友を訪ねて、湿地帯②

「おっさん! 朝ご飯だぜ! 起きろよ」

「なあ、そのおっさんは止めてくれないか? 昨日もいったが俺は清孝魔央だ」

「おっさんはおっさんだろ、それより、母ちゃんが飯作ってるから早く来いよ!」


 シリクの家に泊めて貰った翌日、ドアを開けてシリクの弟さんの声で目が覚める。

おっさんは止めて欲しいなぁ、まだまだ若いと思うのだが。

まあ、子供にそれを説いた所で変わることもないであろう、エルを起こし身支度を整えさせて二人で朝ご飯へと向かう、さて朝ご飯は何かね。


「おばあちゃんの所で食べた奴だー」

「カレーとナンだな」

「お早う、まずは食え」

「では、遠慮せずいただきます」

「いっただきまーす!」


 朝ご飯からカレーとは所謂朝カレーという奴だな、某有名野球選手もやってた。

シリクに言われるので早速頂く事にする、ふむ、中々いけるな美味しいものだ。


「清孝さんと、エルちゃんはこの後どちらまで?」

「まずは河川の市場まで行こうかと思ってます」

「おとさんのお友達探してるのー」

「その友達とやらは何者なんだ?」

「おぐらさんっていうのー」

「あらまぁ、小倉様のご友人でらしたの」

「小倉を知っているので、出来れば何処にいるかまで知ってたりは」

「確か、河向こうの赤鬼族の族長の娘様とご結婚なされてるからその集落かしら」

 

 どうやら市場を目指したのは間違いではなかったようだ、結構すんなり情報が出てきてくれてよかった。どうやら小倉は鬼人族からは敬意を込めて賢者と呼ばれたりしているそうだ、しかも赤鬼族の大きな集落の長の娘さんと結婚して今や鬼人族全体のまとめ役の一人だったりするとか。


 当初の予定通り河川へ行くのは決まりだがさてどう河の向こう岸に行けばいいかと聞けば市場から河向こうへ渡るなら小舟乗りを頼ればいけるだろうとの事。鬼人族はお互いに作った野菜や香辛料を求めて小舟を出したりして、お互いの市場へ買い付けをしたりしているらしい、この集落から行けば昼になる頃には市場のある河川へと辿り着けるとか。

 

「色々聞かせてくれてありがとう、早速向かおうとします」

「おねーさん! おかわり!」

「はいはい、沢山食べてね、お姉さんだなんて、久々に言われたわ」

「……娘が十分に食ってからにするんだな」

「ああ、そうしよう」


 では早速と立ち上がるもエルのその一言で再び着席するのだった。


「では、世話になったなシリク、機会があったらまた会おう」

「シリクお兄さん、ばいばーい!」

「ああ、道中気を付けるんだぞ」


 エルのお腹が満腹になってから、ようやく出発とする。

昨日は辺りが暗かったのでよく見えなかったが、ここでは色んな作物を育ててるようであちらこちらに畑があり、多くの緑鬼が苗の植え付けと種蒔きをしてる様子が見て取れる、カレーに使う香辛料などは珍しいは珍しいがそれだけだな。


 湿原にある水源を利用しているのだろうか、中々良く出来てるな……これも小倉が教えたのだろうか? それとも緑鬼独自の技術なのだろうか? とにもそんな畑地帯を抜けのんびりと歩き続けていれば涼し気な川の音と共に賑やかな声が聞こえ始めてくる。


「ついたな、ここが鬼人族の市場か」

「おお~鬼人族がいっぱいだ!」

「少し見て回ってから、小舟乗りだったかを探そうか」

「おー!」


 そういう訳でしばらく鬼人族の市場を見て回ってみるが。

そうそう外の野菜と変わり映えはしない、いくらか香辛料が多いといった所か。


「人間さん人間さん、どうだい? うちの揚げ鳥、食ってかないか?」

「こいつはなんだ?」

「油で揚げた後に香辛料をふんだんにまぶしてやるんだ、美味いぜ」

「食べてみたーい!」

「では、二つ貰おう」


 市場を歩いていれば緑鬼の屋台に声をかけられ鳥を油で揚げた物、何の鳥かは不明の食べ物を買って食べてみる、まぶされた香辛料がいい感じだな。


「しかし何しに来たんだい? 人間さんは」

「友人を訪ねてな、河向こうにいるらしく、小舟乗りはどこだろうか?」

「それなら、向こうに丁度、ユーディさんの小舟が来てたな、あの人は気風のいい男でな、きっと乗せてってくれるぜ」

「それは良い事を聞いた、それでは」

「美味しかったよ、またねー」


 揚げ鳥の屋台の緑鬼に小舟乗りを尋ねると一つの方角を指さされるのでそちらに向かう事に、そちらでは筋骨隆々とした赤い肌の大男が何やら他の緑鬼から荷物を渡され小舟に乗せていっていた、彼がユーディだろうか?


「いよいしょぉ! ひとまず戻る! また荷物を下ろしたら来る!」

「あいよユーディの旦那」

「おーい、すまない、そこの赤鬼」

「なんだ! 俺に用事か!」

「ああ、貴方がユーディか? 俺は清孝魔央、こっちは娘のエルだ」

「こんにちは」

「おう、マオーとエルだな! 俺は確かにユーディだ! 何か用か?」

「いや、河向こうに行く用事があってな、乗せて貰えないだろうか?」

「うん? ああ~……すまん! 乗せてやりたいが今は荷物で一杯だ!」

「ふむ、さっき聞こえたが、荷物を下ろしたらまた来るそうだな」

「おう、俺は集落の皆に頼まれて買い出しに来てるのよ!」

「それではそれを俺も手伝おう、そしたら乗せてくれないか?」

「本当か! それは助かる! 乗せるだけじゃ忍びない! 多少銀銭も出そう!」

「では、その約束で」


 ユーディと名乗る男は声の大きな赤鬼であり、先ほどの屋台の緑鬼の言う通り

その立ち振る舞いも堂々とした確かに気持ちのいい男と言えよう。

船に乗せてもらえないか尋ねれば、申し訳なさそうに理を入れるが。

少し交渉してやれば、すんなり乗せてもらえそうであった。

久々の力仕事だな、腕が鳴るというものだ。


「おとさん強ーい! ムッキムキ―」

「はっはっは、このくらいの荷物でへばってたら軍人やってないぞ」

「はぁ~人間さんは力持ちですなぁ」

「おう、それで最後だな、よし二人も乗りな!」

「わーい、お舟初めてー」

「悪いな、お言葉に甘えさせてもらうよ」

「そんじゃぁ、向こう岸まで出発! しっかり捕まってろよ」


 市場から小舟までの荷物運びを数時間かけてようやっと終わらせてしまう。

この時間だとどこか宿を探さないといけんな。


「そうだマオー、お前さん今日泊まる所決めてないだろ」

「ああ、向こうに宿があればいいのだが」

「赤鬼の集落にゃ宿はねぇぞ、行商にいく奴は大抵余所の集落行っても身内か知り合いがいっから、そこに泊めて貰うのよ」

「むむむ、困るなそりゃ、宿無しか」

「それなら俺の家に泊まりな、部屋は余ってないが居間くらいなら貸してやれる」

「おおー、緑鬼さんも赤鬼さんもとっても優しい人ばっかだね!」

「おうよ! 鬼人族は困ったやつをほっとけねぇ、侠気にあふれた種族なのさ!」

「かっこいいー!」

「この湿地帯に来てからは助けられてきてばかりだ」

「はっはっは! 頼れ頼れ! 人生助け合いだぜ、そら向こう岸につくぞ!」

「あっちが赤鬼さんの市場?」

「そうさ! ちょっと歩くが俺の集落には日が暮れるまでにゃ着きそうだ」


 揺れる船の上でユーディは豪快に笑いながら人生を説く、助け合いか。

鬼人族がどんな暮らしをしてきたかはわからないがこんな言葉が出るくらいには過酷な環境下で厳しいこともあったのだろう、だからこその助け合い精神なのだろうな。

 さて、ものの数分で終わった船旅であったというもので、再びの荷運びを行う。

こちら側の荷運びは他の赤鬼も手伝ってくれるので手早く終わってしまう。

俺と同じか超えるだけの背丈にユーディと同じくらいの筋肉をした男ばかりが何十人もいれば荷運びなんてあっというまというものだ。

ユーディは自分の集落に持っていくだけの食材を荷車に載せて引いていく。


「エル、荷物が落ちないように、荷車に乗って見張っててくれないかな?」

「うん、ユーディのあにき!」

「ユーディ、疲れたらいつでも変わろう」

「そりゃ嬉しいが、これからはこの腕で2人食わしてくんでね、弱音は吐けねぇさ」


 ユーディがそういうとエルは荷車によじ登る、さりげなく載せてやったんだな。

そして、他の赤鬼達の呼び方がうつったエルはユーディをあにきと呼ぶ

まあ、ユーディが嫌でない限り構わないがな。ユーディは集落につくまでいくつか話してくれるがなんでも今度子供が生まれるそうで、奥さんが妊娠中といっていた。

そんな大事な時期に人を泊めて平気か尋ねれば、ここで困ってる人を見捨てたら子供にも嫁にも顔向けできねぇと、言う事ひとつとっても気風のいい男というものだ。


「っさ、ついたぜ、俺達の集落だ、歓迎するぜ」


 そうして、ひとまず日が暮れる頃、ユーディの集落へと足を踏み入れるのだった。

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