第84話 認められない恋人たち

 部屋に戻るとリアムがまだ起きていて、ベッドに寝転んで本を読んでいた。


「お待たせ」


 勉強?


 そばに寄って、本を覗き込む。医学専門用語が並んでいて全く僕には読み解けない。僕も勉強しないと…。


「遅かったね…」と僕の顔を見て眠そうに苦情を言った。不機嫌だ。


「ごめん、抜けられなくて…」


「キアナは昔から本当に俺に意地悪だから…」


 彼はそうぶつぶつ言いながら僕の腕をやんわりと引いた。


「こっちにおいで」


「うん」


 寝転んでいる彼の側に座ると、


「…ね、キス、してよ」と彼がリクエストした。そんなの初めてだ。


 僕は何も言わずかがんで肉厚の彼の柔らかい唇に優しく触れ、離れた。目が合うと、


「もっと…して」とリアムは駄々をこねる子供のようにつぶやいた。毒がまわって身体の芯からジンと痺れてくる感覚がする。


「んっ…」


 僕が黙ってゆっくりじっくり彼の唇に重ね、舌を差し入れて絡めたり歯をなぞったりすると彼から吐息が漏れる。


「マナ…キス上手くなった…美月のせい?それとも…他の誰か?」


「バカね…リアム先生ですよ」


「本当?信じていいの?俺、マナと離れてると嫉妬でおかしくなりそう…」


 彼の強い不安が重なる肌から流れ込んでくる。

 彼を安心させたくて、僕は彼の白いTシャツに手を差し入れた。滑らかな肌を掌で感じながら、彼の感じるところを集中して慎重に探す。彼は赤ちゃんのように僕のなすがままになってとても気持ち良さそうだ。

 なんでだろう、彼を見てると僕まで快感が抑えられなくなってくる。

 何度も角度を変えて唇を重ねた後、僕は彼のTシャツのすそに手をかけ、脱がそうと手に力を入れた…。



「マナぁ、眠れないから飲もうよぅ。エマ寝ちゃったし…あら、ごめん、お取込み中?でもまだしてないみたいだし、いいよね?ほら、リアムも飲もう!」


 ごめん、と言いながらもビールを持ってズカズカ部屋の中に入ってきてソファーに座った。全然悪いと思ってないので思わず笑ってしまう。


「姉ちゃん…よくもまあ、こんな風に重なってる恋人たちの部屋に入って来れるよね?それも深夜!その太い神経が信じられないよ…」とうんざりした顔でリアムは言った。姉の横暴はいつものことなのだろう、あきらめムードで僕についてベッドから降りる。


「まあまあ、そこまで言わなくてもいいじゃん。せっかくだし、一緒に飲も?」と僕は一足先にソファでビールを受け取りながら言うと、キアナが、


「マナは優しいね、リアムとは大違いだ」と言ったので彼がむくれた。


 でもキアナだってここまでするからには何かあるんだろう。相談事かな…?


 僕は不自然じゃない程度にビールを飲みながらキアナにくっついた。目ざといリアムは僕の意図を読みとっているようだった。

 


 なるほど、確かにエマの前では話し辛そうな内容だった。


「キアナ…悩み事、あるんでしょ?僕らに言ってみる?」


 僕が聞くと、彼女はびくっとしてから、頭をかいた。


「グランマにそっくりだね、そういうの」と呟いてから、告白した。


 エマの両親は同性の恋人を全く認めてない、つまり、エマが男性と結婚して子供を作ることを望んでいるそうだ。


「彼女三人姉妹の長女だから、両親の期待が大きいのね…はなから娘が女性しか愛せないことを認めようとしないの」


 キアナの眼が悲しみで曇る。エマの苦しみと恐怖を想っているのだろう。レズビアンの女性が無理して男性と結婚しても苦痛しかないのは僕にだって想像できることだ。

 自分が相手の両親に拒否されているのも辛いようだ。僕だってリアムの家族に日本人だからという理由で拒否されたら、と思うと背筋が凍る。リアムも、外国人とか肌が黒いという理由で僕の母に結婚を認めてもらえなかったら…と考えているのは明白だった。


 僕はもし母が認めてくれなくても、リアムと一緒にいることを選んだろう。

 でも彼の家族が認めてくれなかったら、そう思えるかは疑問だ。彼がいいといっても悩むだろう。

 あかりとりょうの気持ちが今になってやっとリアルにわかった気がする。


「キアナ…僕にはいい方法が全く考えつかないよ…ごめん。僕はエマが好きだし、二人に幸せになって欲しいんだけど」


「エマはなんて言ってるの?」とリアムが聞いた。


「両親を愛してるから、すぐには決められないって…ただ、私とはずっと一緒にいたいと言ってくれてる」と少し照れながら言った。


「そっか…時間をかけて彼女の両親に認めてもらうか、縁を切るくらいの覚悟で結婚するか、だよね…どっちも大変だけど、二人で頑張るしかないよな…俺らも応援するからさ」


 リアムが真剣にキアナに言ったら、なぜか彼女は急に吹き出した。いつまでも可愛い小さな弟だと思ってたのに、そんなことを言われたのが面白かったんだろう。


「もう、姉ちゃんは失礼だな!用事が終わったら早く部屋から出てけよ」とリアムがふくれた。


「バーカ、ここはマナの部屋だから、あんたに言われる筋合いはないよっ」


 二人の言い合いが始まった。なんだか美月とザキのやり取りを思い出してほっこりする。僕はリアムにもたれつついつの間にか寝ていた。





「んっ…」


 誰かに身体をもてあそばれる夢を見ていて、自分の出した声で目が覚めた。


 夢だ…欲求不満かな…


 ふと天井を見ると、リアムが僕の上にいてじっと顔を見ていた。


「どうしたの?」


 ん…?


 よく見てぶっとんだ。

 リアムは裸だ。


 僕ははっとして自分自身を見た。僕も肌が見えている…?


「き、きゃあ…うぐぐっ」


「こ、こら、大声出さないの」と焦って言って僕の口を大きな手で塞いで落ち着くのを待ってから手を外した。


「…あ、あの、聞いてもいい?何してるの?」


「だって…昨夜出来なかったから、マナが起きる前に準備しとこうと思って。ねえ、マナは気持ちよさそうにしてたけど、夢で相手は誰だと思ってたの?もちろん俺だよね?」と意地悪に言って僕の首の弱い部分に噛みついた。快感が背中を走る。

 昨夜の赤ちゃんのような彼はどこにいったんだ?


「やっ…ちょっと待って、まだ頭が…」


 さっきまで夢の中だったのでおかしくなってる。


「いいよ、ぼんやりしてて…何も考えられないようにしてあげる…もう姉ちゃんも家を出てったから、誰にも邪魔されない。安心して俺に任せて…」


 彼の指が夢の続きでゆっくり僕の全身をいたぶる。僕が我慢できずに身体をくねらせて声を上げた。


「…マナ、ごめん…これ以上我慢できない」


 彼は僕に返答を求めず、枕元に用意してあったコンドームに手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る