第85話 真夜中のギター

「リアムー、マナー、帰ったわよー」


 彼の母親の声が階下から聞こえてきて一気に目が覚めた。


「ど、どいてっ!」


 僕は彼を跳ねけ、涙目になってあわてて下着と服を身に着けた。こんなとこを見られたら、死にたくても死にきれない!

 リアムを見ると、悔しそうにしていて、僕の10分の1も焦っていない。


「ほら、服着てよ。変に思われちゃう」


「いいじゃん、もう婚約者なんだし。母さんたちだって遠慮して部屋にまで入って来ないよ。来るのは図太いキアナくらいだって」と昨夜の邪魔を思い出したのか、眉間に少ししわを寄せながらベッドから降りて下着を身に着けたので僕は目を逸らした。明るいから丸見えなのだ。


「何、まだ見れないの?マナって可愛い」と言って僕にまとわりついてキスする。


「もういいから、お願い、早く服着て!」


 僕が涙目でお願いすると、


「はいはい…」と彼は焦りまくる僕を見て笑いながら服を着た。



「ただいま、いいとこ邪魔したかな?」とお父さんが笑って言った。いや、本当に笑えないし。


「い、いえ…」と僕が言っているのに、リアムが、


「本当に邪魔したって。結婚したら絶対に別に家を建てないとずっと出来ないよ…」とブツブツ言ってる。


 何考えてんだ…


「急に仕事で帰ってくる事になってね。お母さんが暇になっちゃうから、3人で結婚式の相談でもしてなさい。悪かったね、マナ、リアム」と彼に甘い両親はニコニコしながら主にキアナが荒らした部屋を片づけだした。

 僕たちも一緒に片付けながら、リアムの両親の旅行の話を聞いた。ラスベガスに行ったと知って、意外だった。


「お父さんって意外とギャンブラーなのよ。それも結構勘がいいし当たるのよ!」とお母さんもまんざらでない顔をしている。要するに二人とも好きなのだろう。

 お父さんの勘の良さはルリの影響かもしれない。そう思っていると、


「グランマの遺伝は俺にはないんだ。父とキアナの方があるかな。俺は全然ギャンブル向いてないからしない、マナは安心してね」と僕に安心させるように言った。



 キアナが料理をしたままの台所を苦労して片付け(お母さんが嫌そうで珍しくブツブツ言ってた)、皆でランチを食べにいき、そのままお父さんは仕事に出かけた。


「同僚の親御さんが亡くなって、穴埋めで呼び出されたの。せっかくの勤続30年休暇なのにね…」とお母さんが寂しそうに言った。そっか、仕事に没頭してるように見えてもお母さんは寂しいんだ。僕の視線を感じて、


「あ、ごめんなさい。マナのお父さんは早くに亡くなってるからこんな贅沢なこと言ったらマナとマナのお母さんに対して失礼よね…」と謝った。


 そんなこと思ってもみなかった。


「いえ、いないのが当たり前なんで…全然大丈夫ですよ。聞くだけならいくらでも聞くので、言って下さい」


「マナは優しいのね…じゃあ、お言葉に甘えて今日はマナを独占して結婚式のもろもろを決めちゃいましょうか」


 お母さんがそう言うと「うへえ」とリアムが嫌そうに言ったので僕らは笑った。



 

 式は天気が良い日が多いハワイなので、ガーデンウエディングだ。食事も立食でお母さん監修の元、手の込んだものを種類豊富に出すことになった。

 仕事が細かいリアムの母と結婚式の料理や花などをきっちり決めていたらあっと言う間に夕方になっていた。今さらなので、外で夕飯を済ますことにした。


 帰宅の車の中で僕はドレスの写真をリアムの母に見せた。どんな反応をするかどきどきしたが、


「ドレスはこれに決まったの?へー、クラッシックでとてもいいわね。マナに似合うわ。とても楽しみ。これは招待客にクラッシックのドレスコードを入れましょうか」と僕の写真を見て本当に嬉しそうに言ってくれた。


「俺が選んだんだよ」とリアムが得意げに運転しながら言うので笑ってしまった。


「ふふ、2人は仲良しね。あなたたちは安心だわ…」


 キアナを心配しているのだろう。母親だから、エマの両親が反対していることをなんとなくわかっているようだ。

 僕らの心配そうな表情で、


「あなたたちも知ってるのね…。私達も正直言えばあちらのご両親と気持ちは同じなのよ…ただ、娘が可愛いから許してるだけ。お父さんも絶対に言わないけど本心ではがっかりしてるしね…」と正直に胸の内を明かした。


「母さん…」


 リアムが赤信号で車を止めた際に、助手席の母親の肩を安心させるように抱いた。お母さんの目からポロリと涙が一粒座席に落ちて染み込んだ。




「ふー、なんだか今日は疲れた…」


 いろいろ考えすぎてクタクタだった。朝(とはいってもお昼近かったが)びっくりして目が覚めたし、お腹もいっぱいで眠くて仕方ない。僕は部屋に帰ってふらふらしながらシャワーを浴び、髪だけは乾かしてTシャツとハーフパンツを半分寝ながらも着てベッドに潜り込んだ。泥のように眠りたかった。




「…」


 誰かに呼ばれた、気がして目が覚めた。隣にはいつの間にかリアムが寝ている。


 時計を見ると深夜2時を過ぎていた。


 カーテンを開けて外を見ると、ぼんやり白いかたまりがいる。


 デジャヴだ


 僕は急いで庭に降りて、白い物体に近寄った。


「ルリ…さん?」


『リ…アム…どこ…』


 僕が話しかけると白い塊がはっきりと人間の形を取った。返事をしたのは、若い女性だった。




「ど、どうしたんですか?」


 僕は聞くのが怖かったが、放っておけず彼女に聞いた。


『彼に…恋人が出来たの…大好き…なのに…』


 やっぱりそうか…そんな気がしていた。霊体が薄いのは生きているからだろうか。ルリも死の間際にはこんな感じで透けていたのを思い出す。


「もしかしてイーサンの友達?」


 彼女は頼りなく頷いた。じっとよく見たら夏休みに大学のトイレで僕にクレームを付けてきた集団の一人だった。

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