佐藤小夜の視点
な、なんなのよ、これは………?
佐藤小夜は驚いていた。驚きながら、自分が破壊してしまったであろう薬局の象の形のモニュメントをどかした。自分は確か、昨日飲み会で泥酔し、吐きながら帰ろうとしていたはずだが。…いや、だから商店街のど真ん中で眠っていたのか。
腕時計の時間を確認する。時刻は10時25分。秒針はあくせく走っている。10時って、もう、とっくの昔に会社ははじまっているじゃないか。マズイぞ。坂倉に怒られる。
小夜は慌てて携帯に坂倉の電話番号を打ち込む。
『あぁ、もしもし?……小夜? どうしたの? 二時間も遅刻だよ?』
電話の向こうに聞き慣れた声。小夜はその声に若干の安堵を覚えながらも、今現在、自分が置かれている現状を説明する。
「昨日、飲み会で酔っちゃったみたいで。なんか、全然知らない商店街にいるんだけど、」
『迷子ってこと?』
「………うん………」
『はぁ……そこ、商店街の名前教えて。何処か支柱にでも書いてあるでしょ』
小夜は指示どおりに支柱を探す。……あった。木ノ木村商店街と書いてある。
「あったよ、坂倉。木ノ木村商店街だって」
電話の向こうの声はやや曇ったように返す。
『……なにそれ? そんな商店街、無いよ?』
…………え?
『検索したけどどこにもない。国土地理院にものってないよ。グーグルマップにも。ほんとに木ノ木村?』
小夜はもう一度見直す。やはり、木ノ木村だ。間違いない。木ノ木村商店街。錆びれた文字に、確かにそう書いてある。
「うん。木ノ木村。なんだろ、でも、本当に木ノ木村なんだ」
坂倉はうーん、と語尾を伸して、数秒沈黙を向かわせた後、私からは言えることは特にはないから、近くにいる人に話を聞いてみてよ。と言った。『今、十二時だし、お店の人くらいはいるでしょ』
呑気な台詞が電波に乗って小夜の耳に飛び込んだ。それに操られるように小夜はそのままあたりを見回す。
「いない。」
『え』
「誰もいないんだ。誰も」
『そんなことないでしょ。ほら、蘇我博士が言っていたじゃない。「人がいないなんてことは、タイムスリップしてもあり得なかった」ってさ』
携帯の奥から諭すように坂倉は話す。そんな研究者いただろうか。…そういえば、研究員の仲間が結局行方不明になったりして、大変な騒ぎになったことがあった。蘇我博士は生まれが田舎であることをイジられた際に、そう発言したらしい。しかし、そうは言われても、見渡す限り人はいないので、同仕様もない。と言うか、今はもう十二時だったのか。道理で腹が減るわけだ。さっきから一定時間ごとに私の腹は悲鳴をあげている。受話器の向こうで坂倉は少し笑った。
『もしかしたら小夜、異世界に飛ばされちゃったのかもよ。あの本みたいに』
あの本…? あぁ、前に坂倉に貸した異世界転生の本のことか。結局は主人公が最強でハーレムというだけのストーリー性の欠片もない駄作だったので押し付けるように坂倉に貸したのだった。と言うより、異世界転生?まさか。私はまだトラックに轢かれてもいないし、召喚もされていない。
「冗談はよしてよ」と空に向かって呟いたが、その時には既に私の電話は通話終了声の声をあげていた。
なんだ、何も、通話中に切ることないじゃないか。と私は静かに愚痴を吐く。それが跳ね返って私の口に入ったみたいに、急に不安になりだした。
ここはどこなんだ?
ここは、日本なのか?
ここは、地球なのか?
………アホくさ。そう心で呟いた。さっさと電車を見つけて帰ろう。南進して行けばいずれ電車には着くだろう。ここがどこであれ、私が生きていることには変わりはないし。
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