第6話「付き合って!」

「私、尚平しょうへいくんとなら付き合いたいな。」

 優乃ゆのは、ごくごく自然な流れで尚平に言った。




 優乃は中学時代に何度か彼氏がいたことがあった。告白は全て相手から、別れ話を切り出すのは優乃から。それでもしばらくすれば別の人から告白されてまた付き合う。好かれるための身だしなみや駆け引きは、日常茶飯事だった。

 遊んでる、というのが『派手系』女子の総評で、彼女達の話題と慰めの種だった。オトコをとっかえひっかえ、思ったよりチャラい、見た目で騙している、ウチらの方が断然まし、と。

 優乃は決して遊んでいるつもりなどなかったし、彼女達の話を気にしてはいなかった。

 優乃は、ただ、夢見ていた。

 中高生というのは、所謂『青春』真っ盛り。初めて恋人ができて、毎日ワクワクして過ごしてーー。

 しかし、優乃の期待は大きく裏切られた。

 中学の間、優乃は『恋らしい恋』ができなかった。告白はされた。付き合ってみたら、恋ができるかも、何かが変わるかも、と思ったが、優乃が夢見ていたようなことは何一つ起きなかった。

 つまらなかった。

 夢なんて、見るもんじゃないな、と。


 高校生になっても、それは変わらないだろうと優乃は高をくくっていた。それが間違いだったと気づいたのは、入学式の日だった。

 白い肌に黒い髪という美しいコントラストの男子に、優乃はくぎ付けになった。

 どんな子がタイプなんだろう?好きな人はいるの?付き合っている人は?

「王子様かも、私の。」

 部屋で呟いてみて、優乃は赤くなりながらテディベアを抱きしめた。

「付き合いたいな。…『付き合って!』って。」

 優乃が初めて抱いた感情だった。



 片桐尚平、出席番号は十一番。

 何度も確認した。

 話しかけるところも、何度もイメージした。

 ある日の放課後、校舎の地図をくるん、くるん、と上下させてため息をつく尚平に出会った。

 話しかけるチャンスだ、と思った。

「あれ?尚平くん?」

 今初めて気がついたかのように、優乃は声をかけた。

「…えっと、高階さん?」

 尚平はうろ覚えのように優乃の名字を口にする。

「高階さん、階段ってどこにあるんだっけ?」

 尚平はうつむいた。耳が赤く染まっている。

「階段?階段ならこっち。尚平くんどこに行くの?」

 ついていこうかな、暇だし。何の気なしに言うように、そう呟いた。

「JRC部の説明会。」

 ありがと、と言った以外、いいとも悪いとも言わずに尚平はすたすたと階段の方に向かって行く。ぱたぱたと優乃はその背中を追った。



 説明会のあと、優乃は尚平と並んで人気のない廊下を歩いていた。

 心臓がうるさく跳ねるのを意識しながら、優乃は尚平に気付かれぬように深呼吸をしてから、笑顔を作った。

「私、尚平くんとなら付き合いたいな。」

 案の定、彼は間抜けな声を上げた。

 そこから先は、優乃が『丸め込んでしまった』としか言いようがない。

 何日かたっても、尚平の方から断ってくる気配はない。むしろ、部活のあと優乃が来るのを昇降口で待っていたり、メッセージアプリでの連絡でいかにも彼女の対して使うようなスタンプを使ってきたりする。

 これは、と優乃は口元が緩んだ。

 尚平はこれまで誰とも付き合ったことがない、と優乃は確信している。そんな尚平が、恋人らしい行動をするのが、優乃をときめかせている。

 私に付き合おうって言った人たち、こんな気分だったのかも。

 そう思って、優乃はふふっと笑った。

 いま、『青春』してる。優乃は心の底から感じた。

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