第43話 素直には到底なれない男
「うん、ルリさんはリアムを待ってたんだよ」
僕があっさり電話で認めたので、リアムが面食らった。
「そこは、そんなわけないじゃん、って言ってよ。それにお葬式の後こっそり帰っちゃうなんて酷いよ…」と不満気に言った。
「だって忙しいリアムの家族の邪魔になるのが嫌だったし…だから、リアムが思ってる通りだって。ねえ、僕さ、明日早いんだ。もう寝るから切っていい?」
「ちぇ、冷たいの。ねえ、そんな早くにどこに行くのさ?またゼミの男と旅行じゃないよね?」
旅行を誰と行こうと何も言われる筋合いはないと思う。でも明日の用事はリアムに関係があるので口を滑らせてしまった。
「あ、リアムに言うの忘れてた。形見分けでもらったルリさんの小さな日本人形があったでしょ?あれをルリさんの生まれ故郷に持ってって、って頼まれてるの」
「頼まれて…って誰に?」
「ルリさん」
しばらくの沈黙。
「………ごめん、やっぱ切る。おやすみ」
「ん、おやすみなさい」
僕は電話を切った。
(そうだよね、僕だって信じられないけど、真実だから仕方ない)
もちろんリアム以外には言えない。頭がおかしな人だと思われるだけだ。
死の間際のルリに声でなく、繋いだ手を伝って思念でお願いされてしまった。大事な人形を故郷に戻して欲しいと。場所は彼女の記憶があるので行けそうだ。
「マナ!本当にごめんね…リアムが悲しい思いをさせて…でも仲直りしたんだ。良かった!っていうか、本当にリアムでいいの?多分浮気す…」とすごい勢いでキアナが言おうとしたら、リアムは焦って、
「こらっ、姉ちゃん!いらないこと言わないで、俺はもうマナを悲しませないよ。グランマに約束したし」と彼女の言葉を遮った。なんだろう、そこはかとなく漫才コンビみたいなこの姉弟は…こんな時に思わず笑ってしまうじゃないか。
「キアナ…ごめんなさい、心配してくれたのに挨拶もせずに帰って。それに大丈夫、仲直りはしたけど、もう恋人じゃないから。この指輪はルリさんの為に付けただけ。だから浮気はされないよ」
病室に来たキアナはルリとお別れした後、僕に謝った。
ルリのことはもう覚悟が出来ていたのだろう、涙目になってはいたが「あんな状態だったのに、最後にリアムとマナと話せたなんて奇跡だよ」とルリの為に喜んでいた。
そういえばルリはこのしっかり者の姉の事を心配する素振りがなかった。
キアナはとても現実的でリアムの8千倍くらい真面目な常識人だから大丈夫だと確信していたのだろう。
「ルリさんはキアナのことを頼りにしてました。僕の予想ですが、キアナは心に決めた人がいますよね?だから彼女は焦ってたんじゃないかな。リアムに損得なく苦言を言える人が側にいなくなるのを…」
「え!マナそんなことグランマから言われてたの?実は恋人を紹介してって言われてた。でも祖母って不思議な人でしょ?もし反対されたらって思うと怖くてなかなか連れてこれなくって…でも今となっては恋人をグランマに見て欲しかった。本当にバカね、私…」
「ルリさんは知ってましたよ、キアナの恋人がとてもいい人だって。安心してください」
「そんなことまでマナに言ってたんだ…でも教えてくれてありがと。今度マナにも紹介する」
「はい、喜んで」
「マナの家族になるんだもんね」とキアナは僕の指輪をニヤニヤしながら見て言った。
「いや、さっき言ったけどこれは…」
僕は指輪を触った。リアムの温かい心が流れてくるので気持ち良いのと、外すタイミングがわからず付けていただけだ。
(しかしこれはどうしたらいいのだろう?捨てても返しても彼が傷付きそうだ。僕が家で保管すればいいのか?)
「へへへ、つぎ込んじゃったよ。いいでしょ、姉ちゃん。でも酷いな、俺にも恋人紹介してよ。なんでマナにだけ!」と少し
二人が意外と明るくてホッとする。次々訪れる人で、病室は満杯になってきた。
お葬式ではルリの武勇伝をみなが楽しそうに語っていた。
僕はルリの記憶を見てしまったから、その武勇伝の裏の裏まで知っていたけど、でも言うわけにはいかない。いつか言えたとしてもリアムの子供にこっそり教えるくらいだろう。彼の奥さんに嫌がられるかもしれないけど。
リアムの両親は僕のことを怒ってると思っていたが、謝ったら全然そんなことなかったので拍子抜けした。
「マナ、もう君はここの娘なんだからいつでも出入りしてもらっていいんだよ。そうだ、ルリが使ってた屋敷をマナとリアム用にリフォームしようか?」と提案してくれるくらいだった。
リアムは、いいね、と父親の提案を喜んだが、僕は青くなった。そんなことしてもらうわけにはいかない。彼らは指輪を見て大きく勘違いしてるようだが、ルリが亡くなってがっかりしているのに、これは違うんです!なんて言えなかった。
なんだか騙しているみたいでいたたまれない気分を味わいながら、邪魔にならないようにこっそり帰ってきた。ルリの人形だけリアムのお父さんにお願いして譲ってもらって。
僕はルリの人形と並んでベッドに一緒に寝ている写真を撮って「行ってきます」とリアムに送った。そして人形をじっと見つめた。
見れば見るほどルリに見えてくる。彼女が故郷から持ってきた人形だし、ずっと一緒にいたから魂が少し移っているのかもしれない。
(なんか手放したくないな…)
故郷に持っていくのが惜しくなってきたが、ルリの最後のお願いだ。
というか、ルリは最後のお願いと言いながら、人形を故郷に連れてけとか、友達でもいいからリアムを宜しくとか結構いろいろ言ってるのが笑える。僕が断れないのを知ってる、とんだ策士だ。
朝早くに起きたらメッセージが来ていた。リアムだ。
『俺もグランマの故郷に行きたいから、日にちを合わせて欲しい』とあった。今から行こうかと思ってたのに…。面倒だが仕方ない、僕が口を滑らせたのだ。
『今週中ならいいけど、来週からはもう学校が始まる。リアムと日程が合わないなら一人で行くから』と遠回しに一人でさっさと行きたいとメッセージを送ったが、
『僕が行きたいの。グランマの生まれ故郷が見たい。明後日から4日間なら行けるけど、どうかな?』とすぐに返ってきた。
『了解』
仕方のないことだが、リアムのおかげで今日明日と空いてしまった。貧乏性な僕は、ヨッシーに連絡してバイトを入れてもらった。
「しかしお前が婚約しちゃうとはねぇ」と美月がしみじみと僕を見て言った。
バイトの引継ぎをしてコーヒーを飲んでいたら、突然彼が言ったので僕はコーヒーをこぼしそうになって焦った。今日は白のTシャツだから汚さなくて良かった。
(な、何をバカな…!でもそう言えばリアムの家族も親戚もそんな感じのことを言ってた気がする…)
僕の英語の聞き取り能力に問題があると思っていたのだ。
「…こ、婚約なんてしてないよ?」
「でもリアムが言ってたぜ。マナと婚約したから、実家の電話番号を教えてくれって。そんなことも知らないのに婚約したんだって驚いたからな」
(…だからあの日、家に上がりこんでいたんだ!美月も母も彼の家族も僕らが婚約したと思ってるんだ。やられた!策士だ…あの仲直りの強引さはそこからきていたんだ。フットワークも軽すぎるだろ、忙しいんじゃないのか?)
僕が呆れてものも言えないでいると、
「おはようございますー、遊びに来ちゃった!!」と元気なアユと、朝は低体温らしく大人しいルイが遊びに来た。彼らもまだ大学が始まらないので暇なのだ。
っていうか、僕がリアムと別れて落ち込んでいるから心配で様子を見に来てくれたのだろう。
「本当に朝からいいんですか?」
「おはよ。全然大丈夫、空いているら、好きなとこにテント張って遊んでて。いるものあったら言って、持ってくから」
「はーい。暇ならマナも遊ぼうよ?」
アユは意外に元気な僕に安心したようでそう言った。
「いいね」
夏休みが終わって暇だ。バイトに慣れてきた僕は誘いに乗った。
リアムと仲直りして友達になったと言ったら、二人はどんな顔をするかと想像しながら。十中八九、怒られそうだけど。
「古川さんとこの『シャーリー』、うちの祖父が週4日で社長の代行をすることになった」と美月が静かになった管理棟で僕に報告した。
「そうなんだ、よかった。気になってたけど、どうなったか聞き辛くて…ありがとうございます」
僕は頭を下げた。涙が出そうだった。
(…これで安心して『シャーリー』のケーキが食べられる!秋だしマロン系を食べに行かなきゃ)
良いニュースにほくほくしていると、美月が急に真剣な表情で言った。
「俺さ…大検取ったから大学の受験勉強、してるんだ。親父の会社、継ぎたいなって思って。柴田さんとおまえのおかげだ」
「へ?な、何で?僕は何も…」
「俺さ、心の底では祖父と親父の会社なんて地元でチマチマしてて、しょぼいって馬鹿にしてた。エリート進学校であれだけ『おまえたちは選ばれた人間だ!』なんて選民思想で
でも違うんだってここのキャンプ場に来て思った。ヨッシーがこのキャンプ場を造って、そこで、ヨッシーやおまえ、ザキやお客さんが幸せになっていくのを見て、これってスゲーことだって段々わかってきたんだ。
古川さんがおまえに相談したのもショックだった。長い付き合いの俺じゃなくて、マナに胸の中身をさらしたんだよ。人間を見られた気がして、悔しかった。
だから、俺は大学で経済を勉強してたくさんの会社を応援したいなって思うんだ。古川さんの会社もおまえとか大勢の人をケーキで幸せにしてる。俺は頭でっかちで偉そうにしてたけど、誰も幸せにしてないんだってわかったんだ。とにかく礼が言いたかった」
美月の不意打ちに僕は驚いた。こんなに彼が自分の事を話してくれたのは初めてだった。
「いえ、僕は美月に振っただけだから。実際古川さんを救えそうなのは美月の親御さんがしてる会社じゃないですか?だから、私はなんでもない使いっ走りのシナプスみたいだって思ってる」
「そっか…でもえらく綺麗なパシリだな、パシリに使うのはもったいない…」
そう言ってから美月は真っ赤になって言い訳し出した。
「おまえ、勘違いすんなよ!お前の事を綺麗だなんて言ってないから!!」
「はあ…」
全然意味が分からなかったが、まあいい。
「俺帰る!」
「はい、お疲れ様です。受験生だしバイトの日は減らさないの?」
「ばーか、俺の学力を舐めんな。行きたい大学は余裕のA判定だっつーの、安心しろ。ここで毎晩ずーっと勉強してたんだよ。まあ今年はさすがに秋の旅行は止めとこうかなって思ってるけどな」
(やっぱりそうだったんだ)
以前美月が忘れていった無記名のノートを覗いてしまって、彼が毎晩受験勉強してるらしいことには気が付いていたが、言うと『ちげーよ、バカ、勉強なんてしねーし』とか反発して勉強しなくなるとダメだから言わなかった。彼は
美月は家で勉強してるとこを家族に見せたくなくて、ここに来て勉強してたんだろう。確かに電波もないし勉強に適した空間だ。
「美月は大丈夫みたいだね。でも大学受かったら、もうちょっと素直になったほうがいいよ?」
「何言ってんだ、俺は今でもめっちゃ素直だっつーの」と言って、いつものように僕の頭をぐちゃぐちゃにした。その手から僕への恋愛感情を感じとって心臓が飛び出しそうになった。
(あれ?美月ってゲイだよね?)
ルリの記憶を視てから僕は変なのだ。
触れるとその人の思ってることが何となくわかったりするようになってしまった。なのであまり人間に接触しないようにしている。だってそんなの相手に失礼だ。
実はハワイからすぐに帰ってきたのも、この力が不安だった。
その不安を解消するカギは、ルリの生まれ故郷にある気がする。だからルリは僕に人形を託したのだろう。そう確信した僕は今朝さっそく行こうとしてたのだ。
「じゃな」と言って、素直じゃない美月はタイムカードを押して帰っていった。
まあ、気のせいだろう
僕は無理やりそう思うことにして仕事にとりかかった。
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