四歩目 前を向いて歩こう 伯爵の旧友

領主の噂とエルの才能

 鬼人族の集落から木道を渡り切れば、先は森林地帯が広がる。

そしてその前には入って来た時と同じように木道を降りる所に赤鬼が立っていた。


「うむ? よもや小倉様以外の人間とは、何者かな?」

「ああ、緑鬼の集落側から入った旅人なんだが」

「……ああ、連絡が入っていたな、出国か?」

「そうだ」

「銀銭の両替は大丈夫か? なんなら少額なら替えれるが」

「心配はいらない、それでは」

「ばいばい、赤鬼のお兄さん、お仕事頑張ってね」

「おう、この先を進めば森の中に村がある、お勧めだぞ、よい旅を」


 赤鬼の門番は連絡を受けていたようで、俺達の出国手続きを手早く終わらせ最後にこの先に村があると簡単な道案内を聞かせて貰い、出発する事に。


 森の中は涼しい、そろそろ夏も近いのだが日陰も多く、街道も石畳ではないが砂利を固めた物で舗装されているので歩きやすい、おそらくは赤鬼側からの行商人の歩きやすいように舗装されたものだろう。俺にとってもありがたい。


「なんか静かだねー」

「まぁ、今の時期は赤鬼も行商をしていないようだからな」

「そっかー、何か面白い事ないかなー……」

「森の中をのんびり歩いて散策もいいものだろう」

「そうだけどー、もっと面白い事ないかなー」

「そういってるうちに見えてきたぞ、アマノ領の最初の村が」


 エルは森林を歩くだけではあまり面白くないようで退屈していた。

ここらの動物は人を警戒してるのだろうか、見当たらなかったしな。

 まあそうこう言っているうちに最初の村が見えてくる。


 村はそこまで大きくなく。森の中の小さな村といった感じ、畑があり、牛や羊等も見受けられる、斧を担いだ男が林から出て来て丸太を運び、空いたスペースに置いている、向こうの林は植林して出来た物なのだろうか? 何はともあれ宿探しかな。


 そういう訳でエルと宿を探すが、結構簡単に見つかる、つい最近、行商や木材を買い付けに来る商人向けに宿屋兼酒場が建てられたそうで、赤い屋根という分かりやすい目印のおかげで難なく宿屋には到着する。


「失礼する」

「こんにち……守護英雄様! 俺ですコリンですよ! 他種族紛争の時に一緒だった」


 宿屋の受付に声をかければ俺に向かっていきなり自己紹介をする、そいつは懐かしい顔、戦争時代を共に戦った戦友の一人だったのだ。


「懐かしいな、元気そうで何よりだ」

「そうですそうです、いやぁ、まさかこんな所でお会いできるとは」

「故郷には絶対に帰る気は無いと言ってたと記憶してるんだが」

「あはは、事情が変わったもんでして、それで宿泊で?」

「そうだ、娘と一緒にな」

「こんにちは! エルです!」


 エルも挨拶し、早速一部屋借りる事にしかし事情が変わったか……確かここの領主は、そう、ゲッスイだったかな? ゲッスイ・ヤッチャー氏、思い出すのもつまらん小悪党だ。


「ゲッスイの奴から領主がアマノ様に代わってから、住みやすくなったんです」


 ゲッスイは村に対して重税を課したり賄賂を貰い自分に利を出す商人達の税を軽くしたりと色々悪いことをやる所謂悪徳貴族だった、更にコリンが言うには鬼人族への補助の為の支援金も着服していたとか、これは初耳だ。それがバレて廃嫡、ゲッスイは現在逃亡し帝国内で指名手配、で、後釜に入ったのがアマノ。


「アマノ様は税率を戻し、ゲッスイが残した財産を各村や鬼人族への支援の為にふるまったりしたんですよ、だから俺もこうして宿屋を開いてるわけですしね」


 コリンは戦争で持ち帰った金とアマノの援助金を元手に宿屋兼酒場をこうして開けたとか。アマノも中々粋な事をするじゃないか。


「っと、長話してすみません」

「いや構わんよ、そのアマノがいる場所とかは分かるか?」

「現在はヤッチャーの領地意外にクズーナ・ヤーロウの元領地も下賜され伯爵になられたと聞いてます、なのでそっちの開発の為、元ヤーロウ領の街かと」

「そうか、まだまだ遠そうだな」

「おとさん、お腹空いたー」

「はぁ……済まんが、子供が食べれる物は置いてたり?」

「ありますよ、とっておきの料理、今から出すんで机でお待ちを!」


 俺とコリンが長話をしていればエルが空腹を訴えてくる森の中で間食までさせたのにこの食いしん坊はと俺は嘆息する、仕方なく何か無いかを尋ねればコリンが机で待っているように言うので、素直に待たせて貰う。数分後俺達の前にはパンとサラダそしてメインに一つの食事が置かれる。


「グラタンって言うんです、熱いんでよく冷ましてから食べてください」

「ほぉ、エル、気を付けるんだぞ」

「大丈夫だよ、ハッチおにーさん達じゃあるまいし、ふーっ、ふーっ、あつつっ、あっつい、おとさん、冷ましたのに熱いよ、これ!」

「まぁ、その程度じゃな、ゆっくり待つんだな、サラダでも食べながら」

「うう、早く食べたいのに、あ、でもこのサラダも美味しい」

「この村自慢の新鮮野菜っすから」


 エルは早速グラタンをスプーンですくい息を吹きかけ冷まして食べようとするが予想以上に熱くて断念、俺と同じようにサラダを頬張る、コリンの言う通り新鮮な野菜の様で瑞々しくてとても美味しい。


「もう、冷めたかな……ふーふーして冷まして……美味しい! とろとろでーこの筒みたいなのがぷにぷにでやさしーって感じ!」

「なるほどわからん、まぁ確かに上手いな久々のグラタンだ」

「あれ? 守護英雄様は食べたことがあるので?」

「まぁな、それと俺は清孝だ、守護英雄とは呼ぶな」

「すみませんでした!」

「こだわるね、おとさん」


 戦争が終わったらこんな大層な称号は俺には似合わんしな、呼ばれる理由が無いなら普通に名前で呼んでもらいたい、その点で言えば鬼人族の集落は良かったなぁ。

 俺の事を知らない奴ばかりで、小倉も普通に友人として接してくれてたし。

食事を終えて満腹になったのか今度は外で遊びたいと言うのでエルを伴い外へと出る事に、と言っても、何か遊び道具があるのかと言えば、何もなさそうであった。


「う~ん、何か遊び道具ってもんは無さそうだな」

「おとさん、あっちに馬がいるよ」

「そうだな、ふむ、元気がよさそうな奴らばかりだ」


 村をしばらく散策すると馬が草を食んでいる姿を見つける馬牧場か。

眺めていると一人の男が俺に近づいてくる、この牧場の牧場主で馬主だった。


「おや? その顔、守護英雄様で?」

「まぁそうだが、清孝と呼んでくれ」

「では清孝様と、どうです? うちの自慢の馬は?」

「俺も二頭ほど乗った事あるが、そのどれもと同じくらいに頑健そうだ」

「お言葉、馬主としてありがたく存じます、どうです一頭?」

「いや、遠慮しておくよ」

「それは残念、じゃ娘さんは馬はどうだい?」

「乗りたい乗りたーい! エル、お馬さん乗りたい!」


 馬主が馬を一頭進めてくるが俺には快晴号がいる、帝都に置いて行っているがあれは俺が個人的に謝礼で貰ったもので所有権は俺にあるはずだ、今度戻ってきたら少し遊んでやらんとな、運動不足で走れなくなったら可哀そうだ。

 そう言う事で馬を買うのは遠慮すれば今度はエルに馬を勧める馬主。

エルは乗ってみたいとはしゃぎだしてしまう、まぁそれくらいなら構わんか。

早速、馬主が一頭馬を持ってくる栗毛の一般的な馬、ここで飼育する馬の中でも一番穏やかな性質だと言うが、エルは。


「エル、こっちの方がいいなー」

「嬢ちゃんそいつは駄目だ、誰にも懐こうとしない臆病な奴でね、足はこの牧場の馬で一番なんだけど、いかんせん乗り手が見つからねぇってなもんで」

「だそうだ、大人しくこっちの馬に乗りなさい」

「えー、大丈夫だよ、エルとお友達になろ、お馬さん」


 エルが選んだのはそこらで草を食んでいた鹿毛の馬、馬主が言うには調教師でも長年世話している奴以外には心を開かない警戒心の強い馬だとか、エルはそいつを事も無げに撫でていた。

鹿毛の馬の方も大人しくしており、というかエルに完全に心を許してる感じだ。


「こりゃ、たまげた、嬢ちゃん、今そいつの鞍を用意するから、待ってな」


 馬主はすぐに調教師に鹿毛に合う鞍を用意させ付け始めてやる。

 その後、調教師が馬引きをしながらエルが牧場を一周してくる。こちらを見て笑顔でエルが手を振り返してくるので手を振り返してやる、楽しそうで何より。


「あの子、凄いですね、才能が有りますよ」

「才能?」

「ええ、あいつの背中に乗ってる人を見るのは実は初めてで、動物に好かれる才能が娘さんにはあると思いますよ」

「そうか」


 確かにキツネの時も声を掛けたら大人しく去っていった、何か動物に縁のある力を持ってると思わずにはいられんな、だがまぁ何か力があっても俺の娘さ。

 乗馬体験をしたエルは少し疲れたようでこの後は宿に戻って夕飯と風呂等を済ませて寝るのであった。

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