第95話 電波はないけど露天風呂がある
リアムは大学が忙しいらしく、2泊だけして慌ただしくハワイに帰った。
僕はキャンプ場でバイトしたりカイの勉強をみたりして、ゴールデンウィークを過ごした。
そして2週間ほどで露天風呂の見積もりとスケッチが届いた。美月がクラウドファンディングのサイトで募集を始め、ホームページにも大きく載せた。
屋根の下の半露天で岩組みの大きな浴場と、完全露天で植栽の中に大きな石を掘りぬいて2、3人が入れる浴槽にしてある親方のスケッチも載せたので、きっと見た人のお風呂心をくすぐるだろう。
1100万
一口1万円、成約したら、宿泊+温泉入り放題を5日分付けた。ここはフリーサイト一泊2000円、区画サイト一泊3000円なのでお得な値段だ。
驚くことに、募集して1日で100口近く集まった。ほとんどが常連さんだ。一人で10口購入した
「ありがとー、助かるよ」と会った時に僕が言うと、
「だってさ、冬の極寒の時期に釣りしてからお風呂に入れるなんて最高だよ」と言ってくれた。
やっぱりみんな近くに温泉共同浴場があるから言わなかったけど、ここにお風呂が欲しかったのだ。
自分も欲しいのだろう、足りなそうだったら大口でリアムも出すと言ってたが、何やかやで1か月経たないうちに目標口数は達成した。その日はちょうど週末の日曜の夕方だったので、僕らは事務所でその瞬間を祝った。美月からもすぐに管理棟に連絡が入った。
資金の目途が立ったのでさっそく親方に美月が依頼し、今とりかかっている旅館の大規模改修工事が終わり次第、キャンプ場に施工に来ててくれることになった。
残念ながら金額面で折り合わず、温泉は見送りになった。でも皆の希望を感じているヨッシーは、軌道に乗ったら引きたいと思っているのはありありだった。
「私らも結婚するンよ」とザキに告白されたのは7月半ばで、まだ梅雨が終わってなかった。
なぬ?
「マジですか、おめでとうございます!うわー、めっちゃ嬉しいっ!いつ結婚するんですか?」
僕が聞くと、ザキは少し照れて小さい声で言った。
「実はなー、もうお腹におって先に婚姻届けを出すつもりなンよ」
なぬなぬ??
「えー、ヨッシー手が早いっ!!ヒニンはしてないんですか?」と僕が驚くと、ザキは笑って、
「あンたンらがしてないほうがおかしーの!それに私はアレやけど、柴田さンが36やでなー、早く子供欲しいって
「それはダブルでおめでとうですね」
なんかザキがヨッシーの思惑にはまってる気がするけど、2人が幸せならいい。
「じゃあ、今ってあんまり立ちっぱなしはダメな時期ですよね。ほら、座って下さい。しんどいならバイトも減らさないと…僕出来るだけ入るんで…」
僕はザキに椅子をすすめた。
「ありがと。でもぜんぜんつわりとかなくってな、わかったの最近やねン。今10週やって」
僕は呆れた。それだけの期間生理がないのに、妊娠に気が付かないなんて!
でも、ザキの口から『頭痛』とか『生理痛』とか一度も聞いたことない。よっぽど健康的な生活を送っているのだろう。
10週といえばまだ赤ちゃんは2,3センチしかない。いちごくらいだ。今ちょうどザキさんの身体の血液量は妊娠前より40~50パーセント増える頃で、歩いたりして、血行を良くしなければならない時期だから、健康なら軽くバイトに入ったほうがいいのかもしれない。
「これから迷惑かけるけど、よろしくなー。代わりのバイト、探さんとあかンな、柴田さんに頼んでおかンと」
まだ『柴田さん』なんだ。そういうとこ、ちょっと可愛いと思ってしまう。
そして、僕らの夢の露天風呂工事は着工した。
まずは
整地をした用地で行われた地鎮祭では神主さんが工事の安全を祈願して下さった。常連さんにも声をかけたので、沢山の人が来てくれてちょっとしたお祭りみたいだ。
僕らはお礼に大鍋に作った豚汁や、スタッフ総出で作ったいろんな種類のおにぎりと漬物を振舞って、皆で記念写真を撮った。
少し怖いイメージだった神主さんが写真では笑顔でピースをしていたので僕は驚いた。神主のサービス精神。そういう時代だ。
建物は木造で、着替える建物を男女2つ、ひさしがグイッと3間(約5.5メートル)出て先端片側だけ太い木の支柱で支える計画だ。そこは半露天の屋根になる。
木は地元の木を
いい木の香りのする建物が出来上がると、次は露天風呂だ。
親方、職人さん合わせて10人で一気にガンガン作っていく。図面はなくて、イメージは親方の頭の中なので、昨日設置してあった岐阜から運んだでかい気良石が、次の日には置き場所が変わっていることもある。景色が変わって面白い。
来るたびに出来上がっていく露天風呂に、僕らは興味津々だった。
露天風呂の出来上がりとともに木が植えられた。海の
植栽が入ってライトアップも設置されると、雰囲気がぐっと出てグレードアップした。鳥取の水木しげるロードの夜景ハガキを思い出す。あのライトアップもすごそうだ、一度リアムと見てみたい。
最後に3メートルの板塀で両側と真ん中の仕切りの壁を作った。
露天風呂が完成した日、僕らは嬉しくて仕方なくて、親方や職人さんが帰っていった後もお湯を張った露天風呂をずっと眺めていた。
ザキとヨッシーはその日に入籍した。W記念日だ。
次の日、皆で完成とヨッシーたちのお祝いでキャンプ場は夜通し盛り上がった。
僕の知ってる限り、このアイランドキャンピングパークで消灯時間がなかったのはこの日だけだ。
露天風呂の登場で、僕らのアイランドキャンピングパークは盛り上がっていた。『電波はないけど露天風呂があるキャンプ場』として地元の雑誌に取り上げてもらい、季節の良さもあってフリーサイトまでいっぱいになり、予約が取りにくくなるくらいだった。県外からのお客も格段に増えた。
とうとうヨッシーが忙しさに耐えきれずにバイトを2人雇った。もともとお金はなくてもいいからゆっくり仕事をしたくて会社を辞めたのだ、ここで忙しいのは本末転倒だと思ったのだろう。
なんと、ヨッシーの甥っ子と姪っ子(18歳・双子の大学生)だ。
ヨッシーのお母さんも掃除を手伝いに来てくれることになったので、スタッフは総勢6人になった。とても賑やかだ。
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