第7話こっち向いて
保育園時代からの幼なじみである
それなのに、最近の咲花江はつれない。
いつも宏哉の部活が終わるのを学校の最寄り駅で待っている咲花江が、ホームルームの終わった教室で座ったままの宏哉の席に近づいた。
「宏哉、帰ろ。」
咲花江は宏哉の机の前に立った。
「今日はバレー部オフでしょ、どっか寄ろうよ。」
強めの口調で言う咲花江を、教室にまばらに残ったクラスメイトがちらちらと見ている。
「あ、う、うん。」
慌てて立ち上がると、宏哉の椅子が音を立てて倒れた。
高校入学時点で既に彼女持ち(付き合って一年以上)、成績は中の上。今の宏哉のスペックだ。でも、それはほとんど咲花江の存在によって成り立っている。『彼女持ち』はもちろん咲花江のことだし、『成績』は、受験勉強で宏哉の苦手な英語と国語を根気強く教えたのは咲花江だった。
宏哉は自分の手を引く咲花江を見る。幼なじみの宏哉すら知らない、ギャル風の女の子だ。
中学生の頃の咲花江は、制服を着崩すタイプではなかった。紺のプリーツスカートは膝丈で、セーラー服の襟は角までアイロンがかかっていた。
今は正反対だ。
ワイシャツの空いた首元にはいつの間に着けたのか小さなネックレスが光り、チェック柄のスカートはウエスト部分が折られて短くされている。
派手そうな咲花江と、ごく普通そうな宏哉。まるで釣り合いが取れない。
咲花江は宏哉を振り向かず歩き続ける。
「どこに行くの?」
「クレープ屋さん。東京で人気のお店がこっちにも出店してきたの。」
されるがままに手を引かれて行列のできている店に入る。並んでいるのはほとんど女性、しかも高校生らしい子ばかりだった。咲花江と付き合ってなかったら縁がなかっただろうな、と思いながら宏哉はメニューを眺めた。
注文したクレープを受け取って、店の外に出る。
「写真、撮らなくていいの?」
「いいの、宏哉と食べたかっただけだから。」
いただきまーす、と言いながら、咲花江は目を輝かせてお目当てのクレープを頬張っている。
一心不乱に、幸せそうにクレープを食べる咲花江は、同じような年頃の『映え』を意識する女の子たちとはまるっきり違う。
咲花江のそういうところが、宏哉にはいとおしくて仕方がない。
「ねえ、咲花江。こっち向いて。」
クレープの包み紙を丁寧に折り畳み、今にも鼻歌を歌い出しそうな女の子は、宏哉が幼い頃から知っている咲花江だった。
「好きだよ。」
いつもはあまり言わない言葉が、ぽん、と宏哉の口を出る。咲花江は驚いたように目を見開く。
そして、パッと笑顔が咲いた。
「うん。私も好き。」
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