四
装甲車とすれ違った。
「ほんと、紛争地帯みたい。ひどい監視」
サイドシートのハンナが悪態をついた。
「装甲車って自動運転じゃないらしよ」
運転席のリクの手は膝の上に置かれている。ハンドルは意志でもあるかのように右に左に動き続けていた。
「当たり前でしょ。自動運転じゃ犯罪者を
「たしかに」
隕石衝突後、試練の冬の途中から治安が極端に悪化した。その春のうちには街で装甲車を見かけることが増え、その上でアサルトライフルを構えた兵士たちも今ではすっかり見慣れた光景だ。
まだそれが見慣れなかった頃には、二重窓のセールスがどの家にも押しかけたものだ。彼らは静かな暮らしを売りにして、結果としてとんだ
装甲車の振動を前に、二重窓はさしたる効果をもたなかったのだ。しかしそれに人々が気づいたときには、業者はどこかに消えていた。被害額は数百万ドルに達すると言われている。
「金がなくてよかったな」
「また二重窓事件の話?」
結婚したてだったリクたちはその事件の被害者にならずに済んだ。すべての資産を食料に注ぎ込まなければならなかったからだ。
今では事件は富裕者の合言葉みたいになっている。
「あのときは大変だったなって、いつも思うんだよ」
たったの一年で全てのテクノロジーが消えて無くなるかとも思った。しかし世界最大の経済国の資産の暴力は、世界各地の
今でも街を自動運転車が走り、タブレット端末にニュースが届いているのがその証拠だ。そんな状態で、あと20年で人類文明が滅ぶだろうと言われても、実際あまりに現実感がない。
「いまも大変なんでしょ、政府が言うには」
「その言い回しも引用?」
「みんなが言ってるだけ」
ハンナが普段タブレット端末で何を見ているのかはよく知っている。リクに言わせてもらえばそれは陰謀論者のコミュニティだったが、ハンナにしてみれば唯一彼女に真実を教えてくれる人たちの溜まり場だった。
その名も『出産を望む女性の会』。
食料管理のための人口統制が出産権に及んだのは去年のことだ。駆け込みで出産した人も多かったが、残り20年という文明への余命宣告に尻込みした夫婦の方が多かった。
そんな悲劇を息子や娘に見せるわけにはいかない、と。
一方で出産を
自分の妻がそうした集団の一人になる日がくるとは、全く考えたことがなかった。
そうした主義主張の一切も、個人が自由に選べばいいことだ。リクはずっとそう考えていた。だから自分のことを許容力のあるリベラルな人間とさえ思ってきたが、今ではその自負も失われている。
サイドシートに迎えた陰謀論者の妻を前にして、ハンナの言うみんなを恨まずにいるのは難しかった。人生の苦難を共に乗り越えようと誓った相手が、同じ現実を生きていないのだから。
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