第96話 強いから優しくなれるし、優しいから強くなれる

 キャンプ場全体が露天風呂完成で浮かれていたら、僕は大学の定期試験シーズンに突入していた。


「いや、今回はマジでヤバいんで…」とヨッシーとすこおしお腹がふっくらしてきたザキに頼んで、がっつり休んで勉強した。それくらい露天風呂に夢中になっていたのだ。

 だって、何もなかった場所に露天風呂が出来るのだ。それも銀行から借りずにネットで集めた資金で。


 これって本当にすごい事だと思う。


 皆自分の生活に物語を求めている。利益追求でない、自分の心の満足や感動にお金を使いたい。だって僕らは経済動物じゃないのだ。




「どーせ俺の事なんて忘れてたんでしょ…酷い。俺はお風呂なんかに負けたのか…」


「忘れてなんかないよ、ちゃんと…えーっと、ちゃんと写真とか送ってたじゃない?それにただのお風呂じゃなくて露天だし」


 電話の向こうで彼がむくれてるのがわかる。自分が大学で忙しいのに、僕がずっとヨッシーや美月たちと楽しく電波の届かないキャンプ場にいたのが気に入らないのだ。美月のことを心配してるのだろうか?

 美月は入学してすぐに気が合う(彼氏じゃなかった!バイなのか?)ができたと恥ずかしそうに言って、二人で撮った写真も見せてもらった。とても綺麗で頭が良さそうな女性だ。


 僕がそう言うと、しばらく黙ってから、


「今度美月に手を出されたら俺なにするかわかんないから…気を付けてね」と警告を発した。


 ってなんだ!?


 僕は怖くて聞けなかった。




 うだるように暑い8月のお盆前、僕らは神社で結婚式を挙げた。


 僕のレトロな白無垢姿を見て母も親戚も泣いていた。特に祖父がぼろぼろ大粒の涙を小さな眼からアンバランスに流すので、僕まで泣きそうになる。

 もらい泣きしたくなかったので、


「そんな綺麗かな?」と冗談を言うと、祖父と祖母が涙を流しながら笑って、無言で大きく頷いた。

 僕には父がいなかったの祖父母にはとてもお世話になっている。これだけで結婚した甲斐があったというものだ。


「マナが女みたいやな」と照れ隠しで憎まれ口を叩くいとこたち3人兄弟は少し涙ぐんでいる。僕は妹みたいな存在だったから。

 3人のスーツ姿をみると、みな大きくなったんだな、と実感する。母の実家のすぐ裏を流れる川で僕ら4人はいつも遊んではびしょびしょになって怒られた。


「リアムも見に行ってあげて。きっと喜ぶから」と僕が言うと、


「おう、そうだな」どっと男3人が部屋を出た。


「おめでとう、マナ。幸せになるんやで」


 叔父と叔母からも言われ、僕の涙腺が崩壊寸前になった時、


「わー、マナ、めっちゃ綺麗!!写真撮ろー」と賑やかしくも美々しい着物姿のキアナとエマとリアムの母が入ってきたので危ういところで涙は収まった。

 昨日一緒に選んだ着物がとっても似合っている。


 4人で写真を撮りまくっていると、


「綺麗な女子おなごはええなぁ」と祖父と叔父が同時に言ったので、僕の母と叔母がじろりと睨んだ。祖母は慣れっこのようで笑っていた。




「そろそろ…」スタッフに促され、真っ白の花嫁草履はなよめぞうりをはいて僕は建物の外に出た。

 一気に蒸し暑さが皮膚を覆う。でも山中なので家よりは涼しい。


 僕の周りに人が一気に集まった。お祝いや、結婚式に来てくれた友人だった。


「わー、マナ、すンごく綺麗!おめでとなー」とザキが妊婦で大変なのにヨッシーと来てくれていた。ヨッシーの母もいる。


「おめでと、マナ。ナユタの分も幸せになるんだよ」とヨッシーに言われるとジンとしてしまう。ずっとナユと僕の家庭教師をしていて、よく彼を知っているヨッシーだからこそ、僕の心に真っ直ぐに響く。


 ザキと僕は手を握りあった。

 妊娠で体温が少し高い彼女の肌から、お祝いの気持ちと、ストーカーの男を退治したことへの感謝などが伝わってきて、僕は飛び上がりそうだった。


 ザキ、知ってたんだ…


 彼女の真っ直ぐな性格上、お礼を言えないのは辛かっただろう。


「ザキさん…僕こそ、ありがとう」と思わず言ったら、ザキはビックリして、


なンよ、お礼なンて言って…」と涙ぐんだ。

 ヨッシーはわからないなりに、ザキの肩を優しく抱き寄せた。


 彼女の日々変化する身体をいたわっているのがわかる。本当にお似合いの夫婦だ。ヨッシーの母も夫を早くに亡くしてとても苦労している分強くて優しい。いい家族になりそうだ。僕の予感はあまり外れない。


 華やかな振り袖姿のアユも、ルイと一緒に来てくれている。


「マナさん、おめでと」と涙を少し貯めた目で可愛くお祝いの言葉を言われてくすぐったい。びしっとしたスーツのルイはニヤニヤ笑って、


「おめでと。本物の馬子にも衣装だな」と言った。僕の代わりにアユが背中をバチンと叩いた。相変わらず失礼だ。


 カイも家族揃ってお祝いに来てくれた。


「マナ…とっても綺麗…」


 カイの目が潤んでいる。


「カイ、ありがと。カイやみんなのおかげだよ」


「うっ…マナぁ~」


 カイがこらえきれずに僕に抱きつく。中学生になって背は高くなったが、まだまだ子供なのだ。僕もぎゅっと抱き締めた。


「大丈夫だよ、まだまだそばでカイを見守ってるから。怖い家庭教師としてもね!抱きしめて欲しい時はいつでもおいで、カイに彼女が出来るまでだけど。もういるのかな?」


 僕が冗談を言うと、


「マナ、絶対幸せになってね」と真剣に言った。


「うん」と僕が答えると、カイは耳元で「ずっとずっと大好きだよ」と恥ずかしそうに言ったので僕は思わず赤くなってしまった。

 カイの両親はそんな僕らを見て笑っている。見るたびに4人は家族らしく馴染んでいる。恵子さんが賢いのできっとうまくいっているのだろう。

 リクは不思議そうにいつもと違う兄の姿を見ている。彼にとっては頼りがいのあるかっこいい兄なのだ。


 森田夫妻やホリジュンたちゼミの友人もお祝いに来てくれていた。

 本当にたくさんの人に祝ってもらえて僕は幸せだ。2年前には友人なんて一人もいなかった僕なのに!


 涙をこらえるのにこれだけ体力を使ったのは初めてだった。




 スタッフにせかされて辿り着いた参道入口の鳥居では、神主とリアムと彼の家族がすでに待っていた。黒紅色くろべにの紋付袴が凛々しくてよく似合っている。ルリに見せてあげたいと思う。


「マナ…」


 僕を見て彼の瞳が潤んだ。端にすぐに溜まってきてすでに垂れそうだ。


「あらあら、もう…」


 僕は、スタッフさんが持たせてくれた自分用の白の薄いレースハンカチで彼の涙を吸い取ると、行列からクスクス笑いが聞こえてくる。


「だって、全然来てくれないから…不安だったんだよ」


「何言ってるのよ、朝一緒にここに来たじゃない?」



 そう、僕は昨日リアムの家族を地元の昔の宿場町にあるはまぐりで有名な料亭に案内した。リアムの母が料亭の手の込んだ日本料理に感激しきりだったので狙い通りだ。


 夜はその近くにある城のお堀を背にした古い木造の和風旅館で泊まってもらった。江戸時代に本多忠勝により建てられた城は「海道の名城」と称えられた美しい梯郭式平城(水城)だったが、元禄の大火事で延焼し、天守閣は燃え落ちてしまった。それ以降は再建されることなく今に至っている。

 藩庁があった大きな宿場町であり、交通の要所でもあったので、大変栄えていたようだ。町民の自治力が強かったせいか、古い地元民には何でも自分たちでお金を出し合ってしようというお上を頼らない気風が残っている。僕は結構この町と人が気に入っている。


 記念に僕たちも泊った。部屋は男子チームと女子チームに分かれて。

 

 皆には旅館でゆっくり朝食をとってもらい、僕とリアムは早朝からここにきて長い準備の時間を経て、今に至る。


 タイムリーな母からの差し入れのおにぎりが、かなり大き過ぎた上、に結んであり、美しい衣装を汚してしまいそうで食べるのが大変だった。


「おにぎらずかよ!」と思わず突っ込んでしまう。


 リアムもきっと困っただろう。全くうちの母はこんな日もとぼけていて面白過ぎるのだ。



 リアムが僕の手をとって石の階段をゆっくりよちよち登る。一歩が狭いので大変だ。


「前みたいに抱っこ、してあげようか?」と冗談を言うが、僕を見る目がまた潤んできている。


「リアム…どうしたら泣き止むかな?僕、絶対に泣かないようにって怖いスタッフのお姉様から厳命されてるんだよ、もらい泣きさせないで…」と僕が聞くと、


「そうだね…マナが俺の事しか考えられないくらいに愛してる、って言ってくれたら泣かない」と目を潤ませながらもずるい顔で言った。


「わかった」


 僕は石の階段の踊り場で立ち止まって、リアムの手首を優しく握った。


「リアムだけ…僕は一生リアムだけを愛すよ」


 僕は彼の茶色の目を下から見上げて、一生に一度の告白をした。だってこんな恥ずかしい事、こんな場でもなければ言えるわけがない。


 僕が言ったらもう泣かないって約束なのに、彼は僕の言葉を聞いたら「ずるいよ、マナ…」とうつむいてつぶやいてから、祖父のようにぼろぼろぼろぼろと泣き出したので参った。逆効果だ。


 僕が彼の涙を拭き、スタッフが僕の目じりに溜まった涙をいそいそと吸い取ってくれた。後ろの列で笑っているのが聞こえる。そりゃあ笑えるだろう、全く変な構図だ。




 僕たちは前と同じように拝殿でお参りした。お参りするときに気が付いたのだが、偶然にも神主はキャンプ場の露天風呂の着工で来てくれた男性だった。


 次に本殿で三献の儀(杯を交す儀式)を行った後、神前に進み出てリアムと僕で『誓詞奏上せいじそうじょう』を読み上げた。

 これは、これから夫婦になりますという誓いの言葉だ。二人共、とても緊張して声が震える。


 その後は僕らの門出を祝う雅楽の調べに乗せて、二人の巫女みこが舞を神様に奉納した。とても幻想的な光景できっと忘れられないだろう。


 ふと隣のリアムを見るとぼんやりしている。


「大丈夫?」と聞くと、びくっとして、照れ笑いした。


「うん、なんか夢みたい…俺たちこれで日本の神様に結婚報告しちゃったんだなって」


「そうだね、夫婦になった、って一緒に言ったしね…本当にまだ出会って1年ちょっとなんだと思うと不思議だ」


「そうだね。…ねえ、この結婚式っていつキスするの?」と僕にわざと聞いた。知ってるくせに!


「バカね、神様に怒られちゃうでしょ?終わってから、だよ」


 僕は人差し指を伸ばして彼の唇に当てた。厚くて柔らかい。そう言えば今日は朝からバタバタしてて、珍しくキスしてない。

 ふと見ると、彼が赤くなっていた。


 なんで今赤くなる?


 本当にリアムってよくわからない生き物だ。



 披露宴ではリアムが僕の大好きな石崎ひゅーいの『花瓶の花』をサプライズで歌い、上手すぎて会場が大量の涙に包まれてしまった。いとこでさえだ。



~何年も何十年も何百年も僕は一人ぼっちで

 ビルの影、路地の裏、雲の上、海の底、夢の中でも

 何年も何十年も何百年も何万年も前からずっと探していたんだ

 君の声が聞こえたんだ…



 もちろん僕も母も泣いていた。号泣だ。

 母は父の事を考えているんだと思う。皆自分の大事な人を心に思い浮かべただろう。


 彼と結婚して良かった。

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