サンの街出立、アースの街到着

「おとさーん、朝だよー今日は出発の日でしょー」

「ああ、そうだったな」


 あの後、しばらくモロク老人の魔法講義をエルと聞き続け日が暮れた頃に工事現場に戻りスカポンタン達と合流、そのまま家に泊めてもらい、今に至る。

 とりあえず朝飯にするかと降りてみればすでにスカポンタン達は仕事に出ているようで書置きと朝ご飯の袋であろうものが置かれていた。


「おとさんなんて書いてある?」

「近くの店で買って来たサンドイッチをどうぞお食べくださいだと、それとお見送り出来ず申し訳ない、旅の無事を祈ってるとも書いてあるな」

「面白い人たちだったね、スカポンタンのおにーさん達」

「そうか、またそのうち会いに来るとしよう、今度はあいつらの余裕のある頃に」

「うん!」


 そんな感じにスカポンタン達の用意してくれた朝飯を食べ終えながら街を出る準備をして再度出発、アースの街までは徒歩か乗合馬車かこんな事なら快晴号を連れてくればよかったかもしれんな、だが連れてればで、湿地帯は歩きにくかっただろうし列車の運賃も上がってただろうからな、これが正解だと思って進むしかなかろう。


「森ばっかだねー」

「ヤッチャーは自分のいる街の周り以外の開拓は疎かにしてたんだろうな、天野も森には手を焼きそうだ」


 サンの街を出て数日したある日、とうとう乗合馬車を捕まえる事が出来ず歩く事にエルは文句こそ言わないが、森が広がるばかりの道を少々つまらなそうにしていた。

ヤッチャーが開拓に心底興味が無かったのが伺える未開の土地だ、同じように街道を歩いていた他の行商人や観光客に聞いたところ街道だけは天野が突貫工事で敷いたので間違いは無いらしい。後どれだけ進む必要があるかね。


「おとさん、そろそろ森を抜けそうだよ、やっとアースのまちかな?」

「だといいんだがな…………お、あれは」

「おおー! 下に街が見えるよ、あれがアースのまち?」

「かもしれんな、早速行ってみるか」


 とうとう森を抜けた先は小高い丘になっていた、眼下には木の防壁で囲まれた町が一つ、おそらくだがあそこが天野が拠点にしているアースの街だ結構長かったな。

 夏ももうそろ本番だ、半ばには列車のあるエスパドル領なりに入らなきゃ夏の終わりには帰れそうもないぞ。


「ようこそアースの街へ! あ、お久しぶりです守護英雄様」

「ああ、通ってもいいかな?」

「申し訳ございません規則ですので、目的をお聞かせ頂いても?」

「それくらい構わんよ、観光と伯爵殿を尋ねてね」

「…………はい連絡を受けております、どうぞと言いたいのですが伯爵様からは守護英雄様が来たら門で待たせてこちらに連絡するように言われております、今しばらくお待ち頂けますか」

「わかった」


 小高い丘を降りればすぐに街には到着する門兵が出迎えてくれる予想通りアースの街だ、これで間違えてたら恥ずかしい事この上ないな、そして通ろうかと思った矢先止められてしまう、天野の命令みたいだが何がしたいのか。そんな事を考えながら待っていれば再び門兵がやってくる、メイド服の女性を一人連れて。


「お久しぶりです清孝様、サラでございます、お覚えでしょうか?」

「……もしやフレデリック侯爵家でベルベット様の侍女をしていた?」


 よもやこんな所で懐かしい顔を拝むことになるとは思わなかった。

まだこちらに来たばかりの時に任務で天野と言った侯爵の土地で会ったメイド。

フレデリックのご令嬢の専属メイドの筈だったが何故ここに?


「覚えて頂いていたようで光栄でございます」

「ねぇ、おとさんこの人誰? エルはエルだよ! こんにちは」

「おとさんの古い知り合いだ、しかし何故この街に?」


 エルは人懐こい性格故特に臆する事もなくサラに挨拶をして誰かを俺に尋ねてくる

古い知り合いであることを説明し、先も疑問に思った何故ここにいるかを尋ねれば。

なんとベルベット様は天野と結婚してるという話だ、その為ベルベット様の専属メイドのサラも一緒についてきたと。


「詳しい話は天野様からお聞きになるとよいでしょう、ご案内いたします」

「ああ、よろしく頼む」


 門の前で立ち話もなんだろうとサラは俺達を天野のいる家へと案内をしてくれる。

エルはアースの街が気になるのかあたりをしきりに眺める。


「ここは大工さんよりも、色々な者を売ってる人の方が多いんだね」

「左様ですね、ここはサンとソルの街の中間地点、宿場街として機能しております。前の紛争や戦争でも被害は少なかったため復興は容易でそのまま多くの行商の方が出入りするようになりました珍しい品物も見つかるやもしれませんよ」


 エルのなんてことない一言にも律義に返すサラ、それからもエルはあれは何これは何とあっちこっち指差して俺やサラに尋ねる、サラはどれにもきちんと答えてやる。


「全部丁寧に返してやる必要は無いんだぞ、サラ」

「いえ、お嬢様、ああ今は奥様ですね、その人も小さい頃よくこうして尋ねられましたからそれを思い出して懐かしく思います、お二人とも、こちらが旦那様とおj……奥様の邸宅になります」


 昔を懐かしむようにエルの質問に丁寧に返しながら歩けば天野の住むという家の前に到着する、それはヤッチャーの所でみた領主館よりもこじんまりとしていた。

それでも周りの家と比べると庭もありそれなりの広さと言えるだろう。

そんな庭を通りサラの案内のまま邸宅へと入っていく、中も思ったより簡素な造り。


 おおよそ領主の家にしては装飾も美術品も凝った様子が何も無い。

まあ天野の美術の成績は2が常だったし、見目は頓着しない男だからな、そう思うとこの家が良く言えばシンプル、悪く言うと殺風景なのもさもありなんだ。


「旦那様、清孝様とその娘様をお連れしました」

「応、ご苦労だなサラ、って娘? まぁいいや、入ってくれ」

「失礼する、久しぶりだな天野」

「ああ、本当久しぶりだな清孝、再会できて嬉しいよ」


 奥へと案内され着いた一つのドアにサラがノックをして天野に声をかける。

連絡をしていなかったのか、俺に娘がいる事に驚きながらも入るよう促してくる。

サラが扉を開け俺達を天野の部屋へと入れる、そこには白石の力で20代前半まで歳を若返らせたであろう天野が座っていた、変わらない爽やかな笑みを浮かべ俺に手を伸ばしてくるので掴み握手を交わす。


「とりあえず座れよ、それと初めまして君が清孝の娘さんかい? 俺は天野翔、ここアマノ領の領主をしている、畏まらなくていい、好きに呼んでくれ」

「はじめまして、エルですよろしくお願いします」

「で、嫁さんは? 娘がいるって事は結婚もしてるんだよな? 一緒じゃないの?」

「エルは戦争孤児だ、分け合って俺が引き取った、嫁はいない」

「あ……なんかすまん」

「気にするなお前の方は嫁を貰ったそうだな、それもフレデリック伯爵のご令嬢と」

「まぁな……その、清孝俺はお前に謝らないといけないんだ、すまん」

「いきなりどうした?」

「いやそのさ」


 勧められたソファにエルと二人で座ってから。エルも軽く挨拶をかわす。

そしてそれが終われば天野が俺に向き直りそんな風に聞く。

 残念ながら良縁には恵まれておらず早婚早産のこの異世界において30を迎えて嫁はおらん、まぁ今後も俺みたいな奴と付き合うという奴はおらんだろうが。


 そして今度は逆に俺が天野に嫁の話を振れば急に天野は俺に頭を下げてくる。

謝る事があると言うが、それに思い当たる節の無い俺はどうしたと返すほかない。

そう返せば、天野は本来この土地と爵位は俺の物である筈が書類の改竄などの騒動で俺じゃなく天野が受け取る事になった事を詫びたいらしい。


「本来ならこの土地を貰うのもここに座ってるのもお前の筈なのに、ベルと結婚する為の爵位欲しさにお前の事も考えずに……だから……すまん」

「そんな事か気にするな」


 俺にとって爵位も地位も欲しい物じゃないしな、貰った所で手に余る。こういうのは分かる奴や欲しい奴で正しい規則や規律を守れる奴が貰うのが相応しい。

その点で言えば、頭も物分かりもいい、モラリストな天野は適任だろうさ。

俺? 俺は中卒の阿保で戦しか知らない馬鹿だから無理に決まってるじゃないか。


「気にするなって、お前はそれでいいのかよ?」

「いいんだよ、楽隠居の放蕩生活も悪くないぜ」

「……そうかい、そう言ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


 エルとの楽隠居が楽しいのは事実だ、これは爵位や土地を得ればきっと出来る事ではないそう思えば結果論になるが爵位も土地も暮れてやったのは正解だろう。

まぁ書類を改竄した輩は帝国の威信にかけて罰を下すべきだが、誰がしたものか。

さて、ここに来たのはそんな天野の謝罪を聞く為じゃない。思い出話に花を咲かせるのもいいが、今の目下の目的はそう。


「それでUターンより早く帝都に帰る方法を教えてくれるんじゃなかったか」

「ああ、そうだったな、ジークハルト東部の地図は持ってるか?」

「ああ、すぐに出すからちょっと待ってろ」


 天野が地図を出すように言うので俺はリュックサックから魔法水晶を出し。

起動させて地図を取り出し目の前の机に広げる。


「さてと、帝都に帰る方法だが、俺が提案するのは獣人平原を抜ける、だ」


 天野の帝都へ帰る方法、それは今の俺とエルには土台無理な絵空事であった。

 

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