第7話 クレアさんは豪華な屋敷に住んでいました



「……クレアさん、道案内をお願いします」

「わかりました。フフ、レオ様は可愛いですね」

「はは、ちょっと抜けてるとこがある可愛い奴なんですよ」

「ワウ! ワウ!」

 

 照れてるのか恥ずかしいのか、レオが抗議の声を上げていたが俺とクレアさんはそれも微笑ましく見ていた。

 その後、クレアさんの案内のもと、森の中をレオが駆け抜け10分足らずで森から出る事が出来た。

 最初っからレオに真っ直ぐ突っ走ってもらえば簡単に森を出れたのかもしれないな……。

 まあその場合はクレアさんを助ける事が出来なかったわけだから、あまり考えないようにしよう。

 そもそも、木の間を縫うように走ってるのに高速道路を走る車くらい速いとか、意味が分からないと思考を停止させた。


「そこを右に曲がって、少し行った所にある道をそのまま進んで下さい」

「ワフ」


 クレアさんの指示で、レオが方向転換をしながら走り続ける。

 俺はさっきからずっと喋っていない。

 何故喋らないのかって?

 レオが早過ぎるから喋れないんじゃないぞ。

 理由はレオの背中から見える景色。

 森を抜ける時から見え始めた景色を見たからだ。

 俺達がいた森以外、見渡す限り何も無い。

 遠くに木が見えたりはするけど、ほとんど荒野のようになってる。

 レオが走ってるのは砂を敷き詰めた道に見えるところだけど、こんな所日本にあったか?

 最近じゃ多少の田舎でも道路はちゃんとアスファルトで舗装されてるはずだ。

 砂を敷き詰めた道なんて、小さい頃遠足で山を登った時以来だ。


「……本当にここは何なんだ?」


 レオやクレアさんに聞こえない程度の声で呟く。

 見渡す限りほとんど何もないってどういう事?

 あっちの方角は地平線っぽいのが見えるし……。

 ……やっぱりここって日本じゃないんだろうか……。

 頭の片隅から何度も無視をして来たラノベの設定が踊り出て来た。

 これがもし夢じゃないのなら、もしかして……もしかしてここって……異世界……なのか?

 寝て起きたら異世界でしたなんて……一体誰が信じてくれるんだろうか……。

 しかも一緒に暮らしてたレオもだなんて……。

 ここに来て半日以上は経ったはずだが、目が覚める気配は無い。

 夢じゃないのかもしれない……そんな想像も出て来る。

 えっと………夢じゃなくこれが本当に現実だとして……確かラノベとかでよく言われてたのは……何だっけ……異世界……異世界転移……だったっけ?

 それを俺がやっちゃったって事なの?

 じゃあチートとか言うのはあるの? もしかしてレオ?

 ははは、もうどうにでもなれー。

 訳が分からなくなって思考を放棄。

 あれだな、考えたら負けってやつ……よく同僚が言ってた。


「レオ様、もうすぐです。あそこに見える家までお願いします」


 俺の後ろからクレアさんの声が聞こえて考える事を止めて前を見た。

 レオが向かってる先、俺達がこれから辿り着く方向に建物が見えた。

 あー、人工物を見ると少し安心するな、今まで木とか川とか雑草とか、自然物ばかりだったから。

 それにしてもあの建物結構小さいな……ん、あれ? どんどん大きく……。

 近づくにつれて、見えていた建物が大きく見えて来た。

 遠目だから小さく見えてただけなのか……。


「……豪邸ってやつ?」

「あれは別荘なので、あまり豪華じゃありませんよ」


 後ろからクレアさんが訂正するけど、俺から見たら十分豪華な建物に見える。

 やっぱりクレアさんはどこぞの令嬢だったのか。

 少しだけ、あの礼が綺麗だった理由がわかった。

 しかも今見えてる豪邸は別荘との事……お金ってある所にはあるんだな。

 この間もレオはその建物を目指して疾走中。

 段々と大きい建物だけじゃなく、レンガで作られた赤茶色の壁も見えて来た。

 塀にしては随分と高い位置まであるな……。


「レオ様、あの門の前で止まって下さい」

「ワウ」


 立派な門が見えて来た。

 門の前に重そうな鎧を着て槍を持った人が4人いるけど……大丈夫かな?

 レオがその門に向かって来てる事を理解した門の前の人達が俺達に槍を向ける。

 その槍を気にすることなくレオは門の前まで行って止まった。

 槍を持った人達は門を守るように横に並んでる。


「槍を下げなさい。私ですよ」

「……ク、クレアお嬢様! ご無事でしたか!」


 クレアさんが声を掛けると、4人のうち一人が驚き声を上げた。


「クレアお嬢様……この魔物は……」

「大事なお客様です、丁重に持て成しなさい」

「はっ!」


 4人が一斉に槍を降ろし、門を開ける。

 そのまま門を通るのかなと思ったが、後ろに乗っていたクレアさんがレオから降りたので、俺も一緒に降りた。

 ……クレアさんが後ろに乗ってた時の感触は幸せの感触だったなぁ。

 こらレオ、ジト目をするんじゃない。


「タクミさん、行きましょう」

「……はぁ」

「ワフ」


 クレアさんに促されて俺達は門を通る。

 槍を持って直立不動な4人が左右に2人ずついて少し気圧されながらだけどな。

 門を通ると大きな屋敷へ続く石畳があり、その周りには手入れされた草花が綺麗に整えられていて、まさに庭園といった風情だ。

 石畳を中程まで歩いた所で、屋敷の入り口が開いて中から髪が完全に白髪となってる初老の男性が飛び出して来た。

 ……何事?


「クレアお嬢様! よくぞご無事で戻られました! このセバスチャン、お嬢様の身に何かあったら旦那様に何と言おうかと! お怪我は御座いませんか?」

「セバスチャン、ご苦労様。心配をかけたようね。私は無事よ……この通り怪我はしてないわ。ここにいるタクミさんに助けられたの」

「おぉ、お嬢様を助けられたとの事。誠にありがとうございます。私、リーベルト家執事のセバスチャンでございます。旦那様に代わり、お礼申し上げます」

「いえ、たまたま通りがかっただけなので……」


 セバスチャンさんは丁寧に腰を折ってお辞儀をしながらお礼を言ってるけど、そんな大層な事はした気はしてない。

 ほとんどレオがやった事だしな。

 というかセバスチャンて……執事になるべくしてなったような名前なんだ。

 たまたまかもしれないけど……。


「それでセバスチャン、ティルラは?」

「……お嬢様が屋敷を飛び出した時と変わらず、熱が高く床に臥せっております」

「そう。やっぱり薬が必要ね」

「ですが、現在近くの街にも当屋敷にも、ティルラお嬢様の病に効く薬はございません」

「だから私が森に行ったのよ。オークに襲われて危ない所だったけどね。タクミさんに助けられて良かったわ」



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