七
馬鹿げている。
その言葉がサイエンス誌(ソイエンスではない!)に掲載される日取りは2ヶ月後に決まった。科学史上の大発見を前に、掲載スケジュールの変更など小さな問題だった。
とはいえ、貴重な宇宙滞在期間中に論文を執筆するのは損失が大きすぎる。ユウリはデータを提出し、本文は
「普通のイエネコは重力を泳げないのだろう?」
テリーは猫力という言葉が気に食わないようだった。たぶん
「お前も
「わからんか
「……なるほどな」
しかし
「でも猫力を発見するきっかけになった猫ってことで、テリーの名前も歴史に残るよ。ニュートンのリンゴみたいに」
テリーの
「品種名すら残ってないではないか。それに人類文明の余命は短いのだろう?」
「まあね」
かつての南米大陸には巨大なクレーターがあり、今では大西洋とつながってしまっている。そびえ立っていたアンデス山脈も衝撃で大きく地形が変わったが、危険性を考慮して本格的な測量は行われずじまいだ。
宇宙からは美しい青い地球が見えると言われて育ってきたユウリだったが、実際に宇宙から見下ろしたのはそんな傷だらけの惑星だった。
「でも人類文明の維持が困難なのであって、人類が滅亡するわけじゃない」
「楽天家だな」
「お前に言われたくないな」
白い綿帽子のような頬を両手で挟むと、テリーの顔にはブサイクにシワが寄る。
「ローマみたいなものだよ。ローマ帝国が滅んで、水道の維持もできなくなって、人口も激減して、中世の暗黒期に入ったわけだけど……」
「「人類が滅んだわけではなかった」」
口を揃える。
「時々思うんだ。壊れ果てた巨大な公衆浴場や劇場の成れの果てを見上げながら、それが本当に光っていた時代を知らない子達がそれを嘆くのかなって」
「空に国際宇宙ステーションが光っていても、『もう誰もそこに行けない』などと嘆きはせんと?」
「そもそもその光がなんなのかすら知らないわけだろ? 知ってるから悲しくなるだけさ。だから僕は悲しいけどね」
ユウリの手元を離れて、テリーが
「
「チンパンジーもこういうこと考えるのか?」
「お前も
回転を急に止めると、テリーはまた短い手足をピクピクと動かして、体を別の軸で回転させ始める。鼻先から尻尾を軸にした制御の取れた回転を見ていると、催眠術でもかけられているような錯覚に
「それやめろ、こっちが酔う」
両手で回転を止めると、勢いでこちらが回転を始めてしまう。次にはまるで潜水艇にしがみついてしまったみたいに、体が移動を始めた。テリーが
「これが
「テリーズ・アルティメット・スーパー・パワーだ」
少なくとも、サイエンス誌にその呼び名は掲載されないだろう。
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