第6話 束の間の日常
「疲れた~」
学生寮に戻った僕は、そのまま自室のベットへ倒れ込んだ。
シュット学園は6才から15才までの全寮制だ。
あの後、勝利の余韻に浸る間もなく、ボロボロで疲労が蓄積された体のまま、残りの授業を受けていた。
背後から、オントの視線がチクチクと感じられて酷く居心地の悪い状態だった。それも疲労困憊に一役買っているのかもしれない。
「寝る前に服くらい着換えろよな」
そう言ったのは、
エシュック・ケンシ。
ケンシは『剣を扱う者』という意味だ。
彼の両親は、一流の剣士になってもらいたいと気持ちを込めてつけた名前らしいが……彼は、それに反発するように魔法に没頭している。
青い髪が特徴的だけど、もちろん地毛ではない。
僕は、白髪でもないのに髪を染めている人間を彼以外に見た事はない。
なんでも、幼い頃に助けられた命の恩人が青髪だったとか……
僕は疲労感に包まれ、ふらふらする体を起こす。
思い返せば、オントに勝てたのは彼のおかげもある。
ここ、しばらく、彼に取っても得意じゃない鎖術の練習に付き合ってくれたのだ。
僕は感謝の言葉を伝える。
「ありがとうな。おかげで勝てたよ。見ての通りにボロボロだけどな」
ケンシは、一瞬、驚きの表情を見せたかと思うと、すぐに顔を背けた。
それでも頬に赤みがさしているのは分かった。
ケンシは、なんというか…… こういう良い奴なんだ。
「まぁ、そりゃどうも……けど」
「……けど?」
「俺よりも先に礼を言うべき人物がいるんじゃねぇの?色男さんよ」
「……」
彼は良い奴なんだ。
ただ、他人から良い人と思われたくないらしく、こういう悪ぶった態度を演出する。
……うん。
ケンシはベットの奥に手を突っ込み、奥に隠してあった鎖を取り出す。
僕のと合わせて2つの鎖。 訓練用の鎖だ。
それを手にして僕へ渡す。
「ほら、行って来いよ。女子寮の入館許可が可能な時間まで、あと2時間くらいしかねぇぞ?」
「何も今日、行かなくても……」
「いやいや、こういうのは当日に報告する事が重要なんだよ。一刻も早く、伝えに参りました……ってな!」
渋る僕をケンシは笑い飛ばした。仕方なく、ケンシから鎖を受け取る。
受け取ってから気がついた事がある。
「あれ?なんか綺麗になってないか?」
毎日の練習で泥がこびりついていたはずが……今は銀色の輝き。部屋の光が反射している。
「あぁ、掃除はしておいてやったぞ。錆止めにオイルもさしてある。借りた時よりも綺麗に……普通の事だろ?」
いや、普通の事ではないと思う。
本当に気がつく、良い奴なんだよ……
「入室は許可します。ただし入室が認められるのは、後1時間49分です。この時間を超えると罰則を受ける事になるので、注意するように」
僕は、できるだけ素直な印象になるように、爽やかさを意識しながら「はい」と返事を返した。
女子寮受付の寮長さんは、メガネを光らせると無言で頷いた。
噂だと……
あの寮長さん、元々は殺しを生業にしてる暗殺者だったらしい。
探索者を育成する、この学園を崩壊させるために他国から送り込まれた結果、なんだかんだで落ち着いたらしい。
無茶苦茶な話だけれども、学園の噂話なんてこんなもんだ。
ただ、貴族も平民も、探索者になるべき教育を平等に受けれる場所であると同時に、世間から隔離されている特殊な場所でもある。
剣呑な噂話は100を超え、そのうちの1割くらいは実際の話じゃないかと言われている。
「さて……」と僕はため息交じりの独り言を呟く。
気が重い。当たり前だけれども女子寮は、ほとんど女性だ。
女の子と、すれ違うたびに視線が感じられる。 なんだか、観察されているような感覚だ。
「けど、気が重い理由はそれだけじゃないんだよなぁ」
目的の部屋に到着した。
コンコンと軽めのノック。 できれば留守であってほしい。そんな望みは――――
「は~い」と明るい声で断たれた。
ドアが開いて出て来たのは、クラスメイトの少女だった。
誰に対しても天真爛漫な笑顔を振りまく彼女――――ラン・サヲリだ。
「あれれ?誰かと思ったらサクラくんじゃない!凄かったね!今日の模擬戦!」
「あぁ、えっと……ありがとう」
「ありがとう?お礼を言うのはこっちの方だよ。凄い戦闘を見れて眼福眼福ってやつだね!」
「う、うん……」
彼女は終始、こんな感じだ。常にテンションが高めで、話を始めれば止まらない系女子。
けれども、僕が合いに来たのは彼女ではない。 僕の用事は、彼女の同居人ルームメイトにある。
「それからね!それから……」
「いや、ちょっと待って!」
彼女の話を強引に止めた。こうしなければ、いつまでたっても本題にたどり着けそうになかったからだ。
「ん?ん?あーそうか!サヲリさん、勘付いちゃったよ!用事があるのは姫の方だね!ちょっと待っててよ!すぐ呼んでくるね!」
僕の返事を聞く間もなく、バン!と勢いよくドアが閉められた。
次にドアが開くと、小さな少女が立っていた。
小さな少女――――彼女に僕は会いに来たのだ。
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