。


「そうですね……ですが俺の話をして信じてもらえるかどうか……」

「シルバーフェンリルがおとなしく従っているのを見ているんですもの、どんな突拍子もない事でも信じられます」

「そうですか。では話してみる事にします」

「ありがとうございます、タクミさん」

「まず、クレアさんには言いましたが、俺は寝ていて起きたらあの森にいました」

「確かにそう言っていましたね。寝ている間にあの森に移動とは……何があったのでしょう?」

「……誘拐……? ……いえ、レオ様がいるのにそんな事はされませんね。……失礼しました、お話を続けて下さい」


 セバスチャンさんは誘拐かと考えたようだが、そもそも俺を誘拐して得になる事なんか無いと思う。

 身代金なんて物は用意できないだろうし、ただ仕事に疲れた男を攫って何になるというのか。

 レオは本来マルチーズの小型犬だから、本気で攫おうと思えば力で簡単に抑えられるはずだけどな。

 まぁ、誘拐って事はないだろう。

 じゃ何で森に? と言われたら理由はわからないんだけど……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る