第13話
再度プレハブ。江見と俺と女で三角形を描くように座る。それはさながら面接の様相。無論計るは俺と江見。人を評する程偉くなった覚えはないが立場的止むを得ぬか。ともかくとしてこの謎の女から話しを聞かねばならない。処分覚悟で江見に暴行を働こうとした手前気は引けるが……
「それで、協力できるとは、具体的にどのような形で?」
単刀直入に問う。無駄話などする必要なし。元より口をきくのが不得意な性分であるが女との会話は特に苦手だ。放っておくとすぐ要点が霞み論点がズレる。全ての女がそうとはいわんが大概はそうだ。断言してもいいが人類の中で女として定義されている9割はまともに議論ができない。あれやこれやと話題が飛躍飛散し糸が絡まるかの如く本筋を難解にしてしまうのである。
なぜこうなるかというと多くの女は結論ありきで話しをするからだ。
例えばAという事情が発生した場合においては、Bの可能性があるからCかDの手段を取りEかFかGいずれかの対処法を適切に選択しなければならないとする。この場合、男はしっかりAから筋道を辿り、CとDを考慮してEFGのいずれが適切であるか判断するのだが、女はまずEという結果を前提としてそこに持っていこうとする。そこで「いやいやEだとDの場合に困るからもっと煮詰めよう」と言っても聞く耳持たず、なんなら憤慨して問題をややこしくするのだ。過程がとっちらかってしまってお話にならなくなる。
故に女と話す際は下手に順序を踏むよりまずは結論から開始した方が合理的なのである。枕も能書きもいらん。一にも二にも女が何がしたいのかを掬うのがスマートな方法である。なので今回もそのようにする。よく考えると鮒さんにも似たような接し方をしていたような気がするが、あまり考えないようにしよう。
「率直ですね」
「無駄話は好かん」
コーヒーを飲みクスと口角を上げる女。スカかしている。随分と余裕があるではないか。いや、あるいは値踏みか? 使える人間かどうかを身形で判断しようというのか。俺と江見を見据えて取るその俯瞰した態度。気に入らん。
「それでは、申し上げましょう。貴方たちが必要としている資金。条件次第で私が提供してもいい」
「本当ですか!?」
食いつき前のめりになる江見を睨み制する。
浮かれおって馬鹿め。そんなうまい話が飛び込んできてたまるか。
「なるほど。それは僥倖。こちらとしては願ってもない申し出」
「そうでしょうね。何せ大学から認可された50万ばかりのお金では何もできないでしょうから」
「そうなんですよ! だからご協力は非常に助か……」
「……っ」
再び舞い上がる江見を咳払いで止める。話しはこれからだ。黙っていろ。
「で、なぜこちらが資金難だというのを知っているんだ? それも大学から出る予算まで把握している。腑に落ちない」
疑問点はそこ。確かに今日までビラ配りやらで人員は募集していたが資金に関しては一昨触れていないはずだ。おまけに具体的な予算額まで知っているの明らかにはおかしい。然るにこの女、予めこちらの情報を握っていたに違いない。つまりは自分に有利な交渉だと分かっていて来たのだ。油断はできない。下手をすれば呑み込まれるかもしれぬ。気を引き締めよう。
「それは学生課の
「あぁ。あのいけ好かないババアか。奴め、いらん事をぺらぺらと。こちらの問いには何一つ答えなかったくせに」
思い出すと腹立たしさが蘇る。あのババア。いつか目に物いわせてくれる。
「まぁ私は仲がいいから色々と教えてもらえるのですが、学祭については特によくお喋りなさっていましたね。間に合うわけないとか、人も足りないとか……」
「大方の話は聞いたという事か」
「えぇ。そうですね」
「なれば余計に気になる。何故、お前は火の車どころの騒ぎではない現状で、かつ学祭の開催そのものさえ頓挫しかねない我々に手を貸すのだ。お前に何の益が産まれる」
要点はそこだ。この女がいったいなぜ金を出すというのか。理由は。出どころは? 全てにおいてミステリアス。怪し気。不気味。信ずるに値しない怪々さ。詳細を知らずに甘受など不可能。用心はするのは当たり前である。
「そうですね。今回お話しさせていただきに参ったのはまさにそこなんです。むしろ、お金を払ってでもやっていただきたい事があるからこうして尋ねて来た言えば分かりやすいですか」
建前なく取り繕いもしないか。その辺りは気に入った。いいだろう。次のステップに移行しようではないか。
「そのやっていただきたい事というのは?」
当然聞かねばならぬ事。何を押し付けられるのか知らずに安請け合いなどできようはずがない。はてさて、果たしてどのような無理難題が出てくるか見ものである。
さぁ言ってみろ女。お前の望みを!
「ボーイです」
「……はぁ?」
なんだそれは。何を言っているんだお前は。
「ですから、ボーイです。ホールスタッフ。ご存知?」
そんな事は分かっている!
「そんな事はわかっている!」
思わず思考が口から出た。いかん。感情的になるな。リラックスリラックス……
「……俺が聞きたいのは何故そんな事をわざわざ頼みに来たのかという事だ。そんなものバイトを雇えばいいではないか。わざわざ協賛金として吐き出すより余程明瞭な明細となろう」
「あらお察しが悪い。そのアルバイトが募ってもこないからこうしてお願いしているって、想像できません?」
こいつ!
衝動的に拳を握ってしまった。いかんいかん。相手は女だ。侮辱されたからといって殴っては恥晒しもいいところ。ここは堪え忍ぶのが吉。感情を圧すのだ。
「……その通りだな。それで、その業種はなんだ? レストランか? バーか? それとも人気のラーメン屋か?」
いずれにしても大した儲けは出まい。せいぜい一人頭2.30万といったところか。それならば労働の時間で他の案を考えた方が生産的だ。徒労に等しいし、何よりこいつの態度が気に食わん。体良く断ってしまおう。
「キャバクラです」
「……はぁ?」
「ですから、キャバクラです。店内で女が男を接客する商売。ご存知?」
こいつまた!
おっと危ない危ない。危うく摑みかかるところだった。おのれ女。角を立てよる。
それよりもだ。よりにもよってキャバクラのボーイとして働けなどと、なんと破廉恥な人間であるか。風紀乱れる不夜城で給仕をしろなどとは大変な侮辱である。
そもそもだ、この大学に属していながらそんな業種に勤める事自体無理がある。それを教えてやらねばならんな。
「悪いがお断りだ。そもそもこの大学の校訓として、淫らな業種においては利用も従事も禁じられている。露見すれば自宅謹慎や停学。いや退学もある。そうなれば学祭どころではない。交換条件としての釣り合いが取れていないな」
幾ら金を積む気だったか知らんがせいぜい数十万といったところだろう。その程度でご破算のリスクなど犯せるか。さぁなんと答える女よ。その氷笑を保ったままいられるか?
「500万」
「は?」
「500万用意しましょう。私が経営するお店で1ヶ月勤め上げたら、丸々全部、差し上げます」
500! 破格! 是が非でも欲しい金額!
「馬鹿な。正気か。1ヶ月で一人頭250万だと? そんな話があってたまるか」
「信じられませんか」
「当然だ」
「でしたら、まずは前金でこれだけお渡しいたしましょう」
「……!」
札束……!
「100万あります。これだけあれば最低限の金額はなんとかなるでしょう。2週間以上お勤めになられたら返却は不用です。こんな美味しい話、他にないのでは?」
……確かにこの女の言う通りである。10万20万をどうやって集めようかと頭を悩ませていたところにいきなり100万。こちらの手持ちと、鮒さん達商店街の店舗から協力が得られればなんとか学祭が開催できそうな金額となる。これだけでも申し分ない。さらに1ヶ月継続で500万。思わず頷きたくなる甘美なるプラン。
しかし……
「……」
虫が良すぎる……
そうだおかしい。普通に考えれば甘すぎる話。本人も公言しているが絶対に裏がある。問題はそれをこの女が包み隠さず全て話すか否か。穿った予見をすればこちらを騙し謀るという可能性も十分にあり得る。ややもすれば、反社会勢力に取り込まれるかもしれない。リスキー。デンジャー。そんな危険を冒してまで、果たして入れ込む必要があるのだろうか。いやない。であれば、やはり……
「いや、やはり……」
「やります!」
そう! 返答はYES! ここで元気な参加表明! さすが江見! ナイスなパッション!
などとなるかボケカス! この表六玉め何を抜かすかと思えば諸手を挙げて大賛成ときた! 能が天気どころかビックバンを起こしているかのような超アグレッシブ! 常人がブレーキを踏むところで加速する狂人具合! やはりあの場で殴っておくべきだった!
「あら。貴方は話しが早くていいですね。助かります」
「あ、はい! 恐縮です!」
駄目だ! このままではトントン拍子だ! 止めねば!
「馬鹿お前! よく考えてものを言え! こんな条件駄目だ駄目だ駄目だ!」
落ち着け江見! これでは詐欺に引っかかるお人好しと変わらんぞ!
「いやいや一遇ですよ千載の! 乗るしかないですこのビッグウェーブに!」
は〜〜〜〜こいつ!
こいつは〜〜〜〜!
なるほどなるほどこいつは〜〜〜〜!
言語が溶ける!
信じられん馬鹿に当てられて考える力が失せてきた! このままではまずい!
「うるさい! 駄目だといったら駄目だ! 信用できん!」
こうなったや理屈もクソもない! ごり押しで拒否してやる!
「なら、他に探しますか? ノーリスクハイリターンな儲け話を。ま、ないでしょうけどね」
あ、この女! またいらん事を!
「そうですよ上尾さん。だいたいこのままじゃ学祭開けないんですから、多少無茶をしてでも稼いだ方が現実的だと思います」
江見め感化されおった! しかも一応の通りがあるものだから憎たらしい!
「上尾さん! やりましょうよ! こんなチャンスないですって! 上尾さん! 勇気を出しましょう!」
「煮え切らない男は底辺ですよ」
ぐぅ……侮られている……っ! あ、いかんこれは……
「卿はそれでいいのか?」
あーやっぱりそうなりますよね!
クソ! 向こう見ずと勇気は違うというのに!
だが心のカイザーが言うのであれば仕方ない。やらねばならぬ……張らねばならぬ……っ!
「分かった! やってやろう! 任せておけ!」
「ヒューウさすが上尾さん! 信じてました!」
上尾に手を握られ上下に振られる。あぁ言ってしまったと後悔するも先に立たず。まったく難儀な人生だと俺は神を恨まざるを得ない。
「決まりましたね。では、詳しくお話しさせていただきます……」
涼し気な笑みを浮かべる女と大はしゃぎの笑みを見る。不満しかない。あぁ。どうしてこうなってしまうのかと項垂れても仕様なし。世の流れとは、残酷に人を運ぶものである。
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