第83話 オフィーリアな彼女
「着いたよ、降りて。ここで結婚式をあげるから、見ておこうよ」
家ではなくどこに向かうのかと思ってたら、リアムの車は結婚式場の敷地の中でもなぜかウエディングドレスがたくさんショウケースに並んでいるシックな白い店の前で止まった。
「え?何…まさか…」
「姉も母も都合が悪いから、ドレスの試着、俺と行こ」
彼がしれっと言った。
絶対ウソだ…
あれだけ、何度も嫌だって言ったのに!
僕は車から出ずに「…僕リアムとは行きたくない」と弱弱しく最後の抵抗を試みたが、リアムは僕を車から引きずり出して抱っこした。
「こら、降ろしてよっ」
大の大人がこんな外で抱っこなんて恥ずかし過ぎる。
「じゃあ、ちゃんと歩く?」
僕がぶんぶんと首を縦に振ると、ニヤニヤしながらやっと降ろしてくれた。僕が美月とキスしたっていう負い目を突かれている。
「ハー」と僕が大きなため息をつくと、
「いいでしょ、もうすべて見せ合ったじゃない?」とぺろりと言ったので僕はパプリカのように真っ赤になった。だって彼の裸体が頭に浮かんだんだ…。
「マナ、思い出して恥ずかしいの?カワイイ…好きだよ」
彼は可愛くて仕方ないおバカな愛犬にキスする飼い主のように嫌がる僕に何度もキスするので、通りの人がクスクス笑った。僕はペットじゃない!
「165センチくらいで日本人の方の体型に合いそうな寸法のドレスはこちらになります」
身体にピタリと合った真っ黒のパンツスーツがカッコイイ女性スタッフ、ジーンが受付で僕をチロリと見てから、たくさんある部屋を抜けてシックな蔦柄のグリーンの壁紙のドレスコーナーに案内した。
「こちらです」
こちら…って、そこにはドレスがずらりと壁一面に何十着も並んでいる。白からパステル、濃いグレーまで…とてもカラフルで綺麗だ。しかし、どれだけ多いんだ!
「こんなに…?」と僕が聞くと、
「どのようなものがお好みですか?」と機械の音声ガイダンスのような声で質問された。大学の事務局もそうだったが、AIを真似るのが流行っているのだろうか?
「えっと、シンプルであまりフワフワしてないの、かな」と自信なさげに言うと、
「では…こちらはいかがですか?」と5着ほどパッとセレクトして僕の前の棒に掛けた。
すげ、早いっ…
「マナ、これ可愛いんじゃない?」とその中からリアムが取り出したのは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画の結婚式に出てきそうなアンティーク調総レースのシンプルなドレスだった。丈も長すぎず短すぎず、ピラピラ過ぎないのも僕の好みだ。
っていうか、なんで僕の好みを知ってるんだろう?謎だ。
でも、問題があった。胸が…
僕の視線がカップに注がれていたので、ジーンはリアムをそばにある紅も鮮やかな別珍のシックな猫足の長椅子に座らせ、
「マナ様、こちらへどうぞ」と別室に案内した。
「こちらでご試着頂きます」
「え、でも…僕こんなに胸が大きくないんで…」と小さな声で彼女の胸を見ながら言った。ジーンはとてもグラマラスで僕の悩みなんてわからなさそうだ。
「大丈夫です、おまかせください」
彼女は僕の胸とウエストの寸法をスッと測ってから、針と糸をウエストポーチから出してささっと縫った。その時間、ほんの2分ほどだろうか。
「どうぞ」
僕にドレスを優しく押し付ける。仕方ない、着てみるしかなさそうだ。
でも着ると、不思議なことに胸がプカプカにならない。ウエストさえもジャストサイズだ。
「とてもお似合いですよ」と彼女が褒めるのと、僕が「おー!ジーン、すごいね!!なんでぴったりなの?」というのが同時だった。
僕が褒めたので、コブラに出てくるサイボーグ、レディのようにクールだった彼女は恥ずかしそうに(やっと人間らしいところが見れた…と僕はほっとした)、
「劇団で衣装担当をしているので、寸法直しとか得意なんです。ここで仮縫いし、式までにちゃんと本縫いします。お好きなものを選んでください」と言った。
「僕これにする。こちらでお願いします」
「え?まだ1着目ですよ?」と今度はジーンがびっくりした。
「気に入ったの。ねえ、家族に見せたいから写真とってもいい?」
「ええ、もちろん。じゃあ、お連れ様を…」
「いいです、僕だけで。撮ってくれますか?」
ジーンは僕の肩につくまで伸びた髪をサササとそれっぽくセットし、何枚か携帯で写真を撮ってくれた。
すぐに脱いだので、持って行ってもらった。
「お待たせー、次はリアムの服を選ぼう」
「え、マナ脱いだの?もうあれに決めたってこと?…酷いよ、見たかったのに…」
リアムはあからさまにがっかりしてしまい少し可哀想になってきた。
「リアムには式場で初めて見て驚いて欲しいから、ね」と僕が少し甘えて言うと直ぐに切り替わって、
「そうだね、俺が選んだドレス、楽しみにしてる」と行ってとっても嬉しそうに笑った。素直だ。こういう時に、リアムが皆から愛される理由がよくわかる。
リアムの服もジーンが何着か僕の服の雰囲気に合わせて持ってきた。二人でその中から何着か選んだが、リアムがどれを試着してどれにしたのかは知らない。お互いに式当日の楽しみにするのだ。
僕たちはドレスを選んだあと、式で出されるコースの試食をさせてもらい、僕たちは満腹で帰途についた。僕らは猛烈に眠かったが、家に無事にたどり着くまで我慢した。
「いらっしゃい、マナ」とキアナは変わらずの明るさで僕を出迎えた。
「またお世話になります」
「いらっしゃい」と後ろからぴょこんと飛び出たのは恋人のエマだった。
「わー、エマさんだ!今晩は、お元気でしたか?」
僕は目が一気に覚めて、結婚の話で女子軍団が盛り上がってきた。危険を感じたリアムが僕を輪から引っ張り出し、
「ねえ、僕とするんでしょ?」と耳元でこっそり言ったので僕は一瞬で赤くなった。
「もう…じゃあ、用意出来たら呼びに行くから、部屋で待っててくれる?」
そう言うと、心配そうに「うん…」と言ってしぶしぶ部屋に行った。その様子を見てキアナがやけに嬉しそうなので笑ってしまう。
「本当にキアナってリアムにSですよね」と笑うと、
「女の子には優しいのよ」とエマの肩を抱き寄せて微笑んだ。
2人とも美しい…キアナは女性の僕から見ても憧れるようなカッコイイ美しさだ。エマはこれまた妖精のような眩しい微笑みを彼女に返した。
「今夜は飲み明かそう!」とキアナが言い始めたので僕は青くなった。リアムとの約束がある。美月のことがあるから今は立場が弱いのだ。
「…っと、僕はリアムが待ってるので…」
「だめ!今日は両親が旅行でいないし、エマもいるんだから」
なるほど。リアムは邪魔が入らないよう、両親がいないときに僕を誘ったんだと合点した。だから日本まで迎えに来たのだ。
「でも、エマさんだってキアナと二人がいいんじゃ…」と苦しい抵抗をすると、エマは、
「いいのよ、いつも私の部屋に居座ってるんだから、二人の時間はたっぷりあるの。私、マナのこと知りたいのよ」と僕が大事なもののように優しく言った。これは男性だと勘違いしそうなくらいの優しさだ。
「いいのよ、リアムなんか。あいつはちょっと凹むくらいがいいんだって」とキアナが酷いことを言ってニヤリと笑った…。この意地悪な笑い方…リアムとそっくりだ!
「えー、めっちゃ綺麗!それ頂戴」
「いいですよー、それっ!!送ったですよー」
僕は酔っぱらいながら試着したドレスの写真をキアナに送った。
時計を見るともう12時を超えているし、気が付けばいつの間にかエマはソファーで寝ている。綺麗だ…ミレイの描くオフィーリアみたいで
「仕事で朝が早いからね、エマは。もう寝よっか、マナ、お休み」
酔っぱらったキアナはひょいと危なげなくエマを抱き上げて部屋に戻って行った。なんて男前なんだろう…僕でもカッコイイと思ってしまう。
「おやすみなさい」
僕はキアナの後姿におやすみの挨拶をして、部屋に戻ることにした。この酷い散らかしようを放っておくのは忍びないが、もう眠い。片付けは明日することにしよう。
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