第73話 再会

「改めまして、浅野りょう、といいます」


「私は谷あかり。本当に偶然過ぎて笑っちゃうわね…あなたたち女性の叫び声を聞いて心配してラブホテルの部屋の中にまで来たんですって?りょうから聞いて笑いが止まらなかったのよ」


 僕は顔が赤くなった。確かに、あの時は必死だったけど、ラブホテルで他人の部屋に入っていくなんてかなりおかしな人だろう。

 隣のリアムは少し機嫌が悪い。りょうを気に入らないのがつないだ手から伝わってくる。いや、伝えてくる。


 僕たち4人は、お風呂のあと一緒に御飯を食べて、今はゆっくりお酒を飲んでいるところだ。旅館も用意と片付けが一気に済むので快く席を作ってくれた。


「リアム…」


 いい加減に機嫌治して、と言おうとしたら、またあかりに電話がかかってきた。


(何度目だろう?)


 彼女が遠慮して部屋から出るとりょうの端整な顔が歪んだ。それがとても美しい。


 しばらくして「ごめんなさいね」とあかりがすまなさそうに言いながら戻ってきた。これは暗にりょうに向けて謝っているのだろう。


「仕事ですか?」と僕が聞くと、


「…母からなの。30にもなって情けないのだけど、母は私がいないとダメで…」と弱ったようにあかりは答えた。弱った彼女を目にした人は何者からも守ってあげたい欲求が自然に生じるだろう。それくらい儚げで美しい。

 しかしりょうは、


「違うだろ、あかりが母親を甘やかしてるんだ。頼むからしっかりしてくれよ。親離れしてくれないといつまで経っても結婚出来ない」と少しだけイラつきを見せた。


(意外だ、彼は彼女に甘々かと思ってた…)


「結婚、するんですか?」


 場を取り成すように僕が聞くと、りょうが、


「俺は早くしたいんだけどね、母親が彼女を離さなくて…俺のことも嫌ってるし」と悔しそうに言った。


「ごめん…」


 あかりが絞り出すように謝るのを見ると僕の胸が痛んだ。

 リアムの顔を見ると、二人の話を聞いて気の毒に思っているのは明らかだった。


「ハワイでもあるの?」と僕が聞くと、


「うん、最近そういった母親を持つ娘さんが母子関係に疲れ果ててしまい、体調を崩して相談に来ることが多いから社会問題になってる。だから、マナには『無理に親離れしなくていいよ』って前に言ったろ?」と真面目な顔で言った。


「マナさんも?」とあかりは前のめりに聞いた。


「いえ、うちは反対に母子家庭なので忙しくてかまってもらえてなくて、僕が一方的に親離れしてません。だからリアムが結婚前に心配してて」


「けっこん?」と二人がハモった。


「君たち若いよね?いくつ?」とりょうが聞いた。


「僕はハタチです。もうすぐ21になります」

「俺は23」


 僕たちが年齢を言うと、


「はー」と二人は同時にため息をついた。


 反対になんでこんなに皆の反応がなのか知りたいくらいだ。


「…親戚もそんな風に反応するんです」


 僕がそう言うと、

 

「俺も大学で驚かれます。でも俺も両方の家族も結婚に前向きなので」とリアムが含みを持たせて僕の方を見て言った。


(前向きどころか皆前のめりじゃあないか。っていうか、今のリアムの言い方だと僕だけが前向きじゃないみたいだ…まあ、少し引いてるけど、でも嬉しいのも本当だしね)


「幸せな事なのに、なんでかなって…不思議です」と僕がため息をつくと、二人は笑った。


「そっか…あかり、俺らはちょっと考えすぎなのかもな。結婚しよう。お母さんは一度捨てて、俺をとってくれ」


 あかりはいかにも困ったような嬉しいような複雑な顔をしている。


「あかりさん…」と僕は何気ない風を装ってあかりのそばに行き、肩を触った。


『でも…母が心底怖い。死ぬか暴れるか無気力になるか…母がどうなっちゃうのか、想像もできない。お父さんとも冷え切ってるし、もしかしたら当てつけに本当に死んじゃうかもしれない…でもりょうとずっと一緒にいたい。これ以上結婚を引き延ばすと、彼を失ってしまう。それは絶対に嫌だ』


(なるほど…あかりの母親は父親と不仲なんだ…だからあかりに母親が余計に執着してるのかもしれない)


「りょうさん、あかりさんの…」


 僕が言いかけたら、リアムが僕のそばに来て腕を掴み、言葉をかぶせた。


「マナ…止めな、君は他人のことに首を突っ込み過ぎだ。二人は大人なんだよ」


「え…リアムって、そんな風に僕の事思ってたの?」


 僕はショックを隠し切れなかった。能力をこういう風に使うことに彼が否定的だと思ってもみなかったのだ。

 せっかく他人の考えていることがわかるのだ、それで人の役に立てればと思っていた。それが僕のおごりだとリアムは言っているのだろう。


 彼は僕の顔色を見て、その変化に焦ったように、


「違うよ、りょうさんたちの問題は根深いんだ。会ったばかりの僕たちではうまく相談に乗れない、もっと知ってからでないと口は出せないと思うよ」と言い含めるように説明した。

 こういう時、彼はお医者さんに向いていると感じる。


(りょうはあかりの気持ちがわかっていて結婚しようとお願いしてる。あかりもそれがわかってて苦しんでいる。僕だってそれくらいわかる。でも…)


「リアム君の言うとおりだよ、マナちゃん。とても複雑だ。でも、君の温かい気持ちが嬉しい、ね」とあかりに同意を求めた。彼女も不穏な僕らの成り行きに焦って首を縦に何度も振った。


「…」


 僕は自分の子供っぽい傲慢を言い当てられたようで恥ずかしくなり、いたたまれなくてすぐに部屋を出た。

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