第25話
しかしよく見ればこの子供いい服を着ている。愛されているのかはたまた見栄か知らんが小綺麗かつセンスがいい。あの狂人が目を付けるのも分からんでもない。
「ともかくありがとうございます。助かりました」
「あぁ……」
ようやくまともに口を聞いたか。しかしちゃんと謝辞を述べれるとは感心ではないか。第一声は戯れという事にしてやろう。
「しかしお見事な立ち回りでした。感服です」
「……」
「それにしてもあの女性、どうして狂ってしまったのか……」
「……」
「最近、あぁいう人増えてるみたいですね。時代ですかね。かわいそう」
「……」
「やはり夜の繁華街は危険ですね。貴方がいなかったと思うとゾッとします。最初は疑ってしまって申し訳ありませんでした。ただ、初対面の方を信用しろというのは難しいもので……その点、ご容赦いただきたく……」
「いや、まぁ、うん……」
異様に大人びている。
というより妙に擦れていて怖い。なんだこいつ。あのキグルに見せていた年相応の下心も演技ではないかと思えるぐらいにこなれているではないか。話しが通じるのは確かに楽だがもう少し子供然としていてほしい。それとも最近はみんなこうなのか。もしそうなのであれば薄寒い。いかん。こんな子供と話していると気が狂いそうになる。早く離れたい。離れよう。離れねば。
「ともかく無事でよかった。これに懲りたら早く帰れ。何があるか分からん」
帰りたいのは俺の方なのだが一度見守ると宣言した手前そうもいかず子供に帰宅を促す。さっさと帰れ。お前にも家族がいるだろう。
「あ、大丈夫です。もうお兄さんを信頼してますから」
「あ、そう……」
クソめ。なんと都合のよい事か。
「それに……」
「それに?」
含みのこもった言葉を聞き返す。が、その答えは子供の口から出る前に分かった。待ち人が来たのだ。
「エミリオ!」
こちらに向かって発せられる声。それは毎日、嫌でも聞かなければならない人間のものであった。あの気風のいい女。アロマである。
「お母さん」
嬉々として抱きつく子供とそれを包むアロマ。これはもう親子確定である。しかしエミリオというのは少し輝き過ぎなネーミングではなかろうか。いったいどういう字を書いて読ませているのか疑問だ。
「どうしたの。オババはいる?」
「ううん。一人で来た。お婆さんには適当言って丸め込んできたよ」
言い方が悪いな。素直なのかひん曲がっているのか判断しかねる。
「危ないじゃん。ちゃんとオババの家で待ってなさいよ」
「ごめん。お母さんに会いたくなっちゃって……」
この辺りは胡散臭い。子供が照れもせず母親に会いたいなどと言うだろうか。何か裏がありそうだ。
……裏?
自分でも妙な想像をした。歳半ばの子供が何故ご機嫌とりをする必要があるというのか。保険金? 家庭内のヒエラルキー? それとも親子間でイニシアチブを握る為か?
考えすぎだろ……
かぶりを振り思考を一旦リセットする。ドラマじゃあるまいし、馬鹿な妄想は控えよう。
「でも、この人が一緒にいてくれて安心しました」
話しは進みエミリオが俺の功を報せる。
ありがたいやらありがたくないやら……
「え、あぁ。上尾君。見ててくれたの?」
今更俺に気付いたのか。まぁ、実子がこんなところにいるのだ。他が見えなくなるのもやむなし。
「えぇ、まぁ、はい。そうですね。子供が一人でいたので……」
「ありがとう。最近この辺に変な女が出るっていうし、怖いのよね」
それは恐らくあの女の事だろうが黙っておこう。口は災いの元。エミリオも懲りただろうし、その変な女も捕まっているのだ。無駄な心労をかける事もない。いらぬ事を口走る前に退散してしまうのが吉。今日はこれでお暇と……
「あ、上尾君。これから暇?」
「え、あぁ、まぁ……はい……」
あ、馬鹿。しまった。しくじった。この流れは……
「じゃあ飲みに行こうか。お詫びという事で。私の母親が飲み屋やってるからそこでいいよね。エミリオ、お兄ちゃんとご飯食べたいよね」
「食べたい」
「よし決まり! さ! 行こ行こ!」
やはりこうなってしまった……いいんだが、あまりよくない。手招きのまま後ろについて歩いてしまったが、少し考える素振りでもすればよかった。俺はどうにも性別を隔てた付き合いが苦手だ(
何かアロマ好みの話題を探さねば……
夜の女に受けがよさそうな話題を記憶から辿るも出ては消える水泡の如し。住む世界が違えば認識も異なる。俺の喜は向こうの怒であり俺の哀は向こうの楽となるやもしれん。共通する趣味などもあるとは考え難く(そもそも俺は無趣味だ)、人間的には完全に表裏のような関係であろう。そういえばバイトをしているとそういう人種がやってくる事が多々あったが、聞こえてくる内容は下世話と下衆の極みでありまったく辟易していたのを思い出す。人というのはあぁも
それは御免被りたい。
野卑た肴で杯を酌む場面を想像すると脳が重くなる感じがした。やはり今からでも断ろうかと悩んみ始めた矢先、アロマの足が止まる。
「ついたよ。ここ」
大通りから外れた一画はまさに場末と言うにふさわしい寂れ具合。そこに威風堂々と佇むあばら小屋が一軒。屋号はアンゴルモアと掲げられている。大仰で物騒だ。
「さ、入って」
「あ、はい」
腕を引っ張られ入店すると古い藁椅子と赤茶色をしたカウンターが目に入り、奥には小上がりがひとつふたつ。店名とは正反対の
「いらっしゃい……なんだ。
そして出迎えたるはケバとしたババアもとい熟した女性であった。話の筋を辿ると、彼女がアロマの母親で相違ないだろう。
「まぁね。飲んでくから、ボトル出して」
「自分で出しなよ。私はアテも作らないからね」
「ケチだねぇ……じゃ、ちょっと準備してくるから、座敷で待っててよ」
「はぁ……」
言われるがまま小上がりる。途中「お邪魔します」と挨拶をしたが鼻を鳴らされるだけだった。望まれざる客という事だろうか。気まずいといったらない。
「お婆さん、男の人にはぶっきらぼうなんですよ」
読心したかのようなエミリオのフォローは返って気を揉んだ。子供のくせに飄々と心配りをするな。薄気味悪い。
「お待たせ。焼酎でいい?」
「はい。ありがとうございます」
他に選択肢があるのか知らんが、別に飲めれば何でも良かったので適当に肯定しておいた。酒の他にはチーカマやらカルパスやらが多数。見るからに深酒コースである。
「エミリオはコーラね」
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、乾杯」
「乾杯……」
安い焼酎が注がれたグラスを鳴らし口に酒を運ぶ。薄い芋の甘味とアルコールの刺激に束の間の安息を得るも、いつの間にか席を立っていたエミリオが取り皿と箸。そして筑前煮、ポテトサラダ、タコブツを持ってきた際には、襟を正したくなる思いをした。
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