友を訪ねて、湿地帯①

「昨日はお世話になりました」

「いえいえ、お友達に会えるといいわね、それとこれ」

「これは……お弁当?」

「ええ、お昼に食べて頂戴、ここからだと次の村は日が暮れる頃になるかしらね」

「まあ、急ぐ旅ではないので、それでは」

「おばあちゃん、まったねー」


 翌日、太陽がまだ上がりきる前に俺とエルは老婆にお別れの挨拶をしてから歩を進める事にする、老婆は一つの包みをお弁当に持たせてくれた、昨日の食事といい鬼人達は気のいい奴らが多いようだ、エルは手を振って老婆に再開を約束する。

前だったら、もっとおばあちゃんとお話すると駄々をこねてたろうに。

ハッチの言葉が効いてるのだろうな。


「おとさん、あの木、ネズミさんがいるー」

「ほほう……お、見えた見えた、あんなちっちゃいのよく気づいたな」

「えっへん! あ、あっちにはヘビさんもいるよ」

「エルは見つけるのが得意だな、しかし、俺が来た時とは偉い違いだ」

「おとさんが来たときはどんなだったの?」

「生き物は生き物でも魔獣ばかりで大変なもんだったよ」


 集落を出てしばらくすると、また木道のある湿原地帯に入る。

倒木や木などで見通しはよくない、エルはそんな中で、色々な生き物を見つけては俺に教えてくれる、ネズミ、ヘビ、小鳥や虫。こんなに豊富な種類がいたんだな。

 俺が来た10数年前は魔獣ばかりが暴れていたというのに、それが排された事で元々の生態系が返ってき始めているという事なのだろうな。


「そろそろお昼の時間だな、お弁当は、ほれサンドイッチだ」

「いぇーい…………うおぉ、これも旨味がどどどどーって来る」

「ふむ、具にカレーのスパイスを使ってるのか? 美味いもんだ」


 日が高くなり始めた頃、そろそろ老婆から貰ったお昼でも食べるとする。

包みの中身を開けば、鶏肉が挟まれたサンドイッチであった。

エルと二人で食べ始めるこれも美味いものだ、そんな風に食べながら更に木道を進む


「キツネさんだ……むぐむぐむぐ、エルのサンドイッチはもうないよ!」

「ふむ、こんな近くに寄ってくるものなのか?」

「おい人間、そのキツネに餌をやるなよ」

「っひゃ!? だ、誰」

「君は……門番であった緑鬼」


 俺達がサンドイッチを食べながら歩いていればキツネが木道に上がって来てこちらを睨みつける、何も言わずにじっと、エルはサンドイッチを慌てて頬張りキツネにご飯はないぞと胸を張る、いやまぁ、別にくれてやる義理は無いしなぁ、それに勝手に餌をやって懐かれても困る、そんな風に思ってると後ろから声がする。


 見ればそこには昨日、門番をしていた緑鬼が貫頭衣を来て歩いていた。

なんでも仕事が終わったので帰りの道中だったそうだ、早いなそれとも俺達がのんびりすぎたか? この俺達をじっと睨むキツネは何でも村の子供達が食べ物をあげてしまい、ここを歩く奴からはごはんが貰えると学習してしまったそうで。


「いいか、横を通り過ぎるんだ、それとのんびりしてると日が暮れるぞ」

「そうか、重ね重ね忠告助かるよ、いくぞエル」

「はーい、キツネさん、自分のご飯は自分で取らないとだよ! ばいばい」


 エルはキツネを指さすとそんな言葉を投げかける、それを理解したか否か分からないが、キツネは木道を横切り湿原へと帰っていく。その後は折角なので門番の緑鬼と共に行く事に、この先の村が故郷のようだ。


「そういえば、この先、宿屋はどうなのだろうか?」

「今は開いてない、あそこの宿の持ち主は畑持ちだからな、時期じゃない時は掃除の日以外には誰もいない筈だ」

「となるとどこか泊めて貰えないか探さんとか」

「……俺の家に来るといい、お前みたいなでかいのには狭いかもしれんが」

「うん? それは願ってもない申し出だ本当君には何度も助けて貰ってるな」

「俺は君なんて名前じゃない、シリクだ」

「悪かった、俺は……」

「知っている、魔央でいいな」

「好きに呼んでくれ」

「わかった、魔央、俺もお前などと呼んだのを謝る」

「律義な奴だ、気にしておらん」


 随分とぶっきらぼうな物言いだが、その言葉の中身は優しさにあふれていた。

エルもシリクにお礼を言って並ぶ、シリクの背はエルより少し大きい程度だが。

それは緑鬼の身体的特徴というだけできっと中身はそれなりの歳なのだろうか。

そんなこんなでシリクの集落までようやく到着する頃には完全に日が落ちる寸前

のんびり湿原の観察なんてしてたら、夜になっていたな。

何度でも思うがシリクが途中で来てくれて助かったと言えよう。

シリクは集落の端の方にある他より多少大きな家へと案内してくれる、ここが彼の家のようで入ってみれば、4人の子供達が一斉に声をかけてくる。


「おかえりシリク兄さん、あれ? 後ろの人は」

「うわでっけ、もしかして人間?」

「肌の色が違うぜ、こっちは黄色でこっちは黒色だ!」

「シリクおにぃのお友達ー?」

「お前ら、話すなら一人ずつ頼む」


 どうやらシリクの弟と妹らしく、俺を見て驚いたり肌の色を指摘したり質問したりしてくる、シリクが一人一人対応していき、道を開けさせて俺を家に上げる。


「騒がしくて済まないな」

「いや、気にせんよ、元気な弟さんと妹さんだな」

「元気なだけさ、ただいま母さん」

「あら、おかえりなさい、そっちの人はシリクのお友達?」

「そんな所です、清孝魔央といいます、こっちは娘のエル」

「エルです、こんばんは」

「外から人間さんが来るなんて初めてよ、こんばんは」

「一晩でいいから彼らを泊めてやれないかな?」

「あら、今の時期宿は開いてませんものね、どうぞごゆっくり」

「ありがとうございます」


 家に上がり玄関から廊下そして居間に通される。するとシリクと同じくらいの背をした女性が台所であろう場所から顔を出してくる、緑鬼の美醜の基準はおそらく人間とそう変わらないのかもしれない、それくらい肌の色が違うというだけで彼女は俺の目から見ても顔立ちは美人といっていいものだ。


 どうやら、夕飯の支度をしていたようであと少ししたら夕飯が出来るそうだ。

その間は居間でしばらく待っていてほしいと言われるので座る。

椅子などは無くそのまま床に座ろうとすると、シリクの妹さんが敷物を出して渡してくれるので使わせてもらう、気の利く子だ。


「なぁなぁ、おっさんは外の世界で何してたの!」

「お、おっさん……まぁいい、俺は軍人だったよ」

「すっげー! かっけぇ! 俺の父ちゃんも軍人だったんぜ」

「そうかい、君はお父さんが好きなんだね」

「勿論さ!」


 シリクの弟さんが俺をおっさんと呼ぶ、まだ30代なんだがな、しかし軍人が格好いいか。俺は軍人を別段格好いいと思ってはいないが、それを言う必要も無いか。


「そういやそのお父さんはいないのか? 挨拶した方がいいと思うが」

「親父は戦死したんだ」

「それは酷な事を聞いたな」

「もう9年前だ、俺は気にしてない、だが、母さんや弟と妹の前ではな」

「ああ、わかったよ」

「お待たせしましたね、お夕飯出来たから、皆も座って頂戴」


 すこししんみりしてしまったが丁度いい所に食事が出てくる。

どうやら鍋の様でカレーベースにいろんな野菜と何かの鳥の肉が入っている。これは中々うまそうだな、早速……!?


「へへっにくもーらい」

「あー! それ俺の肉ぅー!」

「早い者勝ちってなもんだぜ」

「お肉ゲーット!」

「あ、俺のがっ、やるな、お前ー」

「エル、食べることに関しては負けないもん!」

「…………」

「あ、シリク兄ちゃんが何も言わずにとりまくる!」

「っふ、真の鍋戦士は物音を立てずに皿に肉を取るんだ」


 ものすごい速さでフォークやスプーンが鍋へと刺さっていく。

その正体はシリクの弟さん達とエル、そしてシリクであった。

がっつきすぎだろう、お前ら、ほら野菜も食べなさい。

鍋の肉はあっという間にシリク兄弟とエルが食べきり野菜ばかりが残る。


「ごめんなさいね、うちの男達が」

「いえ、うちの娘も遠慮していないのでおあいこです」

「はぁ、お客様の前で恥ずかしくないのかしら」

「何、賑やかなのは良い事だよ」

「そう言っていただければ幸いです」


 残った野菜は俺とシリクの姉妹と奥方が食べる事に。

シリクと兄弟、エルも少しだがつまんでいるが肉と比べると進んでいない。

美味いがなぁ野菜も。肉で腹いっぱいになったのか?

食事を終えれば、風呂を貰い、昔に親父さんが使っていたという布団を借りて休ませてもらう事に、本当鬼人族は皆いい奴らばかりだな、節分で鬼は外といったのを心の中で謝らせてもらおうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る