第74話 ゆき

 僕は旅館の玄関に用意してある分厚い藁草履を履いて外に出た。


 息が白い。でも走ってきたので身体はポカポカしてる。いや、暑いくらいだ。

 旅館の周り以外は驚くほどの真っ暗闇だ。


(何百年も生きてる主様とか異形の生き物がここにも居そうで、あのルリの故郷を思い出すな…)


 ふらふらと歩いて目についた桟橋に座り込むと、すぐ下を黒く流れる川がとても速くなっている。上流で雨が降ったか、雪が解けているのだろうか。


 思えば僕の去年も激流だった。それまでの経験と匹敵するほどたくさんの出来事があり、でも無事に流されてここまで来れた。リアムや周りの皆のおかげで。



 ふと上を見ると白いものがふわりと落ちてきた。


「雪だ…」


 あまり大きくないので積もりそうにないが、とても綺麗だ。そしてとても優しい。手のひらを上に向けるとひとつ入ってきた。僕の体温ですぐに溶けてしまう。


(今年初めて見る雪だな。せっかくだからリアムと見たかった…)


 そう思っていたらふわりと空気が動き、背中が温かくなった。


「冷えるから、これ着な。ここは危ないよ、また落ちそうになったらどうするのさ…」


 僕の背中に綿入れがかぶせられて、彼がしゃがんでいる僕の手を引っ張って立ち上がらせようと促した。


「…」


 なんて言ったらいいのかわからずうつむきながらも素直に黙って立ち上がる。

 だって、リアムの言うとおりだった。あかりさんたちの問題に知ったかぶりをして立ち入ろうとした自分がおごっていなかったとは言い切れない。見透かされて恥ずかしかった。


「マナ…傷付けてごめん。力を使って欲しくないのと、りょうさんに関わって欲しくなくて、あんなこと言った。嫉妬、したんだ。だってりょうさんかっこいいし大人だし…写真で見たナユタに雰囲気が似てる」


 僕は驚いて彼を見上げた。申し訳なさそうな顔。


(嫉妬なわけない、幼い僕を傷付けたくない嘘だろうな)


「上着ありがとう、さすが用意がいい…僕はね、触ると気持ちがわかるからって上から目線であかりさんたちに意見を言おうとしてた。何も彼らのことを知らないくせにバカだね。リアムの言うとおりだ、これから気を付けるよ」


「マナのそういうところ、真っ直ぐで…まぶしい。俺が言い過ぎたんだ、ごめん。おせっかいなマナも好きなんだよ」


 彼は綿入れを羽織ってモコモコになった僕を抱きしめた。雪がちらついてるのに、彼と重なった部分はとても温かい。




 彼の指が僕の全身をくまなく触る。それに合わせて僕の身体が快感で動く。

 僕もリアムの身体に触ってみる。初めてだった。

 

「こんな風になってるんだね」


 触ると反応するので彼も感じてるのがわかる。


「ねえ、僕にどうして欲しいか、教えて。わからないんだ」


 僕が聞くと、彼はおずおずと自分が触って欲しい部分をどんなふうにして欲しいか教えてくれた…。




「朝…?」


 僕は夢を見ていたようだ。あまり覚えてないけどなまめかしい夢だった気がする。


 周りを見ると、朝日がカーテンの隙間から差し込んでやや明るくなった気持ちのいい和室にいる。畳の上に敷かれたふわふわの真っ白な一組の布団。


(隣には裸のリアムが寝てい…る…?)


「は?」


 僕は布団を少しめくって自分の身体を見る。

 胸(目下成長中)がすぐに目に入った。下着はない。その下も…


(裸…いやいやいやいや)


 僕は頭を振って昨夜の記憶を必死で探した。


(これは…彼と僕はしちゃったってこと?微妙に覚えてないんだけど…)


 えっと…昨夜は4人でご飯を食べてから…言い合いになって、僕が外に出て…リアムが迎えに来て、冷えたから露天風呂にいった。


(その後…この部屋に帰ってきて…?そうだ、ビールが置いてなくて日本酒を頼んで二人で飲んだ記憶がある。かんにしてもらって川を見ながら二人で飲んだんだ。すごく美味しくて『水がいいからかなぁ』なんて言ってどんどん飲んで…で…?)



 僕はポンコツな頭を抱えた。



「おはよ」


 いつの間にかリアムが起きて片肘をついて僕を観察していた。とてもニコニコしてる。要するにかなり機嫌がいい。


(ってことは…?)

 

「マナ、昨夜は楽しかったね。もちろん覚えてるでしょ?俺、マナがあんな風になるなんて思ってなかったよ」


(あんな…?なる?!これは覚えてないって言ったらすごくまずい事態なのだろうか…彼を傷つけちゃうか、がっかりされるのかもしれない…)


「た、楽しかった…ね…?」と彼の反応を伺うように言った。


「もう一度、しようか?」


 なにを?と聞きたいけど聞けない。

 彼が身を乗り出して布団がはだけ、全身が露わになりそうで僕は目をつむった。


(このままでは全部見えちゃうっ!)


 露天風呂で鉢合わせしたが、僕は彼の全身は見ていない。いや、恥ずかしくて見れなかったのだ。見たいけど見たくない、そんな乙女心をわかって欲しい。


 僕は耐えきれずシーツを引き抜いて身体に巻き付け、彼に背を向けた。


「ご、ごめんなさいっ!本当は僕、覚えてないのっ」


 空気が動いて背後にリアムがくっつくと、僕はびくりと身体を震わせた。


「じゃあ、思い出させてあげる…」


 耳元に彼の吐息がかかる。耳を少し噛んで、舌でゆっくり首をなぞった。彼の手が僕に巻き付いたシーツに…。

 心の準備が出来ていない僕はぎゅっと目をつむった。




「ぷぷっ、マナ、俺はちゃんと履いてるから大丈夫だよ」


 見ると彼は爆笑してる。


「な…」


「カワイイ」


 そう言って笑いながら、僕をシーツごと抱き寄せて軽くキスした。


「…昨夜って…あの…」


「したと思った?最後まではしてないよ」


「…何かしたっけ?」

 

 何か含みがある彼の言い方が気になる。


「内緒。マナ日本酒で酷く酔っちゃってさ…すごく積極的だったよ。ふいに電池が切れて急に寝ちゃったけど。マナって、意外と…。俺、結婚するのすごく楽しみになってきた。毎晩日本酒飲ませちゃおうかな」


 彼が顔を珍しく紅潮させて一気に話した。

 

(僕は何をしたのだろう…怖くて聞けないじゃないか!)


 でもほっとした。せっかくの初めてだし、ちゃんと覚えていたい。


「あの…僕なんで全裸?」


「え…俺脱がせてないよ、違うよ!寒いからやめときなって言うのに、マナが暑い暑いって言って窓を開けて、それでも暑いって騒いで脱いだんだ。俺は見れちゃってラッキーだったけど」と言って笑った。嘘じゃなさそうだ。


(マジか…見せるほど出るとこ出てないし恥ずかし過ぎる…)


 ビールではこんなことにはなったことがないので油断して飲み過ぎたようだ。

 僕はもう二度と日本酒は飲まないと決めた。




「おはようございます、昨夜はすいませんでした。僕、何もわからないくせに…」


 僕はりょうとあかりに囲炉裏を挟んだ朝食の席で謝った。あかりは笑って、


「マナちゃんに気を使わせてごめんね。二人が仲直りしてて良かった、心配してたの」と言った。


 二人が並ぶととてもいい空気が漂ってくる。彼女たちも仲直りしたようで素敵なカップルになっていた。

 リアムはご機嫌で、もうりょうに対していらぬ嫉妬はしていないようだ。


 僕ら4人はいい雰囲気に包まれて、囲炉裏で焼かれたウグイや漬物、温泉卵、サラダ、みそ汁などの美味しい朝食で満腹になった。せっかくなので一緒に船に乗り、車が止めてある船着場からそれぞれの帰途に就いた。


 今回は連絡先を交換して。

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