第12話 花束は薔薇、薔薇は花束で


 冷蔵庫が空っぽになっている事に気づきアパート近くの小さめのスーパーへ向かう。来週はほとんどバイトだし、あまり買い込む必要は無さそうだ。そもそも金欠でたくさん買える財力はないけれど。


「何買うかな……野菜、あ、ニンジンが安いな」


 夕方とも昼間とも呼ぶには微妙な時間帯は土曜日であってもあまり混雑しておらず、ゆっくり商品を見ることができる。新聞もとってないし、なにが特売かは来てみないと分からない。たまにはシチューかカレーか作ろうかとほかの野菜に手を伸ばした時、服の裾がクンっと引っ張られた。


「え、と……?」

「今日の晩ご飯選び? なに食べるの、お兄ちゃん」


 長い黒髪を二つに結い上げた、小学生くらいの女の子だった。そんな幼い女の子の知り合いはいないはず、と思いながらも女の子の可憐さにポケっとしてしまう。いや、そんな趣向はないはずだ。


「あ、ああ、うん。カレーかシチューかな」

「へえ! いいね、いいね〜、ハルはどっちも食べたことないけどお兄ちゃんが食べてる姿はきっと可愛いね!」

「可愛いって、いやいや、それはどう見てもキミの方でしょ」


 口にしてからしまった、と。この発言はどう考えてもヤバい。知らない女の子を口説いてしまってる。しかもとびきり年下の。

 けれど、女の子は予想外に喜び、目をキラキラさせた。


「ハルの事可愛いって言ってくれたの?」

「う、うん」

「そっかぁ、ふふ、へへ〜」


 なんだか分からないけどすごく喜んでくれている。思わず釣られて笑うと変な質問をされた。


「お兄ちゃんはだぁいすきな人に花束贈るならなにがいい?」

「花束、え、えー……なんだろ、薔薇……とか。赤い薔薇の花束は定番かなって思うけど」

「薔薇かー。うんうん、分かった! お兄ちゃん楽しみにしててね!」


 女の子はまるで俺にプレゼントするかのような口ぶりで軽い足取りのままスーパーから出て行く。ハッと我にかえるとどことなく周りの視線が痛く、俺は逃げるように違う売り場に足を進める。そのままアレコレカゴに放り投げ、3千円以内に収まった会計を済ませ外に出る。結果カレーの材料と消耗品をいくつか買っただけになってしまった。俺はちゃんと同い年くらいの女の子が好きだし、そう、これはは別に怪しい感情とかではない。

 スーパーを出て、その付近でも謎の女の子は見当たらなく……見つけたところでどうしようもないけど。俺の恋愛対象は同い年くらいの女の子、そう言い聞かせながら素直に帰ろうとしばらく歩いていると絶対に買おうと思っていたトイレットペーパーを買ってないことに気づく。面倒くさくけどスーパーに引き返す。あと少しでスーパーだというところで異様な音を立てる車が近づいてくるのがわかる。道狭いのに危ないなあ。


「にしてもうるさい車だ、な……え」


 壊れたような音を響かせた大型トラックが道路にあるいろんなモノモノをなぎ倒して──。



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 そこにあるのは肉片やら臓物やらが飛び散る男性だったもの。雨に打たれ、それはより無残な姿へと。大型トラックは派手な音を立てスーパーへめり込み停止していた。

 男性が持っていたスーパーの袋も、中身も全てぐちゃぐちゃになり一部はどこに散らばったかすらわからない。男性だったものは雨と血にまみれすでに事切れていた。


「ふふ、ふふふ」


軽快な足取りで可憐な女の子が男性だったものへ100本の薔薇を落とす。場違いなほど綺麗な赤に血液と雨が混じり、じんわり色を変えていく。


「ハルはね、お兄ちゃんが大好き。ずっとお兄ちゃんと一緒にいるよ。だから、ハルのことだけ見てたらよかったのになあ」


 ぐにゃり。

 女の子が形を文字通り「歪める」。

 まるでそれは◼️◼️のようで、それにしては美しすぎる。瞳は妖しく紅く染まりまるで薔薇のよう。


「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんはあと何回死ぬんだろうねぇ」


 答えはとうに知ってるのに口に出したのは嫉妬なのだろうか。


「ハルはね、いっつもお兄ちゃんの事だけを見てるよ」


  ──だから早く、ハルを思い出してね。


 女の子は……いや、女の子だったものは飛び散った肉片ひとつを掴み、そのまま握りつぶした。

 それが繰り返される世界への合図だと言うように。

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