音楽家達の過去

「つるりんただいま~、お部屋二つ空いてるー?」

「デリンだっつの、ったく、おかえり鶴の嬢ちゃん。あん? 部屋は一つじゃねーのか? 平気だけどよ」

「おっけー、ちょっち予定が変わってね、入って入ってー」

「話つけてねーのに、安請け合いはよくねーぞ馬鹿鶴」

「失礼する」

「…………え”」


 赤川の案内で少し奥まった場所へと入り込んでいく。その間エルは青山と気が合ったのかしきりに青山にここ数日の事を喋っていた、青山はぼんやりしているがあれで空気が読める聞き上手だからな、そんなこんなで案内された宿屋。


 なんでも毎年音楽祭で世話になっている宿屋らしいので少しくらい融通出来るとか

さて、そんな宿に案内され入ったわけだが、店主は俺を見て目を丸め驚いていた

タンクトップの上にエプロンをした筋骨粒々とした体の男。

しかし髪の毛一本までしっかり剃り上げた頭部にあの中指と人差し指は。

俺はこいつを知っている、そう、こいつとは一度戦場で共に戦ったことがあるのだ。


「デリン? なのか」

「そういうお前は清孝か!?」

「そうだ、しかし宿の店主なんてやってたんだな」

「ああ、死んだ爺さんのを継いだんだ、いやまさか偶然ってあるもんだな」

「そうだな」

「あれ? つるりんと清孝君、知り合い?」

「だからデリンだっつの、昔の戦友だよ」


 デリンとはこの地域の他種族紛争の折に共に戦った戦友だ。

 ギターが得意と聞いていたがデリンの人差し指と中指は異様に短い。

 これは他種族に噛み千切られ魔法が追い付かずに失ってしまったと聞いている。

早くに出会えたらそのギターを聞けたのだろうか。


「清孝なら歓迎だ、いつまで止まるんだ」

「音楽祭が終わるまで」

「そっちの白メッシュのあんちゃんと森人の嬢ちゃんは?」

「俺も同じだ」

「あいよ、宿は二階部分だ清孝は手前から二番目、お二人さんは三番目を使うと良い」


 デリンは階段の上の扉を指さして部屋がどこかを教えてくれる。

俺は早速荷物を置くべくエルと共に階段 を上がっていく。


「あのつるつるのおじさんもおとさんのお友達だったんだねー」

「まぁな」


 ちなみにデリンは記憶違いでなければ30なので俺と同年代。

髪の毛が無いのはあいつの趣味だ、まあ戦場じゃ髪は剃ってしまう方が衛生的にも楽なんだがな、俺は出来なかったわ。


「おとさん、ノートと筆記用具を出して―」

「ああ、旅の日記を書くんだったな」

「うん! 今日は色々あったなー」


 部屋に入るとエルにせがまれたものを出すべくリュックサックから魔法水晶を出す、出したのは空間魔法の水晶。

サイズは小中大があり、そのサイズが示すのは魔法を発動した時の入り口の大きさ

水晶自体は精々が野球ボール程度の大きさだ。


 小だと大体B4サイズノートが軽く入る程度の大きさの入り口が

中になると背負っているリュックサック程度が軽く入る程の入り口

大ともなると大きなスーツケースが入る程だ。

一応、これ以上の者もあるが、そこまでくると家具をいれたり、樽や箱で大量輸送等を行う為の業務用になる。ちなみに容量制限などは無い、ただ冷凍保存機能などは業務用サイズ以外には無いので基本生ものは厳禁。


 更に中身を忘れてしまうと一生取り出せなくなるので入れた物のメモは必須だ。

ちなみに俺が持っているのは、服などを入れている大と筆記用具や小物を入れている小のふたつのみである。リュックサックの軽い事、軽い事。


 そんなわけでそんな魔法水晶を送魔機で起動させノートと筆記用具を出してエルの前に置いてやる。エルは文字が出来る、おじいちゃんに教わったらしい、それでこの旅の日記を書くのだと言い出しノートと筆記用具をせがまれたのだ。


「アルミおじさんにー、白石おにーさんと、カロおねーさん、あとさぎねぇたち!」

「絵日記か、賑やかだな」

「でしょー、これがエルで、こっちがおとさん!」

 

 エルの日記はただの日記ではなく絵日記であった、俺も書かれてるようだがなんかむすっとしてるな、もう少し愛想を良くしたいものだ。


「思い出沢山嬉しいな! もっと出来るかなぁ」

「出来るさ、さてと、ちょっとあいつらの様子でも見てくるか」


 エルが日記に夢中になっている間に少しあいつらの様子を見に行くことにする。

合わせ練習をすると言っていたが、さてどうなってるやら。

 この宿屋にも音楽家がその演奏を披露する為のお立ち台なども存在する。

そのお立ち台の上で4人は練習をしていた。


「だーかーらー! なんど間違えりゃいいんだ、馬鹿鶴!」

「鷲雄君怖いよ! そんな怒んないでよ!」

「鶴見ちゃんも頑張ってるから、ね、白石君」

「そうだよ、わしく~ん、次は頑張ろ、つるちゃん」

「うう、燕ちゃぁん、鷺ちゃぁん」

「はぁ……よし、次は間違えるなよ、いくぞ」


 涙目になる赤川を緑谷と青山がそれを宥めていた、白石は少し不機嫌そうだ。

こいつらの普段の練習風景ってこんなだったのか、一つテーブルを借りて座る。

デリンに何か頼もうとするが、夕方から酒だけならとデリンに言われた、残念。


「はぁ、鷲雄さんは音楽になるとあーなっちゃうんですよね」

「カロネーヴァさんだったか」

「はい、守護英雄様、いえ清孝さんの方がよろしいですか?」

「ああ、後者で頼む」

「ええ、わかりました」


 俺が席でぼんやりと白石の叱責を受けながら頑張る三人娘を眺めていると白石の恋人だったかカロネーヴァさんが隣に来る、白石を見て少しため息をついていた。

 なんでも、森人の国でもピアノ教室などを開いてもあのように怒鳴ってしまい生徒がすぐに離れてしまうのだとか、自分でもピアノや音楽の事となると熱くなるのをどうにかしたいとは思っているのだがと悩みの種でもあるらしい。


「でも、ああやって熱中する鷲雄さんが好きだから一緒にいるのですがね」

「そうか」

「ええ、そうだ鷲雄さんは昔の話をしないんですよ、何か知りません?」

「話していいのか?」

「鷲雄さんいつもはぐらかすので、何か言われたら私が無理やり聞き出した事にして構いませんから」

「そうか、なら俺の知ってる程度に……」


 白石鷲雄、本来ならばだった俺のクラスメイトの一人。

彼は小学生の頃から天才ピアニストなどと周囲に持て囃されていたらしい。

いずれ日本の音楽界にその名を残すとも、だがそんな彼に苦難が立ちはだかった。


 彼は中学の頃に何の病気かは聞いたことが無いので知らないが長い入院が必要な病気に侵されたらしい。それから17の頃病気も快復に向かい俺が通う高校に一年生として入学する事になったとか。


 俺の最初の印象は痩せぎすでいかにも闘病生活をしてましたって面で不機嫌そうにしている男。かつて天才ピアニストと呼ばれたなどとは思えなかった。

更にもうピアノはやっていないと言っていたのだが、それを覆したのが今半べそを書いて怒鳴られている赤川である。

 

 赤川鶴見もまた俺のクラスメイトの一人、昔から音楽が大好きだと自己紹介で大声で宣言していたのはとても印象に残っている、もう二人の緑谷燕と青山鷺とは幼馴染でずっと一緒にバンドをしようと約束していたとか。


 そんな折に見つけた白石鷲雄、もともと赤川の音楽好きは同年代で凄いピアニストである白石のようになりたいという憧れかららしい。


 そんな憧れがピアノを辞めているのは勿体ないと一緒にバンドをしようと勧誘したそうだ、そこにどんな葛藤や焦燥、ドラマがあったかは当事者以外は誰も知らない。

まあ結果として白石は赤川達のバンドでキーボードを務めた。

俺もそのライブは聞かせてもらったのでよく覚えている。


 まぁ、当事者でない俺が思い出せるこいつらの過去話とはかなり断片的な物だ。

だが、この話だけでもカロネーヴァはとても満足したようで。

そんなことがあったんですねと今も演奏の練習をする4人を見ていた。


「おとさーん! そろそろおゆはんのじかーん」

「もうそんな時間か」

「あ、鷲雄君、ごはん、御夕飯の時間だって、練習中断しよっ!」

「ん、ああそうか、腹減ってちゃ練習も身に入らないか」

「わーい、おなかぺこぺこだ~」

「何食べようかしらね?」

「エル、外食いに行くぞ」

「はーい、何食べに行くのー?」

「知らん、おい、ここらで美味い飯教えてくれ奢ってやる」

「え、マジですか、お大尽だぁ!」

「うぇ~い、ゴチになりま~す」

「二人とも少しは遠慮を……はぁ、ありがとね」

「俺達もか、ありがとう、御馳走になろうカロ」

「はい、鷲雄さん」


 俺は赤川達にそう呼び掛ける、そうすれば現金なものでしっかり食いついてくれた、赤川達ならショッセンの街に明るいだろう。きっと美味い飯の場所を知っているはず、それに何より、旧友達と俺が一緒に飯を食いたいのだ。


 それを口に出すのはもう32の身としては恥ずかしいので言わないけどな。

そしてそんな今日の夕飯はがっつりステーキを食う事になったのであった。

 



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