第7話 きれいずき

「聞いてもいいか?」

「内容にもよる」


 昼休み。

 おれと友人は昼食を食べていた。

 高校に入学して、2ヶ月が過ぎようとしていた。

 そろそろざっくばらんに互いの悩みを口にしてもいい頃合いだ。


「おまえの弁当ってほとんど中身がいつも同じだよな」

「悪いか?」

「いや? ただ何か理由を聞きたくなっただけ」

「そうか」


 友人は箸を机の上に置いた。

 机の上には弁当箱を包むための布が広げられており、その上にそっと。

 静かな動作というか、慎重さを感じさせるものだった。

 まるで何かを恐れているように。


「じゃあ話してやろう。汚れるのがいやだからだ」

「汚れる? 弁当でか?」


 ひっくり返して服を汚した経験でもあるのだろうか?


「例えば、ころものある揚げ物系だ」

「美味しいよな。てんぷらとか」

「確かに美味しいのは認める。だが、ころもが剥がれて服に飛んだらどうする」

「拭くものがほしくなるな」

「そこだよ」

「どこだよ」


 友人の突っ込みに、おれは突っ込み返した。

 いや、ほんと、そこってどこのこと?


「最初から跳ねるようなものを弁当に入れなければ事故は起こらない!」

「な、なるほど」


 力説する友人。

 汚したくなければ最初から汚れるようなものを入れない。

 その発想はとても正しいと思う。

 でも、食事制限と天秤で測って、傾くほどのことだろうか。


 友人は慎重そうに箸を再び手に持って、食事を続けた。

 おれも、目の前の友人に倣っていると、静かに食べられた気がする。

 なんだか自分の所作が精錬されたように思えて嬉しいな。




 午後の授業中に。

 友人は早退を申し出た。

 体調でも悪いのだろうか。

 かなりの頻度で学校が終わる前に帰宅することがある。


 授業が終わって、休み時間になったところで。

 おれはスマートフォンで連絡を取ってみた。


 メッセージを飛ばす。


『もう帰ったのか?』

『学校から家は近いからな。着いたぞ』


 無事でなにより。

 聞いてもいいものか、と悩みつつ、えいやっと送信ボタンを押した。


『いままで聞いてこなかったんだが』

『なんのことだ?』

『なんで早退が多いんだ?』

『トイレに行きたくなったからだ』


 は?

 なんのこと? と、おれは首をかしげた。


 友人からメッセージが返ってきた。


『学校のトイレなんて汚くて使えないじゃん』

『気持ちはわかる』


 それで帰っちゃうのか。

 いや、それで高校卒業できるの?

 などとおれが心配しても無意味だな。


『家のトイレは平気なのか?』

『きれいだからな。一応、ウエットティッシュで拭いてから使うが』


 大のほうらしい。

 小なら学校のトイレでも平気なのだろうか?


『大変だな』

『家を出発して、家に帰宅するまで、いつも恐ろしいさ』

『なにがそんなに嫌なんだ?』

『間接的にせよ、人と接触するのが嫌なんだ。まして汚い部分だ』


 ああー、わかるわかる!

 おれもできるならしたくねえもん。

 友人ほど徹底はできないけど。

 駅内のトイレならおれも絶対に利用できない。


『卒業できるよう頑張ろうぜ』

『だな……おまえも手伝ってくれると嬉しいよ』

『できることなら言ってくれ』

『なら、おれのためにトイレを新設してくれ。専用のやつ』


 ここが現代日本じゃなく中東で、おれがアラブの王族とかだったら可能かな!


『おい、既読はついたが、何か言ってくれよ』

『そのうち考えておく』


 適当に内容をはぐらかした。

 おれもきれい好きだとは思うけれど、上には上がいたもんだ。

 友人は思っていたよりもずっとすごいやつだったよ。



検索単語

※ざっくばらん →派生:※遠慮なく/※率直に

※かしげる

※所作 →派生:振る舞い

※精錬

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る