第2話

 C組はともかく、A組うちは平和なもので何事もなく昼休み。

 百々原が騒ぐかと思ったが、休み時間の度にC組にまで出張していたから静かなものだった。さっきまでは。


「いやぁ現代日本にあんな良家のお嬢様目大和撫子科黒髪美人属女子高生種が生き残っているなんて思いもよらなかったよ」


 長々とした分類を一息で言い切った百々原の笑顔が眩しい。鬱陶しいぐらいだ。

 どうやら噂の転校生は噂以上の美人だったらしい。こんな売れない漫画のテコ入れみたいな時期の転校生なんてそれぐらいじゃなきゃ務まらないのかもしれない。


「ツッキーも一目見てみた方が良い。むしろ見ないと損だよ」

「そんなに美人だったのか」

「それはもう! 窓際の席なんだけどね、まさに深窓の令嬢って風格だよ」


 席まで漫画みたいな奴だ。今週のC組は巻頭カラーか?

 菓子パンを頬張りながら熱く大和撫子について語る百々原は随分とイキイキしている。満喫したGWが明けて、少し退屈そうにしていたこいつからすると転校生の存在は渡りに船だったのだろう。


「実を言うと不安だったんだ。もし僕の予想通り今時美人だったら楠比良くすひらさんとキャラが被って埋もれてしまうんじゃないかって」


 お前はC組の担当編集か。


「楠比良って誰だ?」

「おおぅ……ツッキー、君は本当に男子高校生かい? C組の楠比良さんと言ったら一年生でトップクラスの容姿を持つ事で有名だよ?」

「俺は知らん」


 自分のクラスの生徒だって十全に把握してるとは言い難いのだ。他のクラスまでカバーできるはずもない。


「楠比良 佳南絵かなえ。モデルもやった事があるっていうC組の元祖美人さ。C組にばかり美人が集中して羨ましい!」

「あんまり大声で言わん方がいいぞ」

「え? あ、あっははは……勿論、うちのクラスもみんな綺麗所だけどね?」


 自分の発言が女子たちの視線を集めている事に気付き、乾いた笑いで誤魔化す百々原を尻目に、弁当を空にして立ち上がる。

 昼休みはまだ三十分以上残っている。流石に時間一杯、百々原の話に付き合うのは少し疲れる。


「お、ようやく重い腰を上げたね? だけど昼休みだから野次馬はもっと多くなってるんじゃないかな。二年の先輩からもチャットで転校生の事を聞かれたし」

「C組には行かん。図書室だ」

「ああ、そう。行ってらっしゃい。図書室には近づけないや」


 図書室でもおかまいなしに──というより今のように会話に熱が入ってしまうと──声を上げる百々原は入学してすぐに司書からお叱りを受けている。

 悪気があったわけではないが、百々原も反省して一学期中は図書室に極力近寄らない事にしたらしい。

 ひらひらと手を振る百々原を置いて図書室に向かう。あいつは友人が多い。俺とばかり話していても面白くないだろうしな。

 三階の教室から四階にある図書室には東か西の階段を使うしかない。近いのは東階段だが、西階段を使えばC組の前を通る。悩むまでもなく東階段を使った。

 笹之平ささのだいら高校は田舎の県立高校だ。生徒数も年々減少し、空き教室が増えている、らしい。それ故か図書室の利用者も少なく、図書室内の人数が両手の指を越えた瞬間を俺は見た事がない。決して蔵書数が特別多いわけでもなく、比較的近くに図書館がある事も関係しているのかもしれないが、俺が三年掛けた所で蔵書の一割も読み切る事はないのだろうから俺はわざわざ図書館まで出向きはしない。

 読書好きと名乗れるほどではないが──読書は嫌いではないが買って手元において読むという事はあまりない──俺にはこの学校の図書室は時間潰しに丁度良かった。

 建付けが悪くなっているのか、図書室という空間には相応しくない耳障りな軋む音を立てて横開きの扉を潜る。

 案の定というべきか、昼休みも半ばというのに利用者の姿は見えず、カウンターで一人読書に励む図書委員が居るだけだった。


「おはようございます、綴子つづりこさん」

「あら、ツッキーくん、おはよう」


 声をかければズレた眼鏡を両手で直し、笑顔を返してくれた。

 百々原は今時女子はゆるふわとか何とか言っていたが、この名状しがたいゆるふわな雰囲気を漂わせる綴子さんは今時女子という事になるのか。むしろ今時珍しいタイプのような気もする。

 それとも二年生である綴子さんに年齢が追い付けば、女子の中から綴子さん的進化を遂げる者も出てくるのだろうか。


「今日も忙しそうですね」

「ええ。見ての通りです」


 図書委員というのは当番制のはずだが、放課後はともかく昼休みには綴子さん以外の図書委員を見た事がない。まあ俺も自分のクラスの図書委員が誰かも知らないが。

 カウンター横に申し訳程度に設置されたおすすめ図書のコーナーから適当な小説を手に取り、入り口から三つ奥のテーブル、カウンターの斜め前の席に腰かける。いつからか決まっていた俺の定位置だった。


「そういえば転校生が来たんですって?」

「先輩までその話ですか」

「綴子さん」


 この学校はそこまで話題に欠いているのかと少しうんざりした調子で言えば、間髪入れず呼称に訂正が入る。温和でのんびりした綴子さんは何故かその呼称にだけは並々ならぬ拘りがあるらしかった。


「転校生とは別のクラスですから、俺はその話題で話は広げられませんよ、綴子さん」

「そうなんだ。クラスの男の子が凄い美人らしいって話してたから、ツッキーくんも興味があるのかと思って」


 どうやら二年生では女子ではなく男子の間で噂になっているらしい。どうでもいいが『男の子』という呼び方がゆるふわお姉さん力を感じる。

 しかし、これだけ美人と聞くとハードルが上がって、いつか転校生を見かけても拍子抜けしてしまいそうだ。


「美人かどうかはともかく、この時期に転校してくる事に少し同情しますが」

「たしかに。まだ入学して一ヶ月ちょっとだもんね」


 事情に興味はないが、気の毒にと思わんでもない。

 それからとりとめのない会話をいくつか交わして、互いに読書に耽る。いつもの流れだ。

 手に取った本は恋愛小説だったらしく、甘酸っぱいのだろう男女四人の恋模様がオムニバス形式で綴られている。百々原や木原に内容を知られたらからかわれそうだ。

 世界観にのめり込むでもなく、なんとなくで読み進めていく。一人目は無事にカップル成立。流れで次の話に移れば、あまりにもタイムリーな単語が出てきて少し辟易してしまう。

 舞台は中学校、ある日転校してきた女子生徒とその中学の先輩との恋物語だった。

 けれど頭の片隅で気になっていたこともあり、綴子さんに尋ねることにした。


「綴子さん」

「んー?」

「転校……ああ、いや転入と編入って何が違うんですか」


 百々原たちは転校という言葉を使い、朝のSHRでは轟が編入という言葉を使った。

 転入も編入も転校を指す言葉だろうという事はなんとなく分かるのだが、実際どこがどう違うと聞かれると答えに詰まる。

 ちょうどこの本では転入生を紹介する、という担任の台詞があったのでふと気になった。


「んーと、転入は別の高校からそのまま転校してくる事で、編入は別の高校を辞めた後で入学してくる事、かなぁ」

「へえ……」

「聞いておいて気のない返事だね」

「いや、そういうわけでは。じゃあ噂の転校生は前の学校を退学したんだな、と」

「ああ、編入生なんだ。私立から公立とか、海外の学校から、ってなると転入は出来ないそうだから、もしかしたらその子もそういう事情なのかもしれないね」


 何か問題を起こして、とは言わないのが綴子さんの人柄か。

 それにしても海外、帰国子女となれば百々原が騒ぎそうなものだし、私立のお嬢様学校辺りからの編入してきたのだろうか。いや、それはそれで騒ぎそうだ。


「やっぱり気になってるんじゃない?」

「別に。少し疑問に思っただけですよ」


 ふうん、と少し悪戯気な笑みを浮かべる綴子さんに両手を上げて下心はないと返す。

 これだけ方々から話題が出て、少し気になる面もないではないが。明日には忘れる程度だ。

 礼を言って本に戻ろうとしたタイミングで予鈴が鳴る。もう少し早ければキリも良かったのだが。


「その本、借りていく?」

「はい。ただ放課後にまた来ます。先輩も授業がありますし、俺も次は移動教室なので」

「それじゃあ放課後に。待ってるね、ツッキーくん」


 放課後もまた綴子さんは当番らしい。心の中で図書室の番人の称号を送っておく。

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