第10話

 やや早い時間であった為かファミレスはわりと空いており厨房で皿の重なる音すら聞こえる。店にとっては困った事態だろうがこちらとしては助かる。静かなのはいい事だ。騒音の中では味も濁る。


「好きなものを頼むといい。奢ってやろう」


 ここぞとばかりに先輩面をする。しかし慣れんな。少し傲慢な風だったろうか。目上の作法が不心得なものだから正答が見つからん。


「え、いや、悪いですよ」


 遠慮か。まぁするだろうな。さて、どう返そうか……


 ……


 ……よし。


「気にするな。だいたい歳下に大きな顔ができるのは先に産まれた人間の特権なんだから文句を言ったらいかんぞ」


「はぁ……」


 気の抜けた返事だがまぁいいだろう。俺だって食事代を出したくらいで偉そうにしたくないので打っても響かないくらいの方が楽である。それよりも、学祭について話を進めなければならない。


「ところでだ。君は学祭で……あ、注文ですか? はい。ハンバーグと……あぁ、ドリアでいいのか? 分かった。では、このミートドリアを。はい。以上で」


 話している途中でオーダーを聞きにくるな。まったく気の利かないウェイターだ。


「学祭で、なんですか?」


「君は学祭で何がしたいんだ?」


 頼んだハンバーグ(チキンステーキもカルボナーラハンバーグの魅力には敵わなかった)が来る前に聞いておくべき事は、孤軍奮闘するこの江見が、果たして学祭で何を成したいのかでかる。協力する以上はそれを知らねばならない。さぁ語れ江見。お前の夢見る学祭の形を!


「そうですね。楽しい感じがいいかなと」


「……ん?」


「みんなが盛り上がれて、良かったと思ってくれるような学祭にしたいです」


「すまん。そうではなく……」


 駄目だこいつ。趣旨を理解していない。

 あまり丁寧すぎるのも失礼だと思ったが、どうやら一から十まで言わねばならぬようだ。


「……具体的にどうしたいかを聞いているんだ。芸人や歌手を呼んだりとか、地元のB級グルメを広めたいとか、何かしらコンテストをしたいとかあるだろう」


「あ、そういうのいいですね! それ全部やりましょう!」


「……いや、自分でやりたいと思い事は? 今日まで君は、学祭で何をしようと考えていたんだ?」


「……色々、ですかね……」


「……」


 ははーんさてはこいつ何も考えてなかったな?

 馬鹿か!企画書どころか展望もないとかどれだけ見切り発車なんだ! 頭がハッピー過ぎる! 


 いかん。一旦冷静になろう。テンションリラックス。感情的になったら負けだ……OK完了。話しを進めよう。


「……ま、いいだろう……仮にそれら全部を実行するとなると人も期間も圧倒的に不足しているわけだが、何か対策は思いつくか?」


「地道な勧誘活動と作業……」


「話にならんな……いいだろう。分かりやすく言ってやる。大規模かつ華やかな学祭など不可能だ。資金も人間も時間も何もかもが足りない。本当に実行する気があるのであればテーマを絞る必要がある」


「テーマですか……」


「そう。馬鹿な学生に馬鹿騒ぎさせるのか、大した魅力のないこの街の地域貢献的なイベントにするのか、立場の弱い文化部のおざなりな発表会をメインに据えるのか。選択肢はそれなりにあるが道は一つだ。早いうちに決めるといい」


「な、なんだか悪意のある提案ですね……」


 しまった。江見の楽観的無計画にイラつき卑屈な精神が出てしまった。いかんいかん。落ち着け俺。


「……失礼した。要は、何をやるにしても制限がかかるから、君がやりたいものを選ぶ必要があるという事だ」


「なるほど……では、商店街人達に協力してもらって屋台や物販などを出してもらうのはどうでしょうか。この辺りは漁業が盛んで鮮魚や魚介類の加工食品が逸品なのですが、どうにも宣伝不足で観光客が集まらないらしいです。ですので、地域活性化を謳えば市も協力してくれるかもしれません。地元のローカルタレントも呼びやすくなると思います。ついでに宿泊施設の紹介もするといえばそっち方面からも援助してもらえるかも……そのうえで、校舎内で各ゼミや文化部が出し物をすれば大学の体裁も一応保たれるかなと……」


「……」


「だ、駄目でしょうか……」


「あ、いや、いいんじゃないか。うん。中々……いや、かなりいい」


「ありがとうございます!」


 急に具体的な話しをするからビックリしてしまった。そうだな。こいつとて子供ではないのだ。考えればしっかりと案は出せる。少し見くびり過ぎていた。


「では、その方向でいこう。商店街なら知り合いがいるから、この後話しをしてみるか」


「はい! 是非!」


「その前に食事だ……あ、ありがとうございます。ハンバーグはこちらに……」


 丁度よく運ばれてきた鉄板の上で音を立てるチーズインハンバーグ。食欲をそそる。特別好物というわけでもないがつい頼んでしまう魔力を秘めているハンバーグ。食べてみるとそうでもないのだがメニューの存在感はピカイチ。実物を前にすれば見たくれだけは垂涎催すご馳走感である。


「あ、ハンバーグにすればよかったなぁ……」


 ミートドリア(一番安いメニュー)を前に江見が呟く。遠慮したのか知らんがこの格差は居た堪れない。やはり注文時に「遠慮するなと」一言添えればよかった。


 ……致し方ない。


 俺はハンバーグの三分の一程を切り分け江見の方へ寄せた。中から流れ出すチーズが黄金に輝きながら焼けていく様は見事という他ない。チェーン店侮りがたし。


「少し食くれてやろう。食べるといい」


「え? あ、いえ、そんな、悪いですよ」


「遠慮するな。実のところ、それほどハンバーグが好きなわけでもないのだ。ただメニューにあると何故か頼んでしまうものでな。よければ消化に協力してほしい」


「あ、分かりますその気持ち。ハンバーグって何故か惹かれますよね」


「分かってくれるか」


「はい。ですけど、本当にいいんですか?」


「かまわん。さぁ、チーズが固くならない内に食べろ」


「それじゃあいただきますね。ありがとうございます!」



 ハンバーグの半身はスプーンに掬われミートドリアの上へ着艦。寂しかった一膳に肉の彩りが施され絢爛豪華とはいわないまでもそこそこの見栄えができた。これで気兼ねなく食事を進める事ができよう。改めてナイフとフォークを手にし、ミンチとなって焼かれた肉塊を切る。



 ……


 よく考えると、随分なお節介だったのではなうか。


 俺はつい先に感じた江見への見直しを思い出した。奴のまともな意見を耳にして自身に痛感した侮りを早くも忘れ江見を子供扱いしてしまったのだ。何がハンバーグだ。俺は江見の尊厳と人格を侮辱したかもしれないのだぞ。これは到底許される事ではない愚弄である。


 謝るべきだろう。江見の魂に謝罪をせねばならない。


「おいしいですねハンバーグ! これだけ美味しいのにお値段据え置きってもう素晴らしいです! チーズとデミグラスの相乗効果で二倍四倍ハッピーになるなるですよ!」


 ……


 頭を下げる必要はなくなった。

 過ぎた憂慮であったな。なんだなんだ江見。お前はやっぱり江見じゃないか。先に小賢しく能書きを垂れるものだから深読みしてしまったではないか。


「そうだろう。ここのハンバーグはそれなりに美味いのだ」


 馬鹿丸出しの台詞をのたまいハンバーグを口に運ぶ。うむ。普通だ。いつも通り、頼んでから卓に並べられるまでが一番輝くハンバーグだ。実際に食してみると大したものでもない味だ。それを偉そうに「くれてやる」だのなんだのと言ってしまったのだから恥ずかしい。まぁ江見が喜んでいるのであれば……


 待てよ? 口では「美味しい」と喜んでいた江見だがそれは社交辞令であり、ひょっとしたら本音は侮蔑と軽蔑にまみれているのではないだろうか。「何がハンバーグだ気色の悪い」と心中で唾棄されているのではないだろうか。だとしたら俺はとんだ道化だ。腹の中で嘲笑される愚鈍な俗人だ。そうでなくとも、俺のお節介に嫌々付き合っているような気がしてならない。考えてもみればそんな場面に遭遇した事がある。夏休みに帰省した祖母の家での話だ。


 あれは小学生の頃。まだ空手を続けていた俺は代謝が良好な為かよく腹を空かせていたのだが、どれだけ空腹でも絶対に口にしないものがあった。西瓜だ。俺は西瓜が嫌いなのだ。あのじゅくじゅくとした食感や青臭い甘さがどうにも受け付けけず、匂いだけで顔が歪む。初めて齧った際、これだけは二度と食すまいと心に決めていた。

 だが、祖母の家の縁側で涼んでいた俺に、祖母はその西瓜を三角に切って差し出したの出る。


「食べや」


 そうにこやかに笑う祖母の真心を無碍にはできなかった。

 年寄りは何故か子供が皆西瓜を好きだと疑わない信仰めいた確信を心に宿している。祖母も俺が西瓜を嫌いなわけがないと決めてわざわざ切って寄越してくれたのだがありがた迷惑以外のなにものでもない。もしかしたら、今江見も同じ事を考えているのかもと思うと、恥ずかしいやら腹が立つやらで、嫌な汗が背を伝うのである。


 つくづく社会に向いてないな……


 昼食を摂るだけでこの気疲れ。人付き合いの下手さが如実に表れている。昼食など誘うべきではなかったか。


「本当に美味しいですね! 上尾さん!」


「あ、そうだな……」


 穿ち過ぎかな……まぁ、どちらでもいいか……たまには、こんなものも悪くないだろう。


 俺はハンバーグを口に詰め込みそれ以上は考えないようにした。どうあっても人の心など読めるはずなし。これ以上は、無益に悩むだけである。

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