第5話リア充とは。

 リア充とは、と萌花もえかはルーズリーフに書いた。

 続く言葉が思いつかず、手が勝手にペン回しを始める。


 萌花の所属する、軽音楽部内の四人組ガールズバンドGlittersは、次のライブハウスでの演奏を約三か月後に控えていた。次はボーカル担当の萌花が歌詞を書き、ベース担当が曲をつけよう、という話になり、全員賛成した。萌花にとっては、一年生の秋に初めて作詞をして、それ以来の作業だった。

 萌花もオリジナル曲に賛成したのだ。だから、決まったことに今更文句は言えない。

「うちららしい、恋愛に憧れる雰囲気で……。」

 ダイニングテーブルの上に書き損じたルーズリーフが増えていく。カチ、カチ、とシャーペンの芯を出したりしまったり。萌花はそれを繰り返すが、続きは頭の中でもやもやしたまま、なかなか言葉になって現れない。

 萌花には、恋人がいない。いたこともない。恋愛への憧れはあるし、気になる人も仲のいい男子もいる。しかし、なかなか付き合ったりという『リア充』には結びつかない。のろけ話をする友人に、「リア充爆発しろ!」などと笑いながら悪態をつくのが常だった。だからこそ、これを書き上げる気力は十分だった。思うままに歌詞に吐き出そうと思っていた。



 がちゃり、と音がしてリビングのドアが開く。萌花の一つ年下の弟、巧真たくまだ。ちらりと萌花の姿を視界に入れると、そのままキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。

「何してるの。」

 抑揚のない声が萌花に問うが、その視線は冷蔵庫の中から動かない。

「作詞してんの。」

 へー、と抑揚なく答え、巧真は牛乳を取り出す。

 コップに牛乳を注ぎ、巧真が一口含んだところで、彼のスマホの着信音が鳴った。萌花はちらりと巧真を見る。メッセージを呼んだらしい彼の仏頂面が、ぱあっと明るくなる。表情は変わらないのに、少女マンガなら『周りにお花が飛んでいる』という描写がなされるところだろう。

「誰からなの?」

 横目で見ながら萌花が問うと、巧真ははっとしたようにスマホの電源を落とした。

「別に誰でもいいでしょ。」

 巧真はあわただしくスマホをポケットに突っ込み、コップを片手に背を向ける。立ち去ろうとする巧真の腕を、萌花は力を込めて掴んだ。

「ちょっと待ちなさい巧真。」

 何、と怪訝そうに巧真が振り返る。腕を掴む手の力は緩めない。

「あんた彼女出来たでしょう。」

 ぶわぁっと巧真の顔が赤くなる。

「まだ、……か、彼女じゃないし。姉ちゃんには関係ない。」

 音を立ててリビングのドアを閉め、バタバタと足早に部屋に戻っていく。

「まだ、ねぇ。」

 あれは黒だな、と萌花は頭を掻いた。そして、大きくため息をつく。

「弟よ……お前もか……。」

 萌花はダイニングテーブルに突っ伏し、「爆発しろ……。」とまたルーズリーフを丸め、床に叩きつけた。

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