英雄出発

 旅をすると決めてから数日、エルと一緒に色々な店を回って必要な物を揃えた。

その際に様々な店で守護英雄だと毎度騒ぎ立てられて参ったものだ。

中にはかつて戦地で一緒になった者とあったりもした、一様にあの時助けてもらったお礼だとか守護英雄様からお代は受け取れないなどと言うのでまた困る。

 ひとまず、これきりでと最初の一度は受けておく、受け取らずにいれば毎度毎度同じように何か恩を返そうとされても困る。


「ふぅ、いっぱい買ったね、おとさん」

「ああ、おとさん、ちょっと部屋にいるな」

「はーい、あ、ラジオつけてもいい?」

「ああ、エルはラジオが好きだな」

「うん! ボイスドラマさいゆーきとっても面白いの!」

「西遊記? 女神の勇者の入れ知恵か?」


 エルの最近のお気に入りはラジオだったりする、夕方は必ず、昼が空いてたりする時もスイッチを入れてこうして耳を傾けていたりする、さてと、俺も用事というより書き物を済まさんとな。

 一枚の手紙を取り出し、ペンで一筆する勿論この世界の言語で、女神のおかげで読み書きには困らないのは助かる、じゃなければ口頭で伝える必要があるのだ。

 俺が書いている物、それは【退職願】であった。


 退職願を書いた翌日、昼頃に俺はエルを連れて帝城の前に立っていた。

俺が立っているのを門兵はすぐに見つけて何か御用でしょうかと声をかけてくれる。

 俺は人を呼び出す、かつて15年前に俺達に訓練を付けてくれた騎士。

現在では皇帝直属近衛騎士団団長になったその男を。


「久しいな清孝殿、活躍、そして此度の帰還、聞いているよ」

「そうですか、今日はこれを」

「こいつは…………ふむ、受け取ろう」


 団長はあの頃よりいくらか老けていたが、その筋肉は衰えていないように見える。

俺とエルに穏やかに微笑みながら椅子をすすめてくれる。

 そうして座ってから俺は団長の前に一枚の紙、退職願と書かれた物を机に置く

退職願を見た団長は何も言わずにその退職願を開き読み進めてから机に置きなおす。

 

「君が私の下にこれを持ってきたのは正解だよ。きっと他の将軍なんかに渡しても時の英雄に辞められては困ると止めるだろう。ただでさえ、戦死で兵は少なく終戦を機に故郷に帰っていく者が増えた、更には今後軍の予算を縮小するって噂だ。こいつは私が責任もって預かる、君が今後軍役に煩わされる事は無い」

「おとさん、もう戦わなくていいの?」

「ああ、君のお父さんは休むべきだからね」

「ありがとうございます」


 エルが団長にそんな問いをすれば団長は俺に休むべきだとそう言ってくる。

団長には軍を退役したら、しばらく帝都を離れる事を伝える。

クラスメイトが今何をしているかを探しに行くという目的も一緒に。


「そうかい、最初は誰を探しに行くのかね?」

「小倉を、場所はおそらく湿地帯なので」

「うむ、確かに小倉殿は湿地帯の他種族と一緒と聞いている」

「おとさん、ラジオ聞きたい、さいゆーきの再放送の時間なの」

「エル、今おとさん団長と大事なお話をしてるんだ」

「おや、まだ子供なのに渋い趣味してるね、おじさんも聞いてるぞ」

「本当!」

「ああ、1話から現在放映中の36話まで録音もしてる、そうかそんな時間か」

「ラジオを持ってきてくれ、清孝殿、エルちゃん、お茶でも飲みながら一緒に聴いていかないか? そのくらいの時間はあるだろう」

 

 あのボイスドラマそんなに長く続いてるのか、団長殿は女給にラジオを持ってきてもらい早速スイッチをつける、するとラジオからは声が聞こえる。

 渋い男性の声のナレーターの声だ丁度始まったころか、仕方ない、聞いていくか。


「今日も面白かった!」

「ああ、ゴクーはとても強いな」

「うん! おとさんとどっちが強いかな!」

「それはやってみなけりゃわからん」


 エルはいくつかの魔法水晶を手にしていた、録音の魔法水晶。

音を記録して魔法を流すと流してくれる水晶だ。

団長殿がエルに譲ってくれた、同じ作品のファンへのプレゼントだそうだ

 まぁ、エルも喜んでいるし貰っていく。


「エル、明日の朝、列車に乗って出発だから今日は早く寝ような」

「うん、おとさん最初はどこに行くの?」

「目的地は湿地帯だが、それまでに2つほど街を見ていく」


 魔力で動く魔動列車はこの世界での基本的移動手段の一つだ。

これ以外には路面魔動車、俺達の世界で言う路面電車か乗合馬車そして徒歩だ。

 自動車の様な代物で魔動車という物があるが燃料と燃費の問題で普及していない。


 路面魔動車や魔動列車は専門の魔力を注ぐ物がいるが、車はそうはいかない。

燃料である魔力を注ぐのは自分でやる必要がある、そしてこれがべらぼうにきつい

更に言えば魔力は車以外にも魔動製品を動かしたり魔法水晶の為にも使う。


 魔法を普段使いするこの世界、移動の為だけに使うわけにはいかないのである。

自家用車は女給や執事を雇った貴族の玩具というのがこの世界の一般的見解。

 法律で公道を走ることも禁じられているしな。


「そっかー、おとさんお友達と会えるといいね!」

「何、絶対って訳でもない、気楽にな」

「気楽に?」

「そうだ」

「そっかー、あ、おとさん、そろそろさいゆーきの時間、早く帰ろ!」

「わかったよ、そう急かすな」


 エルは、っはと思い出したように駆け足を始める。

本当に好きなんだな、西遊記、誰がラジオに元ネタを持って行ったんだろう。

元ネタ提供者に会える可能性もあると言ったら、どんな顔をするだろうか。


「今日出発だってね? 部屋は開けておくから、いつでも帰って来なさい」

「清孝様、エルちゃん、良い旅を!」

「清孝さん、これ列車の中で食ってください」


 翌日、俺とエルは喫茶店の前で皆に送られて出発する。

俺はお店の人に選んでもらった白のストライプシャツに黒のスリムパンツ。

シャツは裾を入れることで品のある雰囲気になるだとか、ベルトは新調した新品を付けている、特に装飾は無いが今まで古い物だったので気持ちが改まった感じがする。

背中には旅荷物が入ったバックも背負っている。準備は万端だ。


 エルはシンプルに子供用の白系統のワンピースを選んでもらった。

それと一緒にピンクのポシェットも買ってやった、中身は部屋にあったラジオだ。

これだけは自分で持っておくと譲らないので持たせておく。どこでも聞けるようにヘッドフォンも購入済み。それと白のガーベラの髪飾りを買ってつけてやった。

この旅やこの先の人生、沢山の幸福を得て欲しいと願って。


「列車の時間が近い、そろそろ行くぞ、それでは、行ってきます」

「いってきまーす」


 マルコから包みを受け取り駅へと歩き始める、さて、旅の始まりだ。

でもまぁ、世界を救うだとか、何か使命があるわけでもない。

 ゆっくりとのんびり旅を楽しんでいこうか。


揺れる列車のように、心を期待に揺らしながら。


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