泣けないもんは泣けない?

「泣かなかったの?」

「そうなんですよ」

 昨日から消えないモヤモヤは"泣かなかった"という事実。そりゃ泣かない人だっているだろう、皆が皆泣くわけじゃない。でも…

「1年も好きだったのに?」

「そう、そこなのよ」

「いや、まあ、年月の長さが全てって訳ではないんだろうけどさ」

 戸川が見てた真奈美の佐久間に対する気持ちは真剣で純粋なものだった。佐久間を見る真奈美の顔は教室で見る顔とは全く違う、『恋する乙女』という言葉がピッタリな顔で、あんなに誰かに夢中になれるのか、と感慨深いものもあったくらいだ。だからこそ、泣いているものだと思った。そして真奈美の性格(教室での姿しか知らないが)からしてきっと諦められなくてまたくるだろう、と。

「そこまで好きじゃなかったのかなぁ…」

「いや、そこまでの気持ちだったら俺に気づいてるだろ」

「確かに」

「そもそもさ、なんで佐久間さん?」

「…一目惚れ」

「一目惚れ」

「そう、人生初の一目惚れ」

 真奈美は佐久間を初めて見た時のことを思い出す。

 .

 お使いできたコンビニに、見慣れない新人がいる。ちらりとレジを見たその時

「ありがとうございました」

 ちょうどレジを終え帰る客に声をかける佐久間の姿が見えた。

 とても爽やかな笑顔だった。営業スマイルだとしても爽やかで優しさを含んだ笑みだった。そしてその顔に一瞬で惚れた。

 それから真奈美のコンビニ通いが始まった。

 .

 懐かしそうに話す真奈美の横で戸川は全体的に「そんなことねーぞ」と言おうか迷ってた。

 シフトで半年程一緒にいる戸川からしたら佐久間は[仕事の鬼]。だ。一分一秒でも無駄にしない。確かに優しいが怒る時はヤクザの恫喝にあってるような、そんな気持ちになる。しかも怒鳴るようなタイプではなく、正論でフルボッコにする知的タイプの、一番敵にしたくないタイプのやり方だ。(そんな佐久間相手に[如何に楽に仕事出来るか]を考えている店長はもっと凄いと思うが。)

 もちろん、シフト終わりもそうだということは無く、終わればただの優しいお兄さんだ。

「(その佐久間さんに一目惚れか…)」

 それくらい彼の営業スマイルからは優しさが滲み出ていたのか。参考にしようと思った。

 が、そのあと真奈美から思いがけない言葉が飛び出す。

「でもね、その顔営業スマイルじゃなかったんだ」

「…はい?」

「その時のお客さんね、彼女さんだったの」

「…え、お前彼女さんいること知ってたの」

 てっきり知らないで告白したのだと思っていたため戸川は面食らってしまった。

 そう、佐久間には既に彼女がいたのだ。

 だから、最初から振られるのは既にわかってて真奈美は告白したのだ。

「私がレジで真正面から見る顔違ったから変だなって。そしたらある日女の人が佐久間さんに話しかけてて、凄い親しくて、佐久間さんあの時の優しい顔してて、『あー彼女さんいたんだなぁ』って。凄い優しい顔だった」

 慈愛に充ちた顔、と言うべきあの顔はどれだけその人の事を愛しているかを物語っていた。

『愛して、愛して、やまない人』

 この人を思って彼は仕事をしているんだな、

 この人の為に仕事しているんだな、

 そんな風に誰かを愛せる彼って素敵だな。

 そう思ったら尚更彼のことが愛しくてたまらなかった。たとえ片思いでも、報われなくても、彼が好きだった。


 ポタリ。

 あれ?

 ポタリ。ポタリ。

 何かが落ちる。

 ポタリ。ポタリ。ポタリ。

 あれ?私、泣いてる。


「ちゃんと泣けるじゃん」

 そう言って戸川が笑った時、既に真奈美は泣きじゃくっていた。

 きっと今まで泣けなかったのは思いが強すぎたからだ。この子は、そんな辛い恋と知っていて1年間思い続けたのか。振られるとわかってたのか。凄いなぁ。俺には無理だ。


 西野って すごく 素敵な女の子だ。


「あっお前人の服で涙拭うな!」

「うるさい胸を貸せ!戸川のくせに!」

 言い合う2人を深夜のコンビニの光と、こっそりと店長が見守っていた。

「…大事な話なんだろうけど、若者たちよ、そろそろ帰りなさい」

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