三
本日11回目の日の出。
10回目の日の入りから始まった作業はようやく終わった。
「グッジョブ、高度・速度とも問題ない。原因については引き続き究明しておく」
「そうしてくれ。20年後には放置しても1万年は飛んでいられるようにな」
旧式のボタンスイッチを手際よく操作して、軌道修正シークエンスは終了した。
高度408km。地球の直径から考えればまだまだ地表にほど近い静止衛星軌道で、国際宇宙ステーションは原因不明の高度低下に悩まされていた。
隕石騒ぎから滞在チームは9人に減っている。それぞれが人類文明最後の宇宙滞在かもしれないという危機感とともに、無数の実験計画を抱えていた。そんな中で度々スケジュールを乱す軌道修正シークエンスは、全員にとって頭痛の種となっている。
「何が原因だと思う?」
ロゼールに尋ねられ、ユウリは肩をすくめる。
「隕石がとびきりの重金属でできていて、地球の質量が上がったとか?」
それで説明するには隕石が地球に与えたダメージが小さすぎた。たしかに隕石の大部分が金属だったことは間違いなかったが、それはせいぜい鉄やニッケルなどの常識的な金属だった。
「隕石って100個も落ちたっけ?」
ロゼールは白い歯を覗かせる。
「じゃあ逆だ。この宇宙ステーションの何かがとびきりの重力を持っていて……」
「その説だったら犯人は決まりね」
「そうなのか?」
これまでの軌道修正シークエンスのカレンダーを確認する。明らかに密度が増えたのはおよそ1年半前のようだ。その時期に運び込まれた何かがこのステーションの軌道を狂わせたことになる。
「あなたのペット。テリーだっけ?」
「テリーが?」
テリーはこのステーションで生まれている。その誕生は……
「たしかに時期はあってるけど……あいつ軽いぞ」
ホワホワした毛玉のようなその生物が実際にどれほどの重さを持つのかはわからなかった。なにせ重力を経験したことがない以上、質量はあっても重さはわかっていない。
それでもユウリはテリーを小突いて押し飛ばしたことはあったし、力学的な実験もすでに行われている。つまりは平均的な猫より少し軽いという月並みな結論も得られていた。
「ソイエンス誌は読んだことある?」
「サイエンス? 当然……」
「ソイエンス」
強調して発声されたそのふざけたパロディ誌のタイトルなど、エリート科学者であるユウリが知る由もない。ユウリは応じる言葉も忘れて、口を半開きにして固まってしまう。
「大丈夫、ふざけた雑誌よ。あなたの想像通り」
「よかった。大豆研究雑誌か何か? ソイって」
「いえ、
今度は肩をすくめるのはロゼールの番だった。
彼女は誰に責められたわけでもないのに弁明をはじめる。
決して愛読しているわけではなく、10年ほど前(つまり隕石衝突前)の学生時代、書店の入り口にネコがいて、自分が通って開いた自動ドアに入ってしまい、追いかけた先で偶然目に入ったのがそのふざけた雑誌だったそうだ。
そしてその表紙に書かれていたふざけた見出しが忘れられないと。
『空き箱のネコは他の全生物を引き寄せる——ボックス・キャット理論』
「中身も読んだの?」
「まさか」
乾いた笑いがコントロールルームを包む。
「ネコが私にわざわざそれを見せたみたいだった。当時はなんとも思わなかったけど、最近ずっとそのことを考えてた。馬鹿げた話だってことはわかってるんだけど……」
ロゼールは口を滑らせた自分を責めるように激しく首を振る。
「調べてみる? 仮説があるなら検証するのが
ユウリは実験計画のリストを呼び出す。指先で撫でてスクロールした先に、一つの見出しをタップする。
『ウチュウネコによる単独航行実験』
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