死ぬほど怖い試写会
サヨナキドリ
死ぬほど怖い試写会
「ほんっとうにありがとう赤崎!まさか2人分のチケットが当たるなんて!自分の分の落選通知が来たんで、もう諦めてたよ」
「青沼君が喜んでくれて私も嬉しいよ。石黒監督の大ファンだもんね」
石黒監督は、新進気鋭のホラー映画監督だ。登場人物が不条理に死ぬホラーを得意としており、前作は興行収入5億を突破した。今日は、その最新作の試写会だ。
映画の試写会というのは初めてだが、上映開始前に懇親会があるというのは他に例がないのでは無かろうか。ケータリングの食事が並ぶテーブルの周りに集まった、男女合わせて10名が、今回の試写会に招待された全員らしい。あの石黒監督の新作をたった10人で!なんという贅沢だろう。
「みなさま」
歓談が続く会場に、陰気だが不思議と通る声が響き、招待客の目がそちらを向く。アガサ・クリスティの小説に登場した使用人が、そのまま抜け出して来たような男がそこにはいた。もしかすると、彼が着ているのは撮影に使われた衣装なのかも知れない。
「まもなく上映の時間となります。つきましては、皆さまにそれぞれ1人ずつ担当するキャラクターを選んでいただきます」
そう言ってそのスタッフは、大きなフリップを取り出した。そこには、キャラクターの名前、プロフィール、映画のワンシーンを切り取った写真と名前を書くための空欄が並んでいた。
「担当するって、どういうことだろう?」
「ねえねえ、この子たちにしよう!恋人同士だって」
赤崎が指差すキャラクターを見て、私は眉をしかめる。
「ホラー映画でカップルなんて一番の死亡フラグだよ?絶対に序盤で死ぬよ?」
「別にいいでしょ、それでも。お願い青沼君!カップルを担当したいの!これは運命だよ!」
強硬に主張する赤崎に、僕は折れた。もともと赤崎にもらったチケットだ、あまり強くは出られない。ため息をつきながら、カップルの男の方に名前を書いた。その隣に赤崎が嬉しそうに名前を書く。
全員が名前を書き終わると、シアターのドアが開いた。
「それでは皆さま、担当する登場人物の席にお座りください」
見てみると、劇場中央の10脚に登場人物の名前がひとつずつ書かれている。
「やった!特等席じゃん」
カップルの名前は、10脚のちょうど中央に書かれていた。席に着くと、妙なものが目に入った。劇場の椅子の肘掛けから、手錠が生えていたのだ。
「上映終了まで、みなさまの手足を手錠で拘束させていただきます。お手洗いなどあらかじめお済ませください」
スタッフがそうアナウンスする。なるほど、趣向が凝らされている。全員が大丈夫なことを確認したスタッフが、一人ひとり手錠をかけていく。カチッ、カチッ、カチッ、カチ。椅子に座って手錠をされていると、まるで電気椅子にかかる死刑囚の気分だと、そこまで考えたところで背筋に寒気が走った。
「ねえ、青沼君」
「どうした?」
「なんか、怖くなってきちゃった。手、握っててもいい?」
困ったように赤崎が言うので、私は頷いた。手錠をしていても、近づけ合えば手に触れることはできる。赤崎は僕の左手の上に手を覆いかぶせるように手を握った。
「うん、落ち着く」
やがて、照明が消え、ブザーが鳴り、上映が始まる。全体的に暗い画面。深夜の病院の待合室にあの10人が集まっている。そこに、呼び出しのアナウンスが流れる。どこか歪んだその声は、10人の名前を順番に読んでいく。初老の男性がひどく怯えた様子で、錯乱して駆け出す。
「待ってください!」
それを追いかけて、赤崎が担当する彼女が走っていき、廊下の闇に消える。残る8人が遅れて追いかけると、廊下の手前、ベンチの陰にうずくまる男性を見つける。
「おい、お前ずっとそこにいたのか」
「違うんだ!私じゃない、私は悪くない!」
僕が担当する男が廊下に目をやる。カメラが切り替わる。彼女が薄暗い廊下に立って、辺りを見回している。突然カメラが揺れる。近づいていく。それはまるで、ひどくどたどたと走る何者かの視点のようで。
「キャーーー」
悲鳴を聞き、振り返る9人。そのとき、明らかにスピーカーではない位置からドンッという音が聞こえた。
「……赤崎?」
強く握っていた赤崎の手が僕から離れた。薄暗くてよくわからないが、赤崎は力なくうなだれている。
「赤崎、赤崎!!」
周りの迷惑も省みず叫び、呼びかける。赤崎は微動だにしない。
「おい上映を止めろ!何をやってる、救急車を呼べ!人が倒れてるんだぞ!」
僕はスタッフに向かって叫ぶ。劇場内がざわつき始めるが、どうやら僕が映画を現実と混同していると思っているみたいだ。そんなことはどうでもいい、早くしないと赤崎が。
それを他所に映画は進み、8人から詰問された初老男性が、タックルで包囲を抜け出し、誰かの名前を叫びながら今度は病院の外に逃げ出した。8人は追いかけるも、初老男性は通した自動ドアが開かない。カメラが切り替わり、夜道を走る初老男性を追いかける。どたどたと。近づいていく。恐怖が貼りついた顔が大写しになる。
ドンッ。
「うっ」
観客席から、さっきと同じ音と短い呻き声が聞こえた。思わず凍りつく。
「大丈夫ですか……」
遠くから無事を確認するささやきが聞こえて、そして
「死んでる!!客席で人が死んでるぞ!!」
その絶叫で、シアターは地獄と化した。怒号、悲鳴、号泣、命乞い。何もかもをかき消す騒音がシアターに満ちる。2人目の犠牲者が出たらもう狙いは明白だ。劇中で登場人物が死ぬたびに、担当する観客が死ぬ仕掛けがこの椅子には仕掛けられている。石黒、なんていうサイコ野郎だ。絶対に許さない。
地獄は長くは続かなかった。上映開始から1時間半、すでに8人が死亡した。意外にも僕が担当したキャラはまだ生きていた。生き残っているもう一人は、右端の席に座る黄木さん。
「大丈夫、絶対助かる。みんな助かる」
他の観客が次々と倒れゆく中、そう励まし続けていた。そう自分に言い聞かせないと、正気を保てなかったのかもしれない。
担当するキャラは、『ハカセ』と呼ばれる民俗学者だ。仲間たちが遺した手がかりをたどり、この悪霊を除霊するための最後の武器をついに手に入れたのだ。悪霊は、夜、一人になったところしか襲わない。日没の前に、男にこの武器を届けなければ。
「あ」
ハカセは、吸い込まれるようにして通過する特急列車の前に落ちていった。全く悪霊関係なく死んだ。
ドンッ。
「くそっ……」
大丈夫の声が聞こえなくなった。叫ぶ力さえなくなって、僕は小さく吐き捨てる。
夕日に追いかけられながら男が走る。目的地は山奥の廃病院だ。この奥の手術室に隠された死体を持ち帰ることが、悪霊を除霊する最後の手段だ。
男は生き残るだろうか?
走る、たどりつく。蹴破るばかりの勢いで手術室の扉を開けて、中にはいる。けれど、たしかにあったはずの死体がない。そのとき、夕日の最後の残照が消えた。
恐怖と緊張で膝の上に嘔吐する。
カメラが切り替わる。手術室の扉。どたり、どたり。どた、どた、どたどたどたどたどたどた
「来いよ!ぶっ殺してやる!」
男が悲痛に叫ぶ。
スクリーンが真っ白になった。観客席が照らされるほどに。光量が弱っていき、目を手でかばった男の姿が見える。男が辺りを見回すと、廃病院の手術室に、死んだはずの9人全員が集まり、拍手していた。
困惑する男。その前にボロ布を着た悪霊が歩み寄り、こう書かれたプラカードを掲げた。
「ドッキリ大成功」
そのとき、観客席の両端から拍手が上がる。4人分、6人分……さっきまで死体になっていた観客たちが立ち上がり拍手をしていた。そして、赤崎が立ち上がって、ポケットから取り出した鍵で私の手錠を外した。
「石黒監督の、映画と現実の境目を取り払う新たな試みなんだって。驚かせてごめんね?」
そう言って赤崎は僕の手を取って立ち上がらせる。
「……怖かったぁあぁぁぁ」
しゃくりあげるように泣きながら私は赤崎に抱きついた。ホラー映画は大好きだけど、もう当分見たくない。
潮が引くように拍手の音が小さくなり、僕はスクリーンを見た。ハカセが男に向ける拳銃が大写しになっていた。男が視線をこちらに向け、僅かに目を丸くする。
「え?」
ドンッ。
暗転。
喉を熱いものが駆け上がってくる。吹き出した赤が、僕が最期に見た光景だった。
ドサリ。大の男1人が倒れたわりには小さな音だ。シアターは不協和音をふんだんに使ったエンディング曲を除いて静まり返る。シアター内の照明がつき、扉が開いて人が駆け込んでくる。
「監督、これって……」
「何をやっている、救急車を呼べ!」
監督と呼ばれた男がスタッフを叱りつけたことで、シアター内に現実感が戻ってくる。
「青沼君!!!そんな……いやぁぁああああ!!!」
——1人で車を走らせている。先輩の友人の友人が所有しているという、ホームシアター付きの別荘に向かって。今夜は上映会があるのだ。あの石黒監督の未公開作を、映像系の企業に勤める先輩が入手したらしい。試写会で事故が起きて上映中止になったという、曰く付きの最高傑作なんだとか。私も都市伝説としては知っていたけれど、まさか実在するとは。
「先輩!お招きいただきほんっとにありがとうございます!」
湖畔の別荘に着いて、先に到着していた先輩に挨拶する。
「おう!この人にも感謝しろよ。今回のディスクを調達してくれたのはこの人なんだ」
そう言って先輩は、隣にいる女性を手で示す。
「先輩、この人は」
「俺の先輩。先輩の先輩だから、お前にとっては大先輩だな」
「なんですかそれ」
そんなやりとりをする私を、その人は首をかしげるようにしてのぞきこむ。美しい人だと私は思った。
「はじめまして。赤崎っていいます」
死ぬほど怖い試写会 サヨナキドリ @sayonaki
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