生きてる価値あるの 第1話 〜序章〜

生きてる価値あるの。<面接>

 

 10月某日。


 ある一人の男が、SNS上で芸能プロダクション(ホワイトレインボーミュージック)がアイドルグループのマネージャーを募集していることを見つけ、その企業に転職することを決意する。彼は、IT企業の部長(チーフマネージャー)まで昇進し将来的には所属会社の常務という役職まで確約されているのにも関わらず、自ら辞職すし、縁もゆかりもない芸能プロダクションに面接を受ける。

 

 彼は一体なぜ、縁もゆかりもない芸能という世界に足を踏み入れたのか……


――次の方、どうぞ。


「失礼します」


 ドアを開け、中に入ると上座(かみざ)に、20代前半の女性、40代後半の男性、30代後半の男性の3人が左から順に座っている。

 

 テーブルが3脚、それに対峙してポツンと椅子が1脚、とよく見かける配置。


 その男が、テーブルと対峙している椅子の横に立つ。


「どうぞ、お座りください」


――失礼します


 男の真正面にいる40代後半の男性の発声で面接が始まる。


「面接官を担当します、私渋谷と田古島、美山の3人です。 よろしくお願い

 します」


――よろしくお願いします

 

「早速ですが、名前と経歴を簡単に教えてください」


「秋月大和です。貴社を受ける前は、IT企業の部長(チーフマネージャー)として6年間、アプリ開発やインフラ構築に携わってきました」

 

「なるほど……」


「どのような、アプリを開発していたのですか」


「職務経歴書を参照願います」


「えっ。 あっ。 そうですか……」


「それでは、貴社を受けようと思ったきっかけ教えてください」


「SNSで、貴社に所属しているアイドルグループnatul’s(ナチュールズ)のマネージ

 ャーを募集している広告を見つけのがきっかけです。」 

 

「なるほど……」


「採用されたら、やりたいことはありますか」


「natul’s(ナチュールズ)を国民的アイドルに成長させることです」


「わかりました。 ありがとうございました。結果、追って連絡致します」


――失礼します


 ざっくりとした面接を披露した大和。

 

 普通の企業面接なら、即不採用だが、大和が退出した後、職務経歴書を見た3人の面接官は、凄まじい経歴に圧倒される。

 

 凄まじい経歴とは……


 大和は、高校生の時、SNSを通じて、アーティストや商品の批評を誰しもが、気軽に発言できるアプリを自身で開発した。要は、興味がある掲示板に書き込んで、SNS上で会話するようなものだ。某〇〇チャン、〇〇〇ターよりは、遥かに人気度が低いアプリではあるが、書き込む際、手入力しなくても、マイク機能を活用し、声を発することで、投稿者の言いたいことをAIが自動認識し、自動入力してくれる非常に使い勝手が良いアプリである。大学生ではAIという分野に着目し、アプリを開発し続けた。


「秋月大和。 良い人材だ」


「前の会社では、6年働いていたって言っていたが、新卒で、1年も経過しない内に

 部長(チーフマネージャー)クラスまで上り詰めたなんて」


「そうですよね。 この子、相当頭が切れると思いますよ」


 ――よし、採用だ!


 面接が終えた大和は、都内にある行きつけのバーで、カウンターに座り、足を組みながら優雅にカクテルを飲んでいる。


 すると、カウンターに置いていたスマホが鳴る。


 スマホのディスプレイを確認すると、見覚えがない個人携帯の番号(080-XXXXーXXXX)が表示されている。出ないのがセオリーだが、大和の性格上、出ないという選択肢はない。


――もしもし


「もしもし。 ホワイトレインボーミュージックの渋谷と申しますが

 秋月大和くんの携帯でよろしかったかな」


――はい


「突然の電話で申し訳ない。今日、御社の面接を受けて頂きありがとう

 厳正な結果、御社で採用することになったからその連絡なんだけど」


「採用して頂き、ありがとうございます」


「いきなりで申し訳ないけど、今から会えないかな。今後の君のことに

 ついて話し合いたい」


「いいですけど、僕今、都内にあるいきつけのバーにいるんですけど」


「じゃあ、そこで落ち合おう。 今から向かうから待っててね」


 大和行きつけのバーは、事務所から歩いて20分程に立地しており、仕事終わり

のリーマン達が足繫く通う人気店。


 20分ほど歩いた渋谷、看板を見つけるや否や急いでバーの中へ入る。


「お待たせしたね」


「いいえ。 とんでも、ございません」


「ここのバーには、しょっちゅう通っているのかい?」


「はい。週2できてます」


「へえ。 じゃあ、常連客なんだ」


「なにか。頼みますか」


「じゃあ、ジントニックで。 すみません。 ジントニック一つ」


「大和くんの採用祝いということで。 乾杯しよう」


――乾杯!


「そう言えば、大和くんの職務経歴書を見させてもらったよ。面接をしている時は、

 ふわふわした回答で、ただ単にアイドルと繋がりたい目的で面接を受けたのかと

 思ったけど、真っ当な生き方をしてて、逆にこっちが、感動したよ。前の職場で

 は、最年少で部長になるくらいだよ。自信持ちなよ」


「ありがとうございます」


「面接の時でも話したけど、本当にnatul’s(ナチュールズ)のマネージャーに就きた

 いしたの?」


「はい。 マネージャーになりたいから、この会社を受けたのです」


「なんで、そこまでして、アイドルという職業のマネージメントがしたいの?」


「それは、入社してからわかります」


「まあ、いっか。 人それぞれの生き方があるし、問い詰めたところで。ってとこ

 もあるしね。」


「お気遣いありがとうございます」


――いえ。いえ。


「固い話は抜きにして、飲もう、飲もう。 今日は、私の奢りでいいから」


「そんな、さすがに気を遣わせるわけには……」


――いいから!いいから!

 

 ホワイトレインボーミュージックの人事グループ部長の渋谷に気に入られた大和。


 過去の大和の生き方を根ほり葉ほり聞かれ、朝まで過ごすことになる――

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