五
ディスプレイに映った白い楕円形のポッドが静かに回転を止めた。その隣のディスプレイには計器類が映っているが、一番下に白い耳がひょこりと見切れている。
「第4シークエンスはクリアだ。お前やるな。出身大学は?」
「最終学歴は生物実験モジュール。無認可だがな」
テリーはユウリの冗談に付き合う余裕を見せていた。
ポッドの操縦はおろか自転車すら乗ったことのないテリーは、それを難なく操縦している。恐らくそれは大部分が自動化された新式のポッドだからできることだろう。
「回ってみた感じはどうだ? こっちでは好きに回ってるみたいだが……」
「宇宙が長いと回転には
生物実験モジュールの中を自在に浮遊できるテリーは、そこで体をぐるぐると回すのを一種のストレス発散にしているらしかった。体操選手ならまだしも、並みの人間なら到底耐えられない速さの回転であっても、テリーにとっては遊びでしかないらしい。
「それにしても……人間は不便なもので飛んでいるな」
「ウチュウネコみたいに無重力を泳げないからな。次のシークエンスに移るぞ。相対速度を変える。慎重に操作しろよ」
テリーからの応答がない。画面のポッドもいっこうに動く気配がなかった。
「どうした? トラブルか?」
ユウリは操作権限をこちらに移す赤いボタンに手を伸ばす。
「これは操作せんといかんのか?」
やる気のない声が聞こえた。どうやら集中力の方が持たなかったらしい。
「他にどうする? 中止して休むか?」
「泳げばいい」
その一言で、司令室に緊張が走った。ロゼールの表情には明らかに不安が見て取れる。
「泳げるのか?」
「見て!」
テリーの返事より先に、ロゼールが声をあげた。その指差すディスプレイに映されていたのは、非科学的な光景だった。
ポッドは白い煙を上げることなく、静かに画面上方に加速したかと思うと、続いて大きく宇宙ステーションの外周を回り始める。ユウリは慌ててカメラを
「テリー、もう少しゆっくりやれるか? 記録が撮れない。それに衝突したら……」
「ひろい……!」
彼らしからぬ、
その言葉に瞬時に反応したのはユウリだけだった。ユウリはほとんど間をおかずに、赤いボタンを押した。
立て続けに素早く姿勢制御装置を起動して、ステーションとの相対速度計に目を落とす。3軸の全てがバラバラに加速している。
「止めるの!?」
「
ユウリは
「まずい、まずいまずいぞ……ポッドの
「60%……59、58……」
「
言いながら、その手はすでにスイッチを弾いている。
「手動で!?」
「テリー、いいか? 楽しいのはわかるが何かあったらまずい、ルールを決めよう」
操縦桿を思い切り押し倒す。常識的に考えれば宇宙空間での急加速など危険極まる。しかし今ポッドの中にいる気ままな動物は、それを遥かに
「ステーションに少しでもぶつかったらみんな死ぬ。たぶんお前もだ。その遊びは十分に離れてからやれ」
そう声をかけている時点で、勢いよく噴射したガスはポッドを随分遠くまで運んでいた。ディスプレイに映るポッドも小さくなっている。
「どのくらい離れればいい?」
「そのあたりでいい。ブレーキは自分でやれるか?」
「もちろん」
ユウリは操縦桿から手を離す。
テリーに操作権限はない。つまり本来なら、ステーションから離れる速度を無限に維持するはずだ。
しかしポッドとの距離を示す数字はゆっくりと停止した。
「どういう原理なの?」
ロゼールの問いかけに、ユウリは首を振る他なかった。
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