第4話

「……お前は此処で自分がC組に編入することになった理由を探していたんじゃないのか」


 推理と呼べるほど大層なものはない。

 俺はただ思いついたことを口を滑らせてしまっただけ。手持ち無沙汰だった故につい無駄に頭を使って考えてしまっただけだ。


「お前が編入前の手続きか何かでこの学校に来た時、一人の女子生徒に話しかけられて、職員室に案内されただろう。そいつは俺のクラスメートで、編入生が入って来るという噂の出所もそいつだ」


 彼女が推理なんて言葉を使ったのは俺の発言は突拍子もないものだったからだろう。

 まるで推理ドラマの探偵のように、数少ない手がかりから緻密な計算と閃きによって真実を導き出したように思えたのかもしれない。

 だが俺は探偵ではない。たまたま木原から話を聞いていただけ。どうしてその結論に至ったのか、その思考の巡りを解説するだけだ。


「そいつは人見知りなどしそうもない性格だ。この学校は上履きの色が学年ごとに分けられているから、学年はすぐに分かる。授業のない休日に学校で見覚えのない同級生を見かけて、即座に声を掛けたはずだ。もしかしたら転校生か、そうでなくとも何か困っているのかもしれないとな」


 対面の席に腰かけた彼女は無言で頷き、俺に続きを促す。

 ここまでは間違えようはずもない。木原本人が言っていたことだからな。


「そして話しかけてみれば案の定、転校生だった。職員室までの道すがらどんな話をしたのかは知らないが、あいつはお前の容姿を褒めていたからな。そんな美人の転校生と他の同級生よりも先に会話したとなれば、テンションを上げて『笹野平高校にようこそ! クラスはもう分かってるの? C組?』とでもまくし立てたんだろう」


 彼女の表情は変わらない。……下手なモノマネなど疲労するものではない。


「そして職員室前で別れた後、教師から告げられた編入先のクラスがC組だった。どうして自分も知らない編入先を知っていたのか。教師が先に口を滑らせたのかもしれないが、それなら『やっぱり』という言い回しが引っかかる」


 実際にやっぱり、と言ったのか、それとももしかして、とでも言ったのかは知らないが、彼女にとっては引っかかる言い回しだった。

 教師から先に聞いていたのなら『C組なんだよね』のようなはっきりと断定した言い方になるはずだからだ。

 俺ならそんな細かい事を気にはしないが、彼女は気にする性質たちだったのだろう。こうして編入初日に図書室に足を運ぶ程度には。


「偶然会った在校生が自分の編入するクラスを確信めいた予測が立てられたのかは編入してすぐに分かった。一年生のクラスはAからDの四クラス。その中でC組だけ生徒数が一人少なかったからだ」


 生徒数はC組以外は各クラス三十人。男女比に多少の差はあれ、人数は変わらない。であれば一人少ないC組に編入生が割り当てられることは自然だ。


「……ここまではいいか?」


 変わらず無言のままの彼女に、俺が耐え切れず確認してしまう。

 こうも聞き入られるとなんだか居心地が悪い。


「ああ、勿論だ。ただ君に感心しているだけだよ」

「こんなのは考えれば誰にでも分かることだ」

「そうかもしれない。ここまでは穴埋め問題のようなものだが、でも君はそこから私が図書室を訪れた理由にまで当たりをつけた。その結び付けを誰にでも出来るとは思えないかな」

「どうだかね」

「補足するとすれば、彼女は私を見るなりこう言ったんだ。『見ない顔だけど転校生? 転校生だよね? うわっ、肌白っ、腰細っ! わーっ、このタイミングの転校生って事はやっぱりC組だよねー、こんな転校生が来るなんて羨ましいわーっ』とね」


 恐らく一言一句間違いないのだろう木原のモノマネの点数はともかく、よく顔色を変えずに自分を褒める台詞を復唱出来るものだ。


「彼女の言い回しで私が引っかかった、というより気になったのは君の言う通り、その確信ある予測ともう一つ。新学期が始まって一ヶ月と少し、タイミングとしては非常に珍しい。にも関わらず彼女はこのタイミング、と言ったんだ。そこが気になっていた」


 もしも入学当初からC組が一人少なかったのなら、その言い回しはしないだろう。

 つまりそれが彼女が図書室を訪れた理由だ。


「……四月の半ば、入学して一ヶ月も経たずにこの学校を退学になった一年生が居る」

「やはりそうだったか」

「……確信してなかったのか?」

「言っただろう? 質問すれば聞いていないことまで答えられてしまいそうだったと」


 やはり彼女は変人だと確信する。

 どうぞ続けて、とまた促され、溜息を吐いて俺は口を開く。


「お前はそうして退学なり転校なりをしていった生徒が居ることを知って、それが誰かを調べる為に図書室に来た。その方法はお前がさっきやっていた通り……貸出カードを使ってだ」


 掲示物や名簿から消えていても、図書室で本を借りていれば退学者であっても貸出カードに名前は残っている。学校側がそこまで徹底しているはずもないからな。

 だがあまりに非効率で不確かすぎてそんな方法を取る奴が居るとは思いたくない。そんな方法を取る奴がまともとも思えん。


「お見事。正解だよ」


 が、見事に裏切られた。


「見ての通りこの図書室は利用者が少ないようだ。その退学者が一か月足らずの在学期間の内に図書室を利用していた可能性は低い。だから私を止めた、ということか。けれどその推理は飛躍しすぎている。どうやってその結論に辿り着いたのかを教えてもらえるかな」

「推理したつもりはない。少し考えただけだ」

「ではその考えを教えてほしいな」


 数学の試験でもあるまいし、合っているならそれでいいだろうに。

 綴子さんたちが戻ってくるまで後五分。まだ帰れるタイミングではないな……。


「お前が二度も言ったんだ。質問すれば聞いていないことまで答えられてしまいそうだった、と。こんなことを言う奴は余計な会話をしたくない人間嫌いか、調べられることは自分で調べないと気が済まない奴だ。人間嫌いなら疲れているだろう編入初日の放課後にわざわざ図書室まで出向いて既に居ない人間について調べるとは思えない」

「うん、正解だ。私は人間嫌いというわけではない。だけどそれでもまだ弱い。もっとあるはずだ。私の行動を理由付けする、真実を暴くに至った圧倒的な閃きが」


 これは推理ではない。

 難解なトリックを解明するわけでもなく、ただ思考を順序立て、解説するだけ。そこに閃きは必要ではなく、強引なこじつけでしかない。

 俺が彼女の行動を真意を言い当てたのは、結局の所。


「理由のない奇行よりは理由のある奇行の方がまだ恐ろしくない……そう思っただけだ」


 それが常人からすればどれだけ理不尽で不可解な、共感できない行動だったとしても。

 理屈が分からずとも理由が分かれば、そういう奴なのだと納得もできる。

 クラスが違っていても同学年の編入生が、目の前の彼女が理由なき奇人ではなく、理由ある変人なのだと、思いたかっただけ。


「わけのわからんやばそうな奴と図書室で二人きりなんて御免だったからな」


 以上。解説終了。

 何を期待していたのか知らんが、閃きなんて一切ない。これはただのこじつけで、理由付けでしかないのだから。


「面白い推理だった。君は小説家に向いているかもしれないな」

「それは名乗れば誰でもなれるという話か」

「いやいや。誉め言葉だとも。そういった視点で私の行動を理由付け、いいや、理解しようとするとは思わなかった」


 皮肉かと思えば、そんな様子はなく彼女は感心したように、或いは物珍しそうに俺の顔をジロジロと眺めてくる。

 慣れない好奇の視線に晒され、居心地悪く俺は視線を逸らした。


「それに退学した生徒の名前には触れなかったのもポイントだ。優しいんだね、君は」

「別にそんなんじゃない。こんな事をする奴にネタバレしたら何をされるか分かったものじゃないから言わなかっただけだ」

「ならそういうことにしておこうか。ところでどうして私が編入生だと? クラスメートにも、教室を覗きに来た生徒にも君は混ざっていなかったはずだけど」


 ……噂以上の飛び抜けた容姿の美人だったからすぐに分かった──とは言えん。

 というかクラスメートどころか野次馬の顔まで把握しているのか。


「質問は後一つだけじゃなかったのか。もう随分答えたぞ」

「そこをどうにか。お願いだよ」


 ああ、今度のこれは苦笑だ。彼女の凛々しい表情を崩すのはひょっとすると勿体ないことなのかもしれん。だがその年相応の子供らしさを残した笑みは彼女の評価を落とすものではなく、加えるものだろう。


「……見慣れない顔だからそう思っただけだ」


 見慣れない顔なんて彼女以外にもまだ大勢居るが、そういうことにしておく。

 再び目を逸らし、白々しく答える。けれど俺の投げやりな返答に納得したのか、彼女は薄く笑っているようだった。


「今度こそ最後の質問だ。君の名前を教えてほしいな」


 彼女は逸らした俺の顔を小首を傾げるように下から覗き込んだ。

 ちらりと見てしまった彼女の表情には苦笑でもなく失笑でもない、初めて見る微笑みが浮かんでいた。


「……槻沢つきぬきざわ 月尋つきひろだけど」


 十五年以上やっていても噛みそうになる名前を、やけに乾いた喉を震わせてどうにか一息に答える。

 これから先も名乗る瞬間の緊張はなくなりそうにない。婿入りした親父を恨む。


「私は禾森のぎのもり のなか。これからよろしく、槻沢くん」


 彼女は彼女で噛みそうな名前を自然な調子で名乗り、淀みなく俺の苗字を呼んだのだった。

 クラスが違うからそれほどよろしくする機会はないがな。……この時はまだ、そう思っていたのだ。

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