八
リクの目覚めは憂鬱だった。胸のあたりに
無防備な寝姿を今日も
ボールを渡されて、誰もがすぐに走り出せるわけではない。
親指の
こんなものに原因を押し付けられるほど、リクは子供ではなくなっていた。
リクの
「あなたの気持ちを知らないわけじゃない。けど、私が今日喜んでるってことはわかってほしいの」
ハンナの体を抱いて、リクはただ二つの言葉を繰り返した。
「すまない」「愛してる」
そうして頭を
ダイニングテーブルには幸いにしてさよならの置き手紙はなかった。代わりにキッチンから鼻歌交じりに彼女は姿を現した。その手にはオートミールの箱と合成ミルクのボトル。
「おはようございます、あ・な・た」
その調子に、リクの表情もようやく
「おはよう、
「ふふっ。気にしなくていいの。だって、あんなに愛してるって言ってくれたの、いつ以来?」
手際よく食器を並べると、オートミールを自分の分だけガシャガシャと盛る。
「食べるでしょ?」
差し出された箱を受け取り、ミルクを注ぐハンナの姿を見る。彼女はそう長くない髪を耳に掛け直して、早速一口目を運ぶ。
リクはその向かいに置かれた食器を引いて、ハンナの隣に座った。
「どうしたの?」
「いや。好きだなと思って」
「へ? なにが?」
「誤解してたよ」
オートミールをガシャガシャと盛ると、同じように合成ミルクをかける。いつもなら使いすぎないように注意するが、今日はあの頃のようになみなみと注いだ。ハンナはもちろんそれを
「自然なんだ」
「自然? それ合成だけど?」
「ミルクのことじゃない。子供のことだよ。子供を産むのに理由が必要な状況だと思い込んでた。だから君が理由を必死に探して、ああいう人たちと交流してるんだとね」
ハンナがブックマークしている『出産を望む女性の会』は、たしかにそういうコミュニティに違いなかった。
現実から目を逸らし、子供の体験することになる文明の衰退を想像せず、ただ子供が欲しいというワガママを貫こうとする身勝手なコミュニティ。
しかしそれは一面の真実しか捉えていない。
「本当は理由なんていらないんだ。愛しているなら、子供がいたっていいだろ? 君のワガママでもないし、僕の満足のためでもない。もちろん、人類を存続させるためでも、文明が滅ぶのを体験させるためでもない」
「そうね、自然かも。オートミールがふやけるのと同じで」
「おっと」
慌ててひと
まだガリガリと砕けて、リクの頭蓋を振動させた。
「名前、決めてるの」
「そうなの?」
「男の子ならラウリ、女の子ならティーナ」
「いいね、賛成だ」
リクはハンナの頭を撫で、二人は目を合わせて微笑みあった。
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