第5話 いちず

「なんでそんなにぶっかけるの?」

「好きだからだ」

「なんでいつも持ち歩いてるの?」

「いつでも使えるようにしたいからだ」


 友人はいつも七味唐辛子を持ち歩いている。

 一味唐辛子では駄目だし、学食に置いてある他のメーカーのものでも同様らしい。


 おれたちは学食のテーブル席に向かい合って座っている。

 友人が食べているものは、てんぷらうどん。おれも同じ。

 ただし、色が違う。友人のものは、スープがかなり赤いし、麺もあちこちに赤が貼りついている。


「辛くないの?」

「辛いのがいい」


 そ、そうなのか。

 好きすぎて量も増えちゃったのね。


 と、おれは尋ねてみる。


「ゆず七味はどう?」


 ははっ、と友人は笑って箸を止めた。


「ゆず七味? ゆずなど七味さまの前では雑魚にすぎん! ひれ伏すべし!」

「そんなに違いがあるか?」


 おれは疑問に思う。

 両方とも辛味を加える調味料だ。

 ゆず七味って、普通の七味にゆずを加えたものだよな?

 人によってはゆず七味のほうがいいってのもいると思うんだけど。


「ゆず七味って、七味唐辛子をさらに工夫したものじゃないの?」

「七味唐辛子で完結しているところに、ゆずなどという混ぜ物を入れることが間違いなのだ!」


 そういう発想なのね。

 まあわからんでもない。

 たまごかけご飯を素のままいける人もいれば、醤油をかける人もいる。同じような感じだろう。なお、おれは当たり前に醤油をかける。


 学校の帰り道。

 おれたちは有名カレーチェーン店に入った。

 男子高校生の腹の空き方をなめてもらっては困る。

 これはおやつだ。夕飯も余裕で入るぞ。


 で、そこでも、友人はやっぱり七味唐辛子を使った。

 近くに座っている他の客と、店員の視線がきつい。


「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」

「なあ、せっかくブレンドしてくれたカレーの味が台無しにならないか?」


 まんべんなくカレーに七味唐辛子をぶっかけていく友人に、おれは問う。


「なにを言う! しょせんは万人の舌に合わせた調合! 我が七味唐辛子によって不完全だった香辛料たちはより味を際立たせるのだ!」

「ラーメン屋でやったら追い出されそうな理屈だね」

「もうやった。やったら怒鳴られて追い出された」


 経験済みかよ。

 その店で完成させられたラーメンに、七味唐辛子をどばっとかける友人を想像してみた。そりゃ怒られて当然だ。ゆず七味と同じじゃん。余計な物を混ぜられたと思われちゃうよ。

 まあ、客の自由にさせてほしいと思うところはある。

 この辺は飲食業態によって違うんだろうね。


「なにをにやついている。おまえも食ったらどうだ。一般人の味付けに文句を言うつもりはないぞ。これはあくまでオレの問題だ」

「言うねえ」


 自分の価値観を他人にも押し付けるつもりはないということか。

 そういうことなら別にいいんじゃないだろうか。

 誰に迷惑をかけているわけでもないし。


「なあ、他にどんな料理に七味唐辛子を使うんだ?」


 カレーを食べ進めながら聞いた。


「肉、魚、野菜、果物、なんにでも使うぞ」

「そりゃすげえや」

「そうか? 普通ではないか?」


 不思議そうに、こちらに視線を向けてくる友人。

 おれは尊敬の眼差しで見つめ返したのだった。



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